1月21日

ツバキハウスの青春ストーリー!ヒューマン・リーグ「愛の残り火」と大人への階段

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ヒューマン・リーグのシングル「愛の残り火(Don't You Want Me)」が日本でリリースされた日
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かつて新宿にあった伝説のディスコ、ツバキハウス


かつて新宿にあったツバキハウス。

―― 大好きだったディスコだが、必ずその言葉を口にすると胸の奥がツンと痛くなる。

ツバキハウスは新宿3丁目テアトルビルの5階にあったディスコだ。当時も今も変わらず「かに道楽」が入っている “あのビル” だ。

オープンは70年代の半ばと言われてるが私が最初に行ったのは高校生になった80年代に入ってからだ。

そのきっかけは、友人とライブ帰りに地元駅でお腹が空いたから喫茶店に入りナポリタンセットを頼んだことからだった。

「お、お待たせしました」

とナポリタンを運んできた店員に目が釘付けになった。細い眉、オールバックの茶色の髪、蒼白い肌―― まるでデヴィット・ボウイ みたいだった。ライブの感想などそっちのけで私は広い店内で彼のことだけを見ていた。

「会ったとたんに一目ぼれ」というテディ・ベアーズの曲があるがまさにこれが “一目惚れ” 。

彼が喫茶店のウェイターであることとピアスが沢山付いてること、さらに左手首の内側に明らかにためらい傷のような痛々しい傷痕があること以外、名前も年齢も分からない。私は彼を知るために1か月近くほぼ毎日、その喫茶店に通った。

ライブや映画帰りも必ず通っていたある夜、彼が店外の階段をモップ掛けをしていた。

か細い声でーー

「有難うございました… またのご来店をお待ちしてます」

―― と目を合わせず俯いたままの彼に対して、

「あの… その… お疲れ様です。仕事、何時までですか?」
「23時……」
「待っていていいですか? 私お話ししたいんです!」

今からしたらストーカーみたいだが、当時はそんな概念はなく、口から心臓が出そうになりながらの私の提案に彼は頷き、店の店長から呼ばれ慌てて戻った。

待つこと1時間近く。彼は小走りに現れた。行く店もなく、とりあえず私の実家方向に歩き出し、お互い家もそう遠くないこと、彼が4歳年上で彼女と別れたばかりで喫茶店では毎日ミスして怒られてる話しなどを聞き、家の固定電話の番号を交換した。

暫くして彼から連絡があり、「新宿に踊りに行かない?」と誘われ、喫茶店以外で彼と初めて待ち合わせして出掛けることになった。

それが私の初めてのツバキハウス体験だ。

最先端のブランドに身を包むお洒落な人たち


当時新宿は歌舞伎町「東亜会館」を筆頭に30軒近くディスコがあった。こちらの方には何回か行ったことがあったがツバキハウスは初体験だった。

エレベーターが開くと、大音量の音楽と凄い人。どうやら “美容師ナイト” だったらしく、お洒落なファッション誌のモデル風の大人が沢山踊っていた。

彼は私を置いて知り合いや常連たちと話し、さっさと踊り出した。そんな光景を見ながら私は立ちつくすしかなかったーー。

勝手が分からず何とかドリンクを貰いフロアで踊るバイト先とは全く違う生き生きした彼をぼんやり眺めていた。しかし、そのうち自分が段々と惨めになって来た。

デート気分で母のお下がりのピエール・カルダンのスーツにベレー帽を被った私は明らかにコム・デ・ギャルソンやワイズなど当時最先端のブランドに身を包むお洒落な人たちの中で場違いで浮いていてダサかった。

ドリンクコーナーで立ちつくす私に常連風の “全身ピンクハウス” で大柄の女性が話しかけて来た。彼女曰く、彼は可愛い美容師の彼女と同棲していたが振られて実家に帰ったばかりだという。そして、今でも未練たらしくツバキに来てると教えてくれてご丁寧にも彼の元カノまで紹介してくれて挨拶をする羽目になった。

私と真逆の小動物みたいに小さくて可愛いショートカットに金髪メッシュを入れた彼女はゆったりしたシルエットのハーレムパンツで「愛の残り火」で踊りまくっていたーー。

フロアではヒューマン・リーグ、「愛の残り火」を大合唱


「愛の残り火」はヒューマン・リーグの3枚目のアルバム『デアー!』からのシングルカット。

ヒューマン・リーグは1979年にデビュー。いわゆるニューウェイブやテクノ寄りのポップユニットだったが、音楽性の違いで分裂。4人のメンバーのうち2人が脱退し、ヘブン17を結成する。

