11月1日

松本隆が「ハートのイアリング」で予言した松田聖子の恋愛物語?

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テーマは失恋、松田聖子「ハートのイアリング」


1984年、芸能マスコミの最大の話題は “松田聖子と郷ひろみは、いつ結婚するのか” であった。

既にふたりの恋愛は1981年5月24日の報知新聞による「聖子、郷、結婚へ」の報道を端緒に、芸能マスコミの話題を独占し続けてはいたが、1984年7月5日、ハワイ大学への短期留学を終えた松田聖子が「結婚問題については年内に結論を」と発言したことで、ついに結婚かと、年末にかけてふたりの報道は加速した。

1984年10月8日の『夜のヒットスタジオ』、松田聖子は小坂明子「あなた」を熱唱する。涙で歌唱が崩れながらも「あなたがいてほしい」と歌う松田聖子を映した次の瞬間、カメラは郷ひろみの姿を捉えた。このとき番組をオンタイムで視聴してたいた当時小学生のわたしは無邪気に、

「聖子ちゃん、結婚するんだ……」

と思った。この放送を見ていたほとんどの人がわたしのように思ったのではないだろうか。しかし、松田聖子の本心が見える魔法の鏡をもっていた松本隆だけは違うものを見ていた。

1984年11月1日、ふたりの結婚騒動が連日ワイドショーや週刊誌を賑わすなか、松田聖子の19枚目のシングル「ハートのイアリング」が発売される。松本隆の描く詞のテーマは、失恋だった。

ハートのイアリングは虚栄の象徴


大人になってあらためてこの歌を聞いた時「可愛くない女の子の歌だな」と思った。

最近うまくいっていないふたり、彼には別の女の子がいるって噂も聞いた。だから自分も他の誰かからもらったと嘘をついて「ハートのイアリング」をちらつかせ、わたしだってボーイフレンドのひとりやふたりいるのよと匂わせる。

―― こういう相手を試すようなことする女の子嫌いだなあ。計算高いし見栄っ張りだし、嫉妬心や束縛も強そうだし、つまりこの娘、なんか面倒くさい。

 サヨナラと今言ったの?
 遠すぎて聞き取れないわ

直前まで「明るく許してあげるわ」と上から目線でマウンティング取っていた彼女に訪れる突如のカタストロフ。自分の立っている場所が崩壊していくような感覚。

松本隆のテクニックの極まるところであり、この落差はいつ聞いても鳥肌が立つ。
心が拒否しているのを「聞き取れない」とするあたりも絶妙だ。

 優しく叱ってよ 素直じゃない私
 素早く席を立たないで

ここまでくると滑稽で、ほとんどピエロだ。憐れにすら思えてくる。

もしかしたら、変な小細工や小芝居をせずにまっすぐぶつかっていれば、こんな結末にならなかったのかもしれない。しかし、歌の主人公は少女のように純真な心を相手にぶつけることができない。駆け引きや手管といった大人の狡猾さと慢心を彼女は身につけてしまった。それゆえに、はじめはちょっとしたすれ違いが、みるみるうちに巨大に亀裂へと広がっていく。その亀裂の真ん中に虚栄の象徴として存在するのが「ハートのイアリング」である。

松本隆が「ハートのイアリング」で予想した松田聖子という女性


松田聖子がまだ蒲池法子でしかなかった頃、彼女にとって郷ひろみはテレビカメラの向こうにいる白馬の王子様だった。芸能界に入って、歌手となって、松田聖子として生きるようになり、そして白馬の王子様にも見初められた。無邪気な少女がシンデレラガールとなり、そしてその先は……。松田聖子もまた山口百恵のように、“結婚” というしおりとともに、夢を夢のまま完全に封印して、わたし達の目の前から姿を消すのだろうか。

いや、違うね。

松本隆の予想が「ハートのイアリング」である。

松田聖子は、すべてを捨てて初恋にかけることはしない。現実を生きる大人の女性として、時に嘘もつくだろう、計算もするだろう、痛い目にあうこともあるだろう、しかし彼女は自分なりに精一杯生きて、常にわたし達に目の前に存在し続けるだろう。

―― これが彼の回答である。

以下、1984年10月から1985年6月までの松田聖子の恋愛に関する芸能記事を時系列でまとめる。

1984年10月21日:
松田聖子、アルバム『Sounds of my heart』のレコーディングのため渡米直前の記者会見で「郷さんを好きという気持ちは変わっていません。でも年内結婚は100%ありません」と発言する。

1984年10月25日:
郷ひろみ、映画「聖女伝説」撮影のため渡仏直前の記者会見で「まだプロセスの段階、プロポーズはしていない。結婚したら相手に仕事はしてほしくない」と発言、さらにフランスに同行する郷ひろみの父も結婚を認める発言をする。

1984年10月29日:
松田聖子、アメリカから戻り再度の記者会見「プロポーズをされたら受けますか」の質問に松田聖子は「大変嬉しいですけれども……」と言葉を濁らせる。

1984年11月2日:
郷ひろみ、フランスから戻り再度記者会見「挙式が10段階目だとしたらいまは6段階目」と発言する。

1984年12月17日:
同日の『夜のヒットスタジオ』の番組内で郷ひろみと松田聖子が婚約発表するとの噂が流れる。

1984年12月31日:
『紅白歌合戦』近藤真彦・中森明菜のカップルを交えた特別コーナーにて郷ひろみと松田聖子が共演する。

1985年1月23日:
松田聖子、郷ひろみとの破局記者会見を行う。松田聖子「生まれ変わったら一緒になろうね」の名言を残す。

1985年3月4日:
松田聖子、神田正輝との交際を公表する。

1985年4月9日:
松田聖子と神田正輝の婚約を発表。

1985年6月24日:
松田聖子と神田正輝、結婚。

 春になる頃
 あなたを忘れる

松本隆の予言は見事に的中した。

かくして80年代を彩ったビッグアイドル同士の恋愛物語は終幕を迎え、「白いパラソル」以来続いた松本隆&松田聖子コンビのシングルも、ここでいったんの幕となるのであった。なお松本隆の担当した「白いパラソル」から「ハートのイアリング」までの期間が松田聖子と郷ひろみの交際発覚から破局までの期間とぴったり重なる。これは神のいたずらか、歴史の必然か。

特集 松本隆 × 松田聖子



2021.08.06
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