6月21日

ABCの華麗なる変貌、MTVの波に乗ってポストパンクからエレクトロポップへ

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マーティン・フライ率いるニューロマンティック・バンド


“エレクトロポップ” という響きに、80s特有のキラキラした空気を感じないだろうか? とはいえ、これは現在のポップスにも脈々と受け継がれているものだし、これが “エレクトロニカ” となると近年のクラブ向けなダンスミュージックになってしまうので全く別なのだが、要はエレクトロ “ポップ” であるところにそういった時代性があるのだろう。

この電子楽器の進化とともに1980年代に誕生したこの音楽ジャンル、当時のアーティストの中で代表選手を挙げるとしたら、デュラン・デュランやペット・ショップ・ボーイズ、ハワード・ジョーンズ… などといったイギリス勢を思い浮かべる方が多いんじゃないだろうか。

1982年の「ルック・オブ・ラブ」で記憶に残るABCもその一つだ。トレヴァー・ホーンのプロデュースによるファーストアルバム『ルック・オブ・ラブ(The Lexicon Of Love)』から同曲が全英4位のヒット。日本のディスコでも毎日かかっていたというから、世代の方はよくご存じだと思う。

全身ゴールドのスーツに身を包み、サイドに流したブロンドヘアでダンディに決めまくったマーティン・フライ率いるニューロマンティック・バンド。ライブでの動きもちょっとクネクネしてナルシスティックで、端々からブライアン・フェリーの影響が感じられるのは私だけか。

ABCの前身バンドはゴリゴリのエレクトロパンク


彼らはこの1982年の華々しい実績を放った以降も、幾度となくメンバーチェンジを繰り返しながら、音楽性は基本的にエレクトロポップ路線を保っている。しかしそんなABCが、元々はゴリゴリにエッヂの効いた、ニューウェーヴど真ん中なエレクトロパンクバンドであったことは、実はあまり知られていない。

名をヴァイス・ヴァーサ(Vice Versa)というこの前身バンドは、1977年にイギリスの工業都市シェフィールドで結成された。同時期にこのシェフィールドで活動していたバンドに、キャバレー・ヴォルテールやヒューマン・リーグなどといった面々がいる。数年後にはキャッチーなエレクトロポップで世界を席巻することになるこうしたバンドも、当時は皆一様に攻撃的なエレクトロパンクを鳴らしていた。

実は、1976年頃のロンドンで勃興したパンクムーヴメントを早速ブチ壊すかのごとく発生した、シンセ主体の “ポストパンクムーヴメント”、その源がこのシェフィールドだったりするのだ。そしてこのヴァイス・ヴァーサも、その黎明期に誕生した重要なバンドのひとつなのである。

エレクトロパンクからエレクトロポップへの変貌


ところで先ほどから一口に “エレクトロパンク” と呼んでしまっているこのジャンルだが、これは読んで字のごとく「限りなくパンクな匂いのするノリの良いシンセサウンド」といったところである。ただしノリは良くてもキラキラした “ポップ” な雰囲気ではなく、まさしく工業都市のどんよりした空さながらにダークであるところがポイントだ。

このエレクトロパンクはポストパンクムーヴメントの中でも主要なスタイルの一つであり、これは1980年代に入るとコマーシャルな所謂 “エレクトロポップ” へと、多くのバンドが変遷を遂げていくこととなる。先のヒューマン・リーグの例を挙げれば、彼らは1970年代まではポストパンクを引きずっていたが、代表曲「愛の残り火(Don’t You Want Me)」(1981)以降は、どこかダークさを残しつつも耳なじみの良いダンスナンバーを多く生み出した。

しかし同期&同郷のヒューマン・リーグと比べるとABCの変貌っぷりは潔い。なにせ、ヴァイス・ヴァーサ時代は限りなくパンクな音を鳴らしていた彼らが、ABC名義になってからはパンクのパの字もないのだ。むしろディスコミュージックに寄せたエレクトロポップとも言えるほど。

トレヴァー・ホーンのプロデュースとMTVの開局


じゃあ何故ABCがここまでの路線変更をするに至ったのか。1981年のデビューシングル「涙まだまだ(Tears Are Not Enough)」のヒットに目を付け、翌1982年にファーストアルバムをプロデュースするトレヴァー・ホーンの影響ももちろんあっただろう。

しかし彼らABCのデビューの時期を考えると、これは1981年に開局したMTVのせい以外に他ならない。MTVブームの波に乗り、これを利用した(主に利用したのはトレヴァー・ホーンだと思うが)ABCはデビュー早々、見事に全米での成功も勝ち取った。つまりMTVこそ、多くのポストパンクバンドを大衆的なエレクトロポップへと変えてしまった張本人なのだ。

と言いつつもこの、現在に受け継がれるエレクトロポップ―― その発端はポストパンクムーヴメントという “ニューウェーヴ” から生まれたシンセサウンドであり、1980年代半ばになると、それはペット・ショップ・ボーイズなどのアーティストたちが新しい形で完成させていった。そのサウンドが今、ケイティ・ペリーやザ・ウィークエンド、レディ・ガガといったアーティストの曲から感じられることを思うと、あぁやっぱりニューウェーヴって偉大な音楽文化の革命だったよね… と、悦に浸ってしまうのである。

2020.05.18
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  YouTube / ABCVEVO


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カタリベ
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