ヒューマン・リーグは新たに女性メンバー2人を加えて『デアー!』をリリース。エレクトリックABBAの誕生だ。



このいわゆる歌謡曲的な曲は、男女の掛け合いとMTV効果もあり大ヒットする。歌詞もまた、歌謡曲風で振られた男が未練たらたらと唄う内容だ。

フロア中が大合唱の中いたたまれなくなり、私はひとりで帰ることにした。もうこの場所に来ることはないだろう―― そんな思いを頭に巡らせながら新宿駅まで帰路を急いだ、

ベレーがズレるほど小走りに、「♪ドンチュー ウォンミー ベイビー」と半べそかきながら口ずさみながら――。

その後、彼から何回か電話があったらしいが、折り返しせず、欠かさず通った喫茶店も行かなくなった。

人気イベント “ロンドンナイト”


そして時は流れ、短大生になった私は新宿伊勢丹内のアパレルショップでアルバイトを始めた。

この時の店長が素晴らしい人で、細かく優しく指導してくれたおかげで接客が楽しくて毎日バイトするようになった。他のショップのスタッフとも仲良くなったある日、売り場に男性がやって来てディスコの招待券を束でくれた。

「お洒落して来てくださいよ!」

その招待券に印字されていた “ツバキハウス” と言う文字を見た瞬間、脳内で「愛の残り火」が再生され胸が痛くなった。それでも休憩室では仲良しの他店スタッフ達も「ツバキに今日行く? 明日行く?」という話題で持ちきり。

あんな思いをした場所に二度と戻りたくないーー。そう心に誓った私だったが、周りの楽しげな雰囲気に水をさすのも悪く、断る理由を告げる勇気もない。

当時、伊勢丹新宿本店は水曜定休日だったので毎週火曜日に行われていた人気イベント “ロンドンナイト” に結局みんなで行くことになった。

―― 伊勢丹チームの誕生である。

当日、仕事が終わり、みんなで従業員出入口に集まり、靖国通り沿いの「かに道楽」を目指す。エレベーターで5階に上がり、入店。凄い人と熱気に溢れてる。今回は仲間もいるし、私は自社製品に身を包んでいるし、多分、ダサくない。

フロアを見ると、ケンゾーやギャルソンの店員や1階コスメコーナーの社員さんもいる。皆でドリンクをもらい、しょっぱいフライドポテトと枝豆をつまみながら300円か500円でカレーライスや麻婆丼を食べられた。

大音量で皆で踊って、笑って、仲良くなった子はだいたい文化服装学園か山野美容学校の子たちだった。とは言え、招待券の効果か、さながら伊勢丹の “夜の休憩室” 状態だった。

もともと薄給で重労働のアパレルスタッフにとって、招待券さえあれば薄い割りもののアルコールが飲めて、ご飯が500円以下で食べられて、つまみもあり、好きな曲が大音量でかかるのはありがたかった。

私はツバキで初めてビリヤードを覚え、初めて冷凍のライチを食べた。楊貴妃が好んだと言う果物を食べながら少しだけ “いい女” になった気分だった。

毎回楽しく食べて、飲んで、踊って、どんどん知り合いが増えて、あの日の “ダサい私” を封印した気になっていた。

ツバキスタッフから誘われた二次会でのアクシデント


人はそう変わらない―― と思い知るのは、さらにその翌年。すっかり常連の伊勢丹チームとして売り場の仲良しのバンちゃんとツバキに居たら、馴染みのツバキスタッフから2次会に誘われた。

少し離れた場所の2階のDJバーに連れて行かれ、次から次へ人が来て狭い店はさながらツバキハウスの休憩室のようになった。スタッフもDJも「お疲れ様!」と深夜に乾杯したその時、大柄な女性グループが入店。

雑誌で最近よく見るモデルなのはすぐにわかった。狭い店内の私たち以外の男性たちは、みんな色めきたった。何故かモデルは私とバンちゃんの前に来て、まるで品定めするように凝視しながらーー

