2月26日

鈴木雅之「ガラス越しに消えた夏」に刻まれた神アレンジ【EPICソニー名曲列伝】

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EPICソニー名曲列伝 vol.20
鈴木雅之『ガラス越しに消えた夏』
作詞:松本一起
作曲:大沢誉志幸
編曲:ホッピー神山
発売:1986年2月26日

大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」へのアンサーソング?


「EPICソニー名曲列伝」として、この名曲を紹介せずに通り過ぎるのは、明らかに無理がある。そう、この曲の登場である。

様々な意味で、傑作・大沢誉志幸『そして僕は途方に暮れる』(84年)と兄弟関係にある曲だ。まず両方とも作曲が大沢(現:大澤。本稿では大沢で統一)誉志幸で、また両方とも日清食品カップヌードルのCMソング。

さらに、大沢誉志幸自身がインタビューでこう述べている―― 「あの曲は『途方』で別れた男女の “その後” を描いた曲です。言い換えれば『途方』がなければ、この曲も生まれなかったということになります」(クレタパブリッシング『昭和40年男』2016年6月号)。つまりこの曲は、『そして僕は途方に暮れる』の一種のアンサーソングなのである。

シャネルズ、ラッツ&スター、そしてソロシンガー鈴木雅之


鈴木雅之のソロとしてのファーストシングルでもある。シャネルズ → ラッツ&スターのリーダーとして人気を得た鈴木だったが、ソロ活動にあたっては、色々と思い悩むところもあったようだ。

先の『昭和40年男』誌のインタビューで、大沢誉志幸はこうも語っている―― 「当時彼はラッツ&スターをやっていて、続けるかソロになるか悩んでいました。寿司を食べながら、お互いの未来について話をしたのをよく覚えていますね」。

売上枚数は14.7万枚で、ファーストシングルとしては一応の成功と言えるだろう。『もう涙はいらない』(92年)の56.0万枚や、『恋人』(93年)の43.4万枚など、鈴木雅之のソロ成功への扉が、この曲で開かれることとなった。

鈴木雅之の濃厚なボーカル、大沢誉志幸のツボを突くメロディ、カップヌードルのCMタイアップ、『そして僕は途方に暮れる』との関連性―― と、成功に向けては、色々な要素が貢献したと思うが、私の考えるこの曲最大のポイントは、アレンジだ。

唯一無二、神がかっているホッピー神山のアレンジ


アレンジを手掛けたのはホッピー神山。日本ロック史で、もっとも過小評価されているバンドの1つで、「日本のポリス」のような存在だった PINK に、爆風銃(バップガン)から近田春夫&ビブラトーンズを経て加入したキーボーディスト。

ここでのホッピー神山のアレンジは、稚拙かつ雑な表現で申し訳ないが、「神がかっている」と言える。ちょっと、後にも先にも聴いたような感じのしない、唯一無二のアレンジ。

私の勝手なイメージで言えば、白い靄(もや)がかかっているイメージ。そして、その靄の先に、80年代の「あの夏」の海岸線が見える(私の勝手なイメージだと、国道134号線、材木座海岸の方にトンネルを出て曲がるところの光景)。

アレンジの源は「夏のクラクション」と「SWEET MEMORIES」か


唯一無二なのだが、この特異なアレンジの源をあえて探れば、2曲ほどが浮かんでくる。

1つは、稲垣潤一『夏のクラクション』(83年)。作曲は筒美京平、アレンジは井上鑑。靄のかかったような音像が似ていて、また両方とも「あの夏」を描いている。その上、歌詞に「カーブ」が出てくることも共通。この曲と並ぶ「日本2大『あの夏のカーブ』楽曲」と言えるだろう。

もう1つは、松田聖子『SWEET MEMORIES』。こちらも83年リリースで、作曲・編曲とも大村雅朗。ホッピー神山は、「兄」にあたる『そして僕は途方に暮れる』から、大村雅朗をたどって『SWEET MEMORIES』に行き着いたのかもしれない。白い靄の中でカンカンカン…… と薄く響くパーカッションが似ている。

しかし、『夏のクラクション』や『SWEET MEMORIES』の後継というよりは、その影響が見えないくらいに破壊かつ再構成した結果、この『ガラス越しに消えた夏』は、唯一無二のアレンジに行き着いていると言えよう。

シンセサイザーの発展無くしては、ありえなかったアレンジだ。ただし、レトリックを込めて言えば、シンセの発展があったとしても、そう簡単にはありえなかったアレンジでもある。シンセを使いながらも、ツルツルの無機物のような音にならず、湿った白い靄という、やわらかな有機物が音像全体を覆っている。

神アレンジのおかげで、『ガラス越しに消えた夏』は決して消えることなく、日本の音楽シーンに確実に刻まれた。2020年になっても、この曲をかけながらカーブを切ると、そこに見えるのは、白い靄に包まれたあの頃の夏だ。


※ スージー鈴木の連載「EPICソニー名曲列伝」
80年代の音楽シーンを席巻した EPICソニー。個性が見えにくい日本のレコード業界の中で、なぜ EPICソニーが個性的なレーベルとして君臨できたのか。その向こう側に見えるエピックの特異性を描く大好評連載シリーズ。

■ EPICソニー名曲列伝:大沢誉志幸「ゴーゴーヘブン」洋楽臭と下世話臭の黄金比率
■ EPICソニー名曲列伝:鈴木聖美 with RATS & STAR「ロンリー・チャップリン」に仕掛けられた壁
■ EPICソニー名曲列伝:TM NETWORK「Get Wild」小室哲哉をブレイクさせた狭い音域の妙
etc…

2020.01.18
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カタリベ
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