3月1日

CM女王・小泉今日子の面目躍如「見逃してくれよ!」は日本のランチタイムを変えたか?

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小泉今日子のシングル「見逃してくれよ!」がリリースされた日
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訴求力抜群、テレビCM界は “小泉無双”


90年代の初め頃、彼女はまさに “小泉無双” といっていい状態にあった。といっても歌やドラマの話ではない。テレビCMのお話である。

それこそ彼女をキャスティングすると店頭から商品が消えたとか、問い合わせの電話が殺到したとか、売り上げが何%伸びたとか、真偽はともかく我々のいる広告業界では様々な伝説が語られたものだ。当時は企画会議でブレストが始まると誰ともなく「ところでさ、キョンキョンは使えないの?」などと言い出す人もいて、彼女を起用するという事はそれだけで絶大な訴求力をもたらしていたのである。

とはいえもちろん、どんなタレントも出演料を積めば出演してくれるというわけではない。例の歌詞にもある「♪イメージが大切よ~」とはまさにその通りで、クライアント企業や商品が本人にマッチしているかどうか、また過去も含めて競合との干渉がないかどうか入念にチェックされる。

当然ながら彼女のマネジメントには行き届いた管理がなされていたから、出演を打診するとおそらく “企画・コンテ次第” なんていう回答が返ってくることもあったと思う。要は引く手数多なだけにマネジメント側がスポンサーや商品を選び、CMの露出量まで問うてくる事は決して珍しいことではない。

タレントイメージ調査・女性部門のトップ10に小泉今日子登場


ビデオリサーチ社が毎年2月と8月の年2回発表する「タレントイメージ調査」の女性部門のトップ10に初めて彼女の名前が登場するのは1987年のこと。視聴率を調査する同社のランキングは、好感度だけでなくテレビでの露出量のスコアも加味されるから、それはほぼ “CM女王” であることの証となる。

その後も頻繁に上位に名を連ねるようになり、1992年に初めて1位を獲得するとそれから1994年に至るまで5回連続でトップの座に君臨する。彼女はCDセールスにしても主演ドラマの視聴率にしても常にトップでなかったかも知れないが、人気についてはいつもトップクラスだった。

彼女がCM女王の座にいよいよ手を掛けようかという頃、リリースされた「見逃してくれよ!」は、「クノール カップスープ」のテレビCMとのタイアップとして制作された、その象徴ともいえる作品である。

8年間にわたりブランドの顔に、クノール カップスープ


彼女がこのCMキャラクターに起用されたのは1986年から1994年というから、この前後8年間にわたって同ブランドの顔を務めてきたというのは異例の長さともいえる。「クノール カップスープ」の販売元は味の素。元々海外ブランドであった「クノール」を外資との合弁事業を日本法人として展開していたが、1987年にこれを100%子会社化して本格的に国内でのマーケティングに乗り出してきた時期とも重なっている。タイアップとしても1988年「GOOD MORNING CALL」、1989年「集中できない」(Fade OutのB面)に続く3曲目となるから、まさに彼女の力を頼りながら、ブランドを成長させてきたというわけだ。

ところでカップスープのイメージといえば、多くは朝食メニューという印象である。それは “ご飯に味噌汁” という伝統的な日本の朝の食卓に対して、あわよくば一品割込ませよう、あるいはパン食のお供として定着させよう、という努力を重ねてきた食品会社の宣伝PRの成果でもある。彼女が「朝ごはん、ちゃんと飲んでる?」と問いかけるテレビCMを覚えている方も多いことだろう。彼女の明るく溌剌としたイメージは朝の顔として相応しかった。

だが市場拡大を図るマーケティングはこれに止まらない。カップスープの市場をランチにまで広げようとする試みの意図がタイアップ曲である「見逃してくれよ!」には込められている。

タイアップ曲「見逃してくれよ!」が担うランチタイム改革と新市場の開拓


本来「見逃してくれよ」というセリフは「反省しているから、許してください」という意味も含まれているものだが、その点この歌詞は違っている。これに続くコーラスは「…いいじゃん、いいじゃん」という、反省の欠片もない全開の開き直りである。

歌詞の冒頭はCMにも採用されている「♪会議室でお弁当食べても~(いいじゃん)見逃してくれよ~」と繰り返し、「昼休みに会議室何てなんて空いてるんだから、集まってランチしてもいいじゃん!」とばかりにデスクを広々使ってカップスープも飲んでやろうというわけだ。

この楽曲の作詞は “活発委員会” 名義であるが、歌詞の内容を見る限り大方複数人から寄せられた開き直りエピソードの数々をライターがまとめ上げたものだと想像がつく。

CMの映像は “お弁当向上委員” なるものに扮した彼女がオフィスを闊歩しながら冒頭の歌詞を歌い上げるというものだ。いわば新しいオフィス習慣の提案である。こういった社会的にも意義ある提言を行うような役割は、決して誰もが担えるわけではない。企業が小泉今日子をCMに起用する強い理由はまさにそこにある。

