高橋が言うのである。
石川優子がかわいい、と。
キャンディーズのファイナルカーニバルから約1年。何せ俺は硬派だし、受験勉強のせいもあって、特段、女性アーティストに関心を持ってはいなかったのだが、入学して初めて隣り合わせたひょろっと細長い、いかにも生真面目そうなヤツから、いきなりそんな話が飛び出すとは思ってなかった。
知らねーな、と答える俺に、
見せてあげるよ、と大事そうに雑誌のキリヌキを差し出す高橋。
俺の目は釘づけとなった… フリをした。
高橋は、いろいろと説明をしてくるが、俺の目に映ったのは2cm角程度の小さなモノクロの写真。紙もさほど良くないから、かわいい、かわいくないなんて判断なんかつきゃしない。そんな言葉を簡単に口にするほど俺はヤワじゃないのだ。
「ほーっ かわいいな」
しまった。
思ってもみないセリフが口をついた。
すると調子づいた高橋は、唾を飛ばして講義を始めやがった。なんだ、いきなり仲間が増えたとでも思ってやがんのか? 俺は硬派だ。坊主頭の野球部だ。グランドに命をかけて、入学前から練習に出ている。そんな俺が一瞬でファンになるわけねーじゃねーか。人が気を使ってやっているのがわからねーのか。俺の全身からほとばしる覇気に、やっとのことで気が付いた高橋は、すまなそうに沈黙した。
それから数カ月が経ったある日、
俺の耳に飛び込んで来たのは、やたらキレイで伸びやかな歌声。
クリスタ~ル モーニング
透き通る声 聞かせて~
どうもトローチのCMのようだ。
ふーん。結構やるじゃねーか、とは思ったが、隙を見せるわけにはいかない。何せ俺は硬派なのだ。
野郎しかいない学校だけに、互いに慣れてくると、話題は必然的にそっちの方向に行く。渇望している女の子や女性歌手のことだ。俺はそんな連中の隅にいて、(消極的に)会話を聞いていた。そこで、俺は知ったのだ。あの美声が石川優子であることを。
相変わらず横に座っている高橋には借りがあった。教師から「授業中の睡眠」の許諾を得ていた俺は、当然ながら勉強をしていない。目を覚ましているときに教師から指されても、当然、回答することは不可能だ。そんなときに高橋は、ノートにさっと答えを書いて俺に見せてくるのだ。俺は(堂々と)ノートを受け取り、それを読み上げる。それで教師もOK(まあ、これがまかり通っている学校も変なのだが…)。
借りは返さなければならない。
それは当然だ。
何せ俺は硬派なのだから。
「石川優子、いいな」
「そうでしょう?
あの声たまらないでしょう?
僕、この前LP買ったんだよ。
すご~くいいよ。
今度貸してあげるよ。
絶対聞いてみてよ。」
後日、謹んでLPを借り、俺は高橋にファンとして弟子入りすることで借りを返した。
クリスタル モーニング / 石川優子
作詞:三浦徳子
作曲・編曲:小田裕一郎
発売:1979年(昭和54年)11月25日
2016.11.08
YouTube / Montana Analysis
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