シャネルズからチェッカーズへ作詞家 売野雅勇が描く物語性とは?
売野雅勇は極めてソフィスティケートされた都会を舞台に、そこに潜む人間模様を巧みに切り取り、歌詞の世界観を確立させる作詞家だと思う。その反面、決してブレることのない不器用なくらいの真っ直ぐさというか、そういう虚飾とは無縁の心の奥底に燻った心情をリリックに潜ませるところがたまらなく好きだ。
売野の作詞家としてのキャリアのスタートは、シャネルズ(現:ラッツ&スター)のセカンドアルバム『HEART&SOUL』(1981年)に麻生麗二名義で書き下ろした「星くずのダンス・ホール」、「スマイル・フォー・ミー(SMILE FOR ME)」だった。そして翌年中森明菜の「少女A」で脚光を浴びることになる。1984年からは、ザ・チェッカーズの数多くの楽曲を手がけ、彼らの世界観を言葉で具現化させ、お茶の間に浸透させた。
僕にとっての売野雅勇はシャネルズからチェッカーズへ。ロックンロールやドゥーワップに恋焦がれ、コンテストで腕を鳴らした不良少年が壁にぶち当たりふと見上げた都会の夜景だ。そこに何が見えるか… これを起点に売野はそれぞれのアーティストの個性に合わせ、いくつもの物語を描き出している。
「六本木純情派」、都会的なワードセンスの中に垣間見られる本質とは?
この度リリースされる売野雅勇 作家活動40周年記念作品『MIND CIRCUS 午前0時のLOVE STORIES』にはそんな特出した世界観が堪能できる楽曲のセレクトがなんとも嬉しい。
楽曲のセレクトは売野本人だという。RA MUの「青山Killer物語」や荻野目洋子の「六本木純情派」といった女性ボーカルの楽曲も目立つ。そういった場合はもちろん主人公は女性なのだがそこに潜む少年性というか、儚さと夢を諦めきれないもどかしさや力強さが同居した物語性が都会的なワードセンスの中に垣間見られたりする。
「六本木純情派」の中では、六本木という虚飾が溢れた都会を舞台にこんな言葉が綴られる。
優しくしないで
振り向いたら泣き出しそうなの
Who are you…
迷子たちの六本木
胸のすき間 涙でうめてる
Who are you…
遊び慣れた六本木
純情ゆらすのよ
Boogie Woogie
――「遊び慣れた六本木」「迷子たちの六本木」と相反する言葉の選び方こそ、売野が見渡した都会の情景なのだと思わずにはいられない。それは、都会の色に染まりながらも自分を取り戻したいという迷いともどかしさが、ガラス越しに雨で滲む街の夜景のように心に染み込んでゆく。そんなじわじわとくる余韻も売野雅勇ならではの作家性だ。
シティポップの中に忍ばせる上質なウエット感
同じくここに収録されている杉山清貴「水の中のAnswer」や稲垣潤一「夏のクラクション」といったシティポップ的な解釈で語っても良い楽曲にもそんな余韻を忍ばせる。ドライなサウンドに情念とは異なる上質なウエット感を忍ばせる作詞家だと思わずにいられない。また、意外なところでは、普遍的な青春の輝きを力強く綴ったリリックが多くのリスナーの共感を呼んだアイドルエールソングの傑作、菊池桃子の「Say Yes!」が収録されているのも興味深い。青春という世界観もまた、売野ワールドには欠くことのできないものだ。
作家活動40周年を記念したこのアルバムには、このように80年代の珠玉のヒット曲が並ぶ。つまり80年代という、“街が煌めき、誰もが今以上に素敵な未来が待っていると信じて疑わなかった時代の空気感” を体現させながらも、そこに内包された人々の悲哀をそれぞれの楽曲で見事に反映させている。パンデミックを越えタフに生きる必要性を痛感した令和の今の時代に、そんな時代がどのように映るか、聴き手ひとりひとりに問いかけているのではないか? そんな風にも感じられた。
今作には収録されている全12曲の歌詞をフォーマットに売野本人が12本の短編ストーリーを書き下ろし、小説ブックレットとして封入されている。80年代を彩ったリリックが今の時代にどのような物語として独り歩きを始めたのか、こちらも楽しみでならない。
■ 収録曲
1. 青山Killer物語 / RA MU
作詞:売野雅勇、作曲:和泉常寛、編曲:新川博
2. MIND CIRCUS / 中谷美紀
作詞:売野雅勇、作曲・編曲:坂本龍一
3. 夏のクラクション / 稲垣潤一
作詞:売野雅勇、作曲:筒美京平、編曲:井上鑑
4. 水の中のANSWER / 杉山清貴
作詞:売野雅勇、作曲:杉山清貴、編曲:松下誠
5. Super Chance / 1986オメガトライブ
作詞:売野雅勇、作曲:和泉常寛、編曲:新川博
6. 六本木純情派 / 荻野目洋子
作詞:売野雅勇、作曲:吉実明宏、編曲:新川博
7. め組のひと / RATS&STAR
作詞:麻生麗二(売野雅勇)、作曲:井上大輔、編曲:井上大輔 ラッツ&スター
8. 星屑のステージ / チェッカーズ
作詞:売野雅勇、作曲・編曲:芹澤廣明
9. 少女A / 中森明菜
作詞:売野雅勇、作曲:芹澤廣明、編曲:萩田光雄
10. 最後のHoly Night / 杉山清貴
作詞:売野雅勇、作曲:杉山清貴、編曲:笹路正徳
11. Stay Girl Stay Pure / 1986オメガトライブ
作詞:売野雅勇、作曲:和泉常寛、編曲:新川博
12. Say Yes! / 菊池桃子
作詞:売野雅勇、作曲・編曲:林哲司
■ BONUS TRACK
1. Strangers Dream 2023 / MAX LUX
作詞:売野雅勇、作曲:林哲司、編曲:dot & at(元編曲:新川博)
(オリジナルアーティスト: ジャッキー・リン&パラビオン)
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2023.07.08