「十七歳の地図」リリース40周年
尾崎豊のデビューアルバム「十七歳の地図」がリリースから40周年を迎えた。これを記念してリリース日である12月1日には最新のカッティングを施したアナログ盤がリイシューされる。
当時、このアルバムに心を震わせ、等身大の自分を感じたティーンエイジャーは50代の半ばを過ぎた頃だ。40年目の現在、人生のラストスパートに向けてこのアルバムにどのような感情を持っているのだろうか?
同世代である筆者もまた、アルバムタイトル曲「十七歳の地図」の中の “人波の中を掻き分け 壁づたいに歩けば 柵のこの町だから 強く生きなきゃと思うんだ” というフレーズに共鳴し、「はじまりさえ歌えない」で歌われる “蒸し暑い倉庫の中で30分の休憩をとり つめ込むだけのメシを食べて 届かない窓に手を伸ばしている” に自分を投影した。自分のことを歌っていると思った。将来に対するぼんやりとした不安ばかりがよぎる10代の日々を尾崎が切り拓いてくれた。等身大のシンガーの登場に歓喜した。そう感じたティーンエイジャーが全国に何万人といるだろう。
尾崎といえば、”盗んだバイクで走り出す”「15の夜」や ”夜の校舎窓ガラス壊してまわった”「卒業」の直情的なリリックから体制への抗いを具現化したシンガーのように思われる。しかし実は、抗うべき対象は自分であったと後になってから気づく。前出の「十七差の地図」にしても「はじまりさえ歌えない」にしても目に見えない不安の中で鬱屈としながら、それでも足掻いて、足掻いている自分を曝け出したからこそ、多くのリスナーが共感した。つまり尾崎豊は圧倒的にカッコ悪かったのだ。カッコ悪かったからこそ、ファンはそこに自分を見出したのだ。
知る人ぞ知る存在だった1984年の尾崎豊
アルバム「十七歳の地図」の初回プレスは2,000枚にも満たないと言われている。しかし、85年の4枚目のシングル「卒業」のヒットでメインストリームに乗り、このアルバムが注目されたという経緯がある。その間の1984年にシングルカットされたシングル「十七歳の地図」「はじまりさえ歌えない」は、ヒットに及ぶものではなかった。1984年の尾崎豊は知る人ぞ知る存在だったのだ。
筆者が尾崎の存在を知ったのは83年に番組がスタートした白井貴子の『オールナイトニッポン』(火曜2部)だった。番組内では、白井がレーベルメイトだった尾崎豊の近況を知らせる「尾崎豊コーナー」があった。情報も事細かく、その中でも「尾崎豊君が今日、青山学院高校を中退しました」というニュースが今も鮮烈に脳裏をよぎる。ちなみに『十七歳の地図』は、彼が無期限停学中にリリースされる。やはり尾崎は等身大だった。楽曲のリアリティがさらに増していった。
「I LOVE YOU」、「OH MY LITTLE GIRL」に感じる尾崎豊のリアリティ
このリアリティは、尾崎が奏でるラブソングにしても同様だった。”きしむベッドの上で優しさを持ちより” の「I LOVE YOU」にしても、”凍えた躰 そっとすりよせて口づけをせがむ” 「OH MY LITTLE GIRL」にしても、そこにはボロボロに傷つき、それでも生きなくてはいけない2人がいた。虚構のないラブソングがそこにあった。
アルバム『十七歳の地図』はプロデューサーの須藤晃により、ブルース・スプリングスティーンを経由した疾走感溢れるロックンロールがベースになっている。本作にはこの音楽性を日本で踏襲した浜田省吾や佐野元春のバッキングメンバーがレコーディングに参加。ギター1本の弾き語りスタイルがキャリアの起点だった尾崎の音楽性は、須藤によりメインストリームに放たれるためにプロフェッショナルな鎧を纏うことになったのだ。
しかし、その中でも「I LOVE YOU」や「OH MY LITTLE GIRL」にこそ、尾崎の本質が潜んでいると思えてならない。か細いピアノ旋律から始まる両曲は、鎧を纏う必要がまったくなかったのだろう。メロディと肉声だけがそこにあれば十分な世界観を構築できる名曲だ。抗う必要もなく、剥き出しの尾崎豊がそこにいた。それは普遍性に満ち溢れ、虚構が入る隙も感じられない。だからこそ、今も聴き継がれ、歌い継がれている。
いま、当時のティーンエイジャーが「15の夜」や「卒業」を聴いて何を思うだろうか。若かりし自分を思い出してノスタルジーに浸るかもしれない。また、若い世代にとっては遠い昔のお伽噺に聞こえるかもしれない。しかし、「I LOVE YOU」や「OH MY LITTLE GIRL」が描く景色には今の自分も投影できるのではないだろうか。
人間の根源とも言える、人を好きになる尊さがこれらの楽曲には潜んでいる。これは時代が変わっても揺れることがない圧倒的な価値観だった。「I LOVE YOU」は2000年以降も息子の尾崎裕哉をはじめ、宇多田ヒカル、玉置浩二、中森明菜といった錚々たるシンガーにカバーされ、「OH MY LITTLE GIRL」もまた、薬師丸ひろ子、広瀬香美、河村隆一などがカバーしている。そして、これからも多くのシンガーによって歌い継がれていくだろう。
▶︎Information
尾崎豊デビュー40周年記念「十七歳の地図」アナログ盤リイシュー
https://www.sonymusic.co.jp/artist/YutakaOzaki/info/557266
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2023.12.01