「ちょっと良い根性してるじゃん? そこに座って良いのは選ばれた人間だけよ」

と言い放ったーー。

腰を浮かしかけた私をバンちゃんがテーブル下で思い切り太腿を押さえて制止する。モデルは煙草に火をつけながら俯いてる私に対して顔に煙を吹きかけながら、

「座ってるんだったら、つまり灰皿ってことだよね?」

ーーと私の髪に笑いながらトントンと灰を落とした。髪の焦げる臭いと熱さとバージニア・スリムメンソールの煙に咽せてバンちゃんの手を跳ね除けすぐ横のトイレに逃げた。

とりあえず洗面台で髪を濡らし手で水をすくい、うがいをしてる時に凄い音がした。嫌な予感で暫くトイレに籠る。地震か? と思う位店が揺れてる。急に静かになったのでドアを恐る恐る開けるとマスター以外誰もいなくなっていた。

店内は泥棒に入られたようにメチャクチャ。マスターが半ギレ状態で言うには、バンちゃんは、私がトイレに逃げた後モデルと掴み合いの大喧嘩になり、皆会計も払わず逃げて行ったらしい。

「どうしてくれんだよ! クソ!」
「す、すいません!」

と謝り、とりあえず割れたグラスやらを拾い、倒れた椅子やテーブルを元に戻すとマスターがモップを渡し、濡れた床を掃除しろと言った。

アルコールの臭いとタバコの灰にまみれた床にモップをかけ、気付いたら外階段まで一段ずつ拭きだした時、喫茶店の彼が店長に怒鳴られながら外階段を拭いていた記憶が蘇った。

―― なんて夜なんだろう…… やっぱり私は灰皿扱いされるくらいダサいままなのか。あれ程いた男共は誰ひとり助けてくれず会計せず逃げるって何なんだ? そもそも、私悪くないのに―― と考えたら自然に悔しくて涙が溢れてきた。何より、泣きながら深夜に外階段にモップをかけてる私はやはりダサいと思ったその時、背後から声がした。

涙が止まらなくなった大女優からの一言


「あれ? もうおしまい?」

―― 聞き覚えがあるその声で振り向くと秋吉久美子がそこにいた。当時、全男性を夢中にさせた、気怠げで猫のような秋吉久美子が、だ。

マスターは、さっきまでと打って変わり満面の笑顔で歓迎し、“かくかくしかじかで店内が散らかってますがやってます” と説明。

秋吉久美子がカウンターに座り、飲み物を頼むタイミングでマスターに言われた場所にゴミをまとめて出しに行き、ゆっくり戻ると秋吉久美子が話しかけて来た。

「お疲れ様。大変だったわね」

当時の大女優が言ったこの言葉で、ついに張り詰めてた想いが溢れて涙が止まらなくなった。

「あのね、私さ、髪の毛焦がされても、こうやって店を掃除するあなたが好きだよ」

―― と言って自らハンカチを渡してくれた。恐縮しトイレで崩れた化粧を直して戻ると秋吉久美子はもう居なかった。マスター曰く秋吉久美子がモデルの行動を止めず、喧嘩を制止出来なかったマスターも悪い、私は被害者だから弁償させたりしないでくれと訴えたらしい。

ツバキハウスという場所のマジック


このような顛末で、「もう帰って良いよ」と言われ店を後にした。駅までの道、やはり「愛の残り火」を口ずさんでいた。

1番は男性からの上から目線の未練たらたらだが、2番は女性からの返答になっている。

 But now I think it's time
 I live my life on my own
 I guess it's just what I must do.

―― 今から自分の人生を歩む時が来たと思う。私はそうするべきだって。いつも1番の歌詞ばかり口をついていたが初めて2番の歌詞が口をついた。

身も心も歌詞を理解した夜明けの新宿。

―― さよならダサい私。見習うべきは秋吉久美子のような在り方。

私もあの夜に2度と灰皿扱いされないよう決め、私をかばってくれた友と秋吉久美子への感謝を胸に刻んだ。

―― そういう意味で私にとってツバキハウスはまさしく夜の学校、大人にしてくれた場所である。

その後も、私はツバキハウスに通った。至近距離で観たイギー・ポップ、ジョニー・サンダース、スージー&バンシーズ、ラウンジ・リザーズ、トイ・ドールズ、ストレイ・キャッツ、スペシャルズなど伝説のライブが多いのは、ツバキハウスという場所のマジックだと思う。

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2023.04.06
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