何かエポックな製品やサービス、企業として画期的な試みをしようとする時、どうにかしてそれを世間に知らしめる必要がある。その重責を担うには “イメージが大切” なのはもちろんだが、重要なのは第一に “信用” である。

No.1企業が小泉今日子を起用する理由とは


当時彼女が出演していたテレビCMの広告主を挙げてみると、味の素の他にも武田薬品、キリンビール、JR東日本、富士フィルム、資生堂、第一勧銀(現みずほ銀行)… と、No.1ブランドを持つトップ企業ばかりだ。契約数だけならもっと多いタレントはいるだろうが、ここまで優良な銘柄が揃っていることに改めて深い感銘を受ける。なぜこれほどまでに名だたる企業ばかりが彼女を起用し続けたるのか。

その信用の本質は “彼女は嘘をつかない” という共通認識が広く世間の間に成立していたことにあると思う。

一時期彼女に追随するように “本音アイドル” などという存在が持てはやされ、従来の型にはまらない、自然で気取らない立ち振る舞いが一部ファンから支持されることもあったが、やがて言葉が独り歩きするようになると、場をわきまえない失礼な言動を重ねる勘違いタレントも目立つようになり、次第に廃れていった経緯がある。

小泉今日子は “嫌なものはイヤ” と言うことはあっても、こうした風潮とは一線を隔していた。「なんてったってアイドル」の主人公を虚像だと笑い飛ばしながら、決してアイドルの本分を見失うことなく、ファンの期待には応え続けた。デビュー前の過去も愛煙家であることも隠そうとはせず、率直に自らを語る彼女の姿勢は、積み重ねることで自然と人々の共感を獲得していった。

またいつ頃からか、彼女が自分語りをするインタビュー記事が目に付くようになった。自らを “コイズミ” と呼び、表現者としての矜持を口にしたりすると、そんなキャラクターはもう他に矢沢永吉ぐらいしか思い当たらない。「この人は嘘をつかない」と思われていることは、CMタレントとしてこの上ないアドバンテージなのだ。

ある商品をその人が使ったり身に着けたりしているだけで、特にほめたりしなくとも、それがいいものだと感じられる。こうした表現のアプローチを “ストレートトーク” と言ったりするが、その起用に耐える人物は極めて限られる。生き様や価値観、人格が問われるのだ。消費者はその商品や企業を見ているのではなく、信用するその人物を見て採用か否かを決めるのだ。

広告マンの夢? 小泉今日子を起用してCMを作ること


彼女が出演した風邪薬のテレビCM「ベンザ エースを買ってください」とは伝説のコピーライター仲畑貴志氏による広告史に残る名コピーである。世の多くのクリエイター達はこれがやりたくてもやれないからこそ比喩や言い換えなど技巧を尽くして頑張っているのだが、こうも鮮やかにゴールを決められてしまうと唖然とするほかなかった。彼女の勢いと若さ、それに似つかわしくないほどの絶大な信用とが揃った、まさにこの時、この機会でこそ成立し得た奇跡だったのではないかと思えてならない。

各業界のリーディングカンパニーには、自社に限らず業界全体を見渡して、誤りを是正したり、時として変革を促すような取組みが求められる。そして綿密なマーケティングと事業計画で期待が確信に変わる時、それを世に知らしめる強力なメッセンジャーが必ず求められる。

キョンキョンの「もっともっと!」という号令で新幹線は大増便となり、伝統のラガービールは味を変えた。気が付けば我が社の会議室もランチタイムは女性社員で常に賑わっている。元を辿れば “小泉売れ” などという現象も実は起こるべくして起こった必然にすぎないのだが、そこで彼女の存在が不可欠であったこともまた事実である。

こうして彼女の存在は広告業界において特別なものとなった。その頃僕ら若手の広告マンは業界のレジェンドの方々と仕事ができるというのと同じくらい、小泉今日子を起用してCMを作る事が密かな夢となった。

以前のコラム『中森明菜 vs 小泉今日子、花の82年組と混戦の女性アイドル決選投票!』でも触れたが、かつては82年デビュー組のアイドル対決の際は明菜推しで立って、彼女をこき下ろした覚えがある者としては、たいへん心苦しくもあったが、それでも彼女に何を演じて、何を語らせようか、自分の担当に置き換えて想像してみることは愉しかった。

W浅野から奪取したCM女王の座は、その後は山口智子に譲ることになった。当代ならガッキーか綾瀬はるかといったところだろう。時代と共に求められるタレントの役割もキャラクターも変わるが、今だかつて彼女くらい稀有なキャラクターもなかった。相変わらず自然体の彼女は素敵な年の重ね方をしていて、聞けばまたその存在価値が高まり、ギャラの相場は大御所クラスだという、女王の威光は今だ健在ということか。

40周年☆小泉今日子!

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2022.03.17
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カタリベ
1965年生まれ
goo_chan
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