1月21日

反逆のカリスマ 尾崎豊が歌った「卒業」はリリースから40年経って色褪せてしまったのか?

24
0
 
 この日何の日? 
尾崎豊のシングル「卒業」発売日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1985年のコラム 
岡田有希子「二人だけのセレモニー」竹内まりや3部作に続く尾崎亜美の新しい世界!

岡田有希子「二人だけのセレモニー」ユッコが囁く尾崎亜美のメロディ

早川めぐみデビュー!80年代にビーイングが行った “メタルクイーン実験” とは?

尾崎豊「卒業」80年代に誕生した昭和の卒業ソング

尾崎豊をスターダムに押し上げた「卒業」の秘密は「哀愁のソ#」

女の子はだれでもマテリアル・ガール?若さと美貌とお金の関係

もっとみる≫




リリース40周年。10代のための壮大なバラード「卒業」


尾崎豊をメインストリームに押し上げ、“反逆のカリスマ” として世間に認知させた4枚目のシングル「卒業」がリリース40周年を迎えた。尾崎にとって初のオリコントップ20入りを果たしたこの曲は、青春の焦燥、未来を照らす一筋の光を体現した、まさしく10代のための壮大なバラードだった。

一方、「15の夜」や「十七歳の地図」の歌詞に見られるような若さに任せた激情は、年を重ねて、ともすれば “黒歴史” となってしまうほど小っ恥ずかしいものだったりもする。「15の夜」に登場する「♪盗んだバイクで走り出す」となれば、“けしからん!” となるわけで、そういった10代の刹那的な行動を褒め称えたりでもしたら、想像力の欠落した “ヤバい人” になってしまう。令和の今はそういう時代だ。



ツッパリカルチャーが凋落した1983年に登場した尾崎豊


だけど、その「♪盗んだバイク」や「十七歳の地図」で歌われる「♪くわえ煙草の Seventeen’s map」が自由への憧憬だったことは、僕にだってあった。

尾崎豊が登場した1983年というのは、それまでのツッパリ文化が凋落した時期。この年の大晦日にツッパリの象徴ともいえる横浜銀蝿が解散。実際、都内では多くの暴走族が前年までに解散している。それまでパンチパーマにドカジャンを着ていた東京の不良少年たちは、サーファーカットで歌舞伎町のディスコに通うようになった。もちろん校内暴力も沈静化して、校舎の窓ガラスを叩き割ったり、廊下をバイクで走ったりなんてのは前時代的。そんな時期に尾崎豊は登場した。

そう、尾崎を “反逆のカリスマ” と崇めたファンはツッパリ少年ではなかった。1980年に「♪マンネリ 人並み 世間体 会社も社会も関係ねえぜ」(3・3・3)と叫んだアナーキーは暴走族から圧倒的な支持を得たが、それから3年後、「♪盗んだバイクで走り出す」と歌う尾崎を支持したのは、比較的目立たない、普通の高校生が多かった。

彼らの多くは、スポーツに打ち込むわけでもなく、勉強が抜きん出ているわけでもない。僕がそうであったように、目標を見失いそうな毎日の中、なんとか生きようとしていたティーンエイジャーだ。彼らは閉塞感に苛まれながら日々を生きていたのだ。彼らにとって「♪盗んだバイクで走り出す」というのは自由への憧憬であって、実際にバイクを盗もうと思うわけではない。“ここではない何処か” へと走り出すため、閉塞感から脱却するメタファーとして捉えていた。



ファンタジーとリアリティが共存していた「卒業」


「15の夜」がそうであったように、「卒業」で歌われる「♪夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」というフレーズも多くの聴き手がメタファーとして捉えていたことは想像に難くない。しかし、同曲のクライマックスにあるーー

 あがいた日々も 終わる
 この支配からの 卒業
 闘いからの 卒業

ーーというフレーズには圧倒的なリアリティがあった。つまり、「卒業」にはファンタジーとリアリティが共存していた。“こうなればいいな” という空想と、その中であがいていた自分に見えた出口。それらが見事に溶け合い、アンセムともいえる世界観が生まれた。

校内暴力をイメージさせるリリックの世界は、2025年の現在、前時代的だと捉えられても仕方がないだろう。あれから40年の時が流れているのだ。しかし、そういった表層的な部分を常識的な視点で捉えても、この曲の本質は理解できないと思う。確かにあの時、尾崎自身はあがいていたし、聴き手だったファン自身もあがいていた。そう、尾崎豊も聴き手も等身大だったのだ。

そんな “10代の焦燥” は決して黒歴史ではなく、恥ずかしいことでもない。尾崎が「卒業」の中で「♪俺達の怒り どこへ向かうべきなのか」という問いは、聴き手それぞれが自分の人生の中で帰結させているはずだ。そんな今、当時の焦燥を振り返りながら、時代の中で、一筋の光を見出したこの曲を改めて聴いて欲しい。その輝きは、40年という時を経た今も決して色褪せてはいない。

▶ 尾崎豊のコラム一覧はこちら!



2025.01.21
24
  Songlink
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1968年生まれ
本田隆
コラムリスト≫
53
1
9
9
0
EPICソニー名曲列伝:ドリカム「笑顔の行方」にみる中村正人 “下から目線” 作曲法
カタリベ / スージー鈴木
102
1
9
8
5
菊池桃子「卒業-GRADUATION-」80年代に誕生した昭和の卒業ソング
カタリベ / 藤澤 一雅
75
1
9
8
3
柏原芳恵「春なのに」卒業ソングの名曲に長年抱える違和感アリ!
カタリベ / 藤澤 一雅
10
1
9
9
4
ドラマ主題歌になった尾崎豊のラブソング「OH MY LITTLE GIRL」【ミリオンヒッツ1994】
カタリベ / goo_chan
45
1
9
8
5
インパクト抜群!秀逸なデビュー曲ベストテン【80年代アイドル総選挙】
カタリベ / チェリー|昭和TVワンダーランド
34
1
9
8
5
要注目!令和のアイドルシーンのひな型を作ったのは誰?【80年代アイドル総選挙】
カタリベ / チャッピー加藤