5月22日

桑田靖子が本領を発揮した記憶の名曲「JUST」不作の83年組とは言わせない!

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桑田靖子デビュー! 新人とは思えぬ説得力のある歌声


桑田靖子は1967年10月30日福岡県生まれで、1983年3月21日にシングル「脱・プラトニック」でデビューしました。このデビュー曲は作詞:売野雅勇、作曲:芹澤廣明、編曲:萩田光雄という前年の中森明菜のヒット曲「少女A」を踏襲した作家陣での強力作。子どもの頃から数々の歌唱コンテストで多数受賞していた桑田は、新人とは思えぬ説得力のある歌声で、低音の安定感や高音の抜けの良さなど初期の岩崎宏美を想起させるほどだったのです。

しかし、1983年のシングル3作は、売野雅勇×芹澤廣明コンビ、1984年のシングルには来生えつこ×来生たかお姉弟作品も加わるなどヒットメーカー路線が続くも、デビュー曲のオリコン最高50位を超えることはありませんでした。そう、この1983年は彼女に限らず、多くの新人が苦戦を強いられ、後に “アイドル不作の年” と言われるほどでした。

1983年はアイドル不作の年? いやいや、そうじゃない…


その要因として、この1983年は、小泉今日子、堀ちえみ、早見優、石川秀美といったいわゆる “花の82年組” が次々とオリコンなどのTOP10常連となったことがよく語られていますが、この他にも、中森明菜が松田聖子と双璧をなすほどの格上げ、既にTOP10常連だった柏原芳恵が「春なのに」、河合奈保子が「エスカレーション」と新たな代表曲を作り、さらに薬師丸ひろ子と原田知世が共に角川映画で主演し、その主題歌ごと大ヒットさせるなど、(知名度の低い)新人が入りこむ余裕が全くない年でした。

また、80年代は総じて歌唱力よりも華のあるアイドルが重視された時代で、もし、桑田靖子がもう数年早くデビューしていたら、高田みづえや研ナオコのようにブレイクしていたことでしょう。1985年に華盛開、花岡優平といった歌謡曲路線に転向したのも、そういった狙いがあったのかもしれません。しかし、その年の後半にリリースされた9thシングル「晩秋」は、秋らしいメランコリック歌謡だったにもかかわらず、遂にはオリコンTOP100圏外に…。

伊藤銀次のキャッチーなメロディー、ときはロック系ボーカリストの時代?


そうした流れの中で、デビュー4年目となる1986年の5月に発売されたのが、今回紹介する「JUST」(1986年5月22日発売)です。

力強いドラム音や明るく弾むようなサックスのイントロで始まり、「♪ アクセルだけの車に バックミラーはいらない」と爽快に歌い飛ばすようなポップロックチューン。これは、前年に中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」やアン・ルイス「六本木心中」、レベッカ「フレンズ」などがヒットし、これからは女性にもロック系ボーカリストの時代が来ると予想しての方向転換だったのでしょう。

また、一度聞いただけで大半を口ずさめそうなキャッチーなメロディーは、伊藤銀次によるもので、当時の事務所先輩である早見優のロック路線での実績や、伊藤自身が同年から東芝EMIへの移籍が決まっていたことが依頼の決め手になったと考えられます。

そして、何より素晴らしいのがさらにパワフルになったボーカル! 過去3年間は、楽曲の出来にセールス実績が伴わないことを本人が誰よりも気にしていたのか、マイナー調の歌を歌う時はもちろん、明るめの歌を歌う時でさえ、どこか不安気な表情で歌っていましたが、この「JUST」での桑田靖子は、「♪ 未来は見えないけれど」「♪ 生命(いのち)さえ走りだした」と満面の笑顔でハジけるように歌っていました。ラストの「♪ JUST 飛ばすだけ」でついついコブシまじりになってしまったのも、嬉しさが溢れていたのでしょう。TVで観ていても、本当に楽しそうでした。

本作と、続く同年の10thシングル「僕たちのRUN AWAY」(こちらは作曲:NOBODY)は、前年より多少挽回したもののTOP100入りに返り咲くことなく、これを最後にローテーショナルなレコードリリースを停止…。以降はバラエティー番組に進出するも、いつのまにか表舞台を遠ざかっていました。この間、別名義でアニソンを歌ったり、地元・福岡で番組リポーターを務めたりしていたそうですが、当時は、そういった情報を知るすべもありませんでした。

シンガーソングライター・桑田靖子、パワフルなボーカルは今も健在!


しかし、2010年代になり、2013年の『アナタノウタ』、2015年の『わたしの歩むみち』、2016年の『幸せのトビラ』、そして2019年の『夢みるように生きましょう』と4枚の新作アルバムを発表し、その大半の楽曲の詞曲を手がけるシンガーソングライター・桑田靖子として音楽活動を再開しました。

私も何度かライヴに行きましたが、パワフルなボーカルは健在で、さらに大人になった分、声質も温かく感じられました。ついでに、若い頃からトークはオバちゃんモードでしたが、今ちょうど年相応になって、こちらも面白さ十分です! また、80年代の女性アイドルで、2010年代にも新作アルバムが4作というのは、松田聖子や中森明菜など長年トップクラスの2人に次ぐ多さ。いかに彼女が音楽活動を主軸に今頑張っているかがよく分かります。

余談ですが、オリコンチャートにはTOP50入り1曲だけの彼女ですが、通信カラオケではDAMに8曲、JOYSOUNDに7曲と、彼女の曲が充実しています。これも彼女の歌が愛され続けてきた証と言えるでしょう。新型コロナウイルスの影響から解放された暁には、是非「JUST」を歌って元気にハジけたいものです!


Song Data
■ JUST / 桑田靖子
■ 作詞:FUMIKO
■ 作曲:伊藤銀次
■ 編曲:丸山恵市
■ リリース日:1986年5月22日
■ オリコン最高位:TOP100圏外(国内盤限定141位)



※2020年4月30日に掲載された記事をアップデート


2021.05.22
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カタリベ
1968年生まれ
臼井孝
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