1977年 1月20日

令和に響く赤貧ソング、老後 2,000万円問題と太田裕美の「しあわせ未満」

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今、あなたは「うだつ」、上がっていますか?

「うだつが上がらない」という慣用句は、聞き覚えがある人が多いであろう。これは、建築用語で、木材が建て上げられないことから転じて「なかなか出世ができない、暮らしがよくならない、金銭的に恵まれた状況にならない」という意味があるそうだ。

ニュースでは戦後最長の景気拡大なんて言っていたけど、拡大したのは景気じゃなくて「格差」だってことは、みんなうすうす解っていて、そんな世知辛い日常の中で、いつまでもうだつが上がらない自分に対し、忸怩たる思いに苛まれている人は少なくないはずだ。

で、お前は誰だ。お前のうだつは上がっているのかよ? … という問いかけに対しては、誰も興味が無いと思うので脇に置いておこう(笑)。だけども、ぶしつけに、うだつ上がっていますか? などと書き出した文章に対して、筆者として何らかの責任は取らなきゃいけない。だから、僕は言いたい。「うだつなんて、上がっても上がんなくてもどっちでもいい。そんなもん!」なぜかって? その答えは80年代の名曲の中にあるからだ。

うだつが上がらない男の主人公と、それを支えるヒロイン。そんな赤貧のイメージというと、70年代は「四畳半フォーク」の湿気がセットだけれども、80年代になって登場した「ハングリアン民族系赤貧ソング」は、そんな湿気を感じさせず、まるで映画、青春群像のヒトコマを見るかのようだった。

まず、中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」のサビの一節。


 もし俺がヒーローだったら
 悲しみを近づけやしないのに…


そして、尾崎豊の「シェリー」のサビ前の一節。


 転がり続ける 俺の生きざまを
 時には無様な格好でささえてる


夢に生きるけれど、なかなか芽が出ない。そんな現状に絶望しながらも懸命に前に進んでいく。そんな主人公のあがきが1985年の風景と共に蘇ってくる。

カップヌードルの CM ソングとして流れたこの2曲が、34年経った今でも色褪せず胸に響いてくるのは、夢と貧困という不易のテーマを持った歌詞に、稀代の声を持つ2人が、絶世のシャウトで生命を吹き込んだことで、歌が強い輝きを放ち続けているからだろう。

そんな昭和の「赤貧ソング」を語る上で忘れてはいけない一曲がある。その曲は、太田裕美の「しあわせ未満」だ。80年代からやや遡り1977年リリースの楽曲となるが、この曲を彼女の一番のお気に入りに挙げる人も少なくない。


 20才まえ ぼくに逢わなきゃ
 君だって違った人生


曲はいきなり、こんな自虐的なフレーズから始まる。ナンパして同棲を始めたけれど、部屋代のノックに怯える程に苦しい生活。ボロアパートでの水仕事で指にしもやけができた彼女を不憫に思い、「ぼくの心のあばら家に住む君が哀しい」と嘆く主人公。


 ついている奴 いない奴
 男はいつも2通り


主人公は、こんな筈じゃなかった己の現状を「運」という名のうすのろに責任転嫁して、自己弁護しているようにも見える。それでも、この物語の最後は、「あー二人 春を探すんだね」という歌詞で結ばれていて、そこからは、貧しくても頑張ればきっと将来は報われるという、昭和の空気を支配していた、ほのかな希望みたいなものが伝わってくる。

だけど、この「しあわせ未満」を令和の今、改めて聴き返した時、そこに浮かんでくる情景は、非正規雇用・低賃金労働の若者の絶望的な現実だったりする。そこには、将来はきっと報われるんだという、ほのかな希望すら見えない。

そんなことに思いを馳せている中、この原稿を書いている途中で、驚くようなニュースが飛び込んできた。なんと、金融庁の報告書によると、老後の資金として自力で2,000万円の貯えが必要だと言うのだ。もう、お先真っ暗だ。

そういえば、「しあわせ未満」で太田裕美が歌っていた、あの時の2人は42年経った今どうなっただろう? 残酷に立ちはだかった老後2,000万円問題が頭をよぎる中、僕の耳に流れてきたのは井上陽水の「からたちの花」だった。


 あんたとあたい
 運も悪いしからだも弱い
 なのにふたりに なのにふたりに
 おんなじように血がにじむ


元々は1983年、樋口可南子のアルバム曲として井上陽水が提供し、翌年、自らのアルバム『9.5カラット』に収録された曲であるが、この歌を幼少時に初めて耳にした時は、なんて暗い歌詞なんだろう、と思っていた。なんとも侘しい人生の終着。歌詞の中では夫婦の年齢が判然としないが、子供心に、僕はなんとなく老夫婦を歌っているような印象を持っていた。しかし、我が身にも老年期が忍び寄ってきた今、改めて聴くと、妙な現実味を帯びて響いてくる。

令和の巷に溢れる、応援系ソングやポジティブ系ソングの数々。そういった曲達も良いだろう。だけどやっぱり僕は、昭和から聴こえてくる、これらの厭世的な歌の数々にグっと心を動かされてしまう。きっとそこには、人として生きる為の普遍的な何かと、人生のロマンが詰まっているから、時代を超えても愛され、色褪せないのだろう。

うだつが上がらない日々も、しあわせ未満の生活も、侘しい人生の終着すらも、全てが美しくて愛おしい。だから僕は、最後にもう一度、大きな声でこう言おう。

「うだつなんて、上がっても上がんなくてもどっちでもいい。そんなもん!」


歌詞引用
翼の折れたエンジェル / 中村あゆみ
シェリー / 尾崎豊
しあわせ未満 / 太田裕美
からたちの花 / 井上陽水


2019.06.25
21
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カタリベ
1972年生まれ
古木秀典
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