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ウォークマン誕生!エンタメ企業としてのソニーを考える ー 大賀典雄 篇

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SONY は、かつて『井深が見つけ、岩間が作り、盛田が売る』と言われた。

3名の創業者たちの手を経て、1982年、その経営は4代目社長・大賀典雄に委ねられた。だがその始まりは3代目社長・岩間和夫の在職中の逝去という波乱の中の船出でもあった。

大賀は技術者出身ではない。東京芸大を卒業して二期会に所属したこともある声楽家、指揮者という、日本を代表する企業の経営者としては異色の経歴の持ち主である。彼の音楽に関する感性と造詣の深さ、それによって築き上げてきた人脈が、ソフト戦略を推し進める SONY のエンターテインメント企業としての側面を支えてきたことは想像に難くない。

以前、音楽産業を支える企業として「ヤマハ」について書いたが、SONY もまた音楽産業を支えるという意味では、対を成す存在といえるだろう。つまりヤマハが演奏家のツールである楽器を作り、アーティストを育成してきたとすると、SONY は彼らの音楽を知らしめるレーベルを作り、それらを再生して楽しむツールを、リスナーたちに提供している。暴論を承知でいえば、日本の音楽産業は、入口をヤマハが作り、出口は SONY が作ることで成り立ってしまうのだ。

レーベルを作る… いわゆる音楽出版ビジネスを手掛けてきたのが、大賀である。1968年アメリカ CBS との合弁で CBSソニーレコードが発足すると同時に同社の専務を務め、その2年後、社長に就任する。

エレクトロニクス企業でグループ内にレコード会社を持っている例は他にもある。代表的なものとして名前が挙がる企業には「東芝 EMI」や「ビクター音楽産業」などがあるが、その事業の出発点はどちらかと言えば「レコードを生産すること」にあった。つまり初めにプレスメーカーがあり、それに付加価値を与えるソフトが続き、さらに魅力ある音楽の制作者達いう構図である。

だが SONY では、レコードビジネスの視点が下流である「生産」よりも、上流である音楽制作者の立場のほうに置かれているように思える。鍵を握るのは音楽の「著作権」である。SONY は本業であるエレクトロニクス製品を多くの人に買ってもらうために、往々にしてソフトメーカーを巻き込むことがあり、多くのユーザーにとってはハード単体でその価値を測ることは難しい。何ができるのか、どんな愉しさがあるのかは、結局ソフトあっての判断ということになる。

例えば、人は「プレステ」が欲しくて買うのではなく、『ファイナルファンタジー』がしたいから「プレステ」を買う。だから SONY は DVD プレーヤーを売るために映画会社を買うことを厭わない――。

これは様々な製品の規格について、他社と激しく次世代のスタンダードを競い、企業としての競争力とモチベーションを保ってきた SONY が事を優位に運ぶための戦略であり、「ハードとソフトは車の両輪」と言い続けてきた盛田の時代から受け継がれてきたものである。

古くは「ベータ 対 VHS」、最近だと「ブルーレイディスク 対 HD DVD」のように規格争いに挑み続け、そうして重ねてきた勝利と敗北の歴史が SONY をいつも上流に向かわせていた。映像にしても音楽にしても、製作者の権利を守り、ビジネスにつなげる。アーティスト達にとっては SONY こそが正義となり、だからこそ優れた才能が集う。かのオーディオコンポの宣伝文句さながら『レベッカは リバティの 中に居る。』ようにだ。CBSソニーが、後発ながら国内 No.1のレコード会社に成長できたのも、自身が音楽家でもある大賀ならではのビジネスポリシーがあり、そこに手腕を発揮できたせいかも知れない。大賀が SONY本社のトップに就任しても、その視点は生かされ続けた。

この頃、僕らの側に現れたのは「貸レコード屋」という強い味方だった。ちょっと気になるアーティストがいるとレコードを借りてきて、自宅のオーディオセットでカセットテープにダビングし、SONYのウォークマンでその音楽を愉しんだものだ。

CBSソニーからリリースされたばかりの松田聖子の新譜を、ウォークマンで聴く。それをテレビCM で宣伝するのも聖子ちゃんだ。流行りの音楽を追いかけるのはライト感覚で、僕たちはそんな無限ループに身を任せていれば十分だった。今こんな駄文を書くことができるのも、そうして多くの時間を音楽とともに過ごすことができたからである。

時を経て現在、当時のオーディオセットの役割を果たしているのは、家庭用 PC である。21世紀を迎え、我が家に SONY の「VAIO」がやって来た時、デジカメは「サイバーショット」、ビデオは「Video8」と「ハンディカム」、テレビは「WEGA(ベガ)」と、絵に描いたように “It’s a SONY” であった。しかし、気が付けばデジカメもビデオカメラも消え、映像データはクラウドで管理される今、デバイスとしてすべてに取って代わったのは Apple であり iPhone だ。テレビや PC は他銘柄を使っているものの、iTunes と Apple TV は “箱の中身” に巣食っている。

時代は変わり、音楽もインターネットを通じて配信されるものとなった。ソフトの価値を解する SONY が開発した「レーベルゲート」の配信インフラはレコード会社の垣根を越えて、各レーベルからの支持を得た。その推進役を担ったのは EPICソニーの創設にも関わった「ロックの丸さん」こと丸山茂雄であった(ちなみに彼は大賀の妻の従兄弟にあたる)。


僕は今でも SONY の製品には、常に他社の製品とは違うと思わせる何かを感じてしまう。ブランドとデザインの重要性を説き、SONY にそれを根付かせたのは大賀の功績と言われているが、時折独自の規格に固執するあまり、度々ユーザビリティが損なわれてきたことは残念であった。オープンソース化の流れはもはや止めようもなく、SONY も変革の時期と言われて久しいが、中々かつての輝きを取り戻せてはいない――。

だが、マーケティングの世界には “エモーショナル・タイ”(感情的な絆)という言葉がある。

レンタルしたソフトをダビングしてウォークマンで聴く… そんな SONY 黄金の80年代を知っている僕らは、危ぶむなかれ SONY ブランドときっと深いところで結ばれているに違いない。かつて授かった贈り物をいつか返せる時がくるのを、ずっと待っているのである。

2019.04.04
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  YouTube / Sony (Japan)


  Apple Music(SONY Liberty CMソング)
 

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