9月21日
大貫妙子の音楽に向かう姿勢の原点は「クリシェ」にあるのかもしれない
14
0
 
 この日何の日? 
大貫妙子のアルバム「クリシェ」がリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます

 
 1982年のコラム 
さわやか恋人一年生、北原佐和子はひとつ年上の憧れのお姉さん♡

北の国から — さだまさし vs 松山千春、北海道といえばどっちだ? 

煩悩まみれの高校生、妄想をかきたてたケイト・ブッシュの壮絶なキス

オフコース「NEXT」~ 小田和正と鈴木康博の惜別の歌 前篇

オフコース「NEXT」~ 小田和正と鈴木康博の惜別の歌 後篇

「ひとり街角」と「春風の誘惑」に感じる小泉今日子の哀愁と切なさに萌える

もっとみる≫

photo:SonyMusic  

1982年9月21日、大貫妙子の6枚目のアルバム『Cliché(クリシェ)』が発表された。

シュガー・ベイブ解散後、シンガーソングライターとしてソロ活動をスタートさせた大貫妙子だが、しばらくの間は表現スタイルを模索して試行錯誤を続けていたように見えた。しかし、『ROMANTIQUE(ロマンティーク)』(1980年)、続く『AVENTURE(アヴァンチュール)』(1981年)で、フランスの恋愛映画にも通じるロマンティシズムあふれる世界を描き出して、強いインパクトを与えることに成功した。『クリシェ』は、『ロマンティーク』『アヴァンチュール』の世界観をさらに深化させて大貫妙子の音楽性を確立させるアルバムとなった。

『クリシェ』には10曲が収められているが、そのうち4曲は東京でレコーディングされ、坂本龍一が編曲を担当した。そして残る6曲はパリでレコーディングされた。ちなみに、これが大貫妙子にとって初の海外レコーディングとなった。パリでは編曲をフランシス・レイの編曲者として知られるジャン・ミュジーが担当して83年の早春に行なわれた。

彼女の担当ディレクターが声をかけてくれて、僕はそのパリ・レコーディングを何日か見学させてもらうことになった。彼からは「先にパリに行っているので、一人で来てほしい。空港まで迎えに行くから」とのメッセージが入っていた。

シャルル・ドゴール空港に着いたのは朝6時。しかし、ディレクターの姿は無かった。成田で両替が出来なかったので手持ちのフラン(まだユーロ導入前だった)も無く、7時にならないと両替もできない。事前に渡されていたのは宿泊しているホテルの名前だけだった。

仕方がないので、備え付けの電話帳でホテルの電話番号を探した。いくつか同じような名前があったが、ここだろうという番号をメモして両替窓口が開くのを待った。目星をつけた番号に電話して「✕✕さんは、泊まってますか?」と聞くと、しばらくしてディレクターの寝ぼけ声が聞こえた――

「ああ、じゃあホテルまで来て…」とあっけらかんと言われてしまう。

タクシードライバーに住所とホテル名のメモを見せる。着いたのはオペラ座に近い、全部で10室くらいの小さな古いホテル。ディレクターがにこやかに「おはよう」と迎えてくれた。

レコ―ディングが行われていたデルフィーネスタジオは住宅街の一角にあった。外見は普通の集合住宅のようだが、中にはなかなか広くて使い勝手の良さそうなスペースがあった。レコーディングエンジニアは、毎日大型犬と一緒にスタジオにやってきた。エンジニアが仕事をしている間、愛犬はミキシングコンソールの下に座り込んでおとなしくしていた。

ジャン・ミュジーは、恰幅の良い優しそうな人だった。大貫妙子の反応をさり気なく伺いながら、彼女の音楽の素晴らしさを引き出すことに集中している感じだった。そんな様子を見ていて、ふと、フランシス・レイとの仕事でも彼はこんな感じだったんだろうかと思った。

緊張感のなかにも和やかさのある雰囲気でレコーディングは進んでいったが、印象的だったのは、最初にジャン・ミュジーが弾くピアノと一緒にヴォーカルを録り、そのトラックにドラム、ベースなどのリズム楽器をかぶせるというレコーディング方法だった。

それまで僕が視てきたポップス系レコーディングは、まずリズムセクションを録り、そこにヴォーカルやリード楽器を乗せていくというのがほとんどだった。ただ、テクノ系サウンドのレコーディングでは、コンピュータでつくったサウンドに生ドラムやベースを後から被せるケースがあって、そのやり方ともどこか似ているなとも思った。

しかし、機械と人との対峙が生み出すテクノ系サウンドに対して、ジャン・ミュジーが目指していたのは、生のヴォーカルの自然な揺れの効果を最大限に生かすことだったのだと思う。

ドラムやベースのリズムにヴォーカルを乗せるのではなく、歌そのものが持つテンポの揺らぎを大切にして、その揺れにサウンドが寄り添っていくことで、大貫妙子の歌が持つ情感を最大限に引き出そうとしているように見えた。そうしてつくられた繊細なサウンドを、パリ・オペラ座管弦楽団のメンバーらによる美しいストリングスが彩っていった。

そういったレコーディングのやり方は、大貫妙子にとってもクリエイティブな刺激になったんじゃないかと思う。気のせいかパリの空の下で、いままで以上にポジティブなオーラをまとっているような気がした。

パリでレコーディングされた6曲の他、東京で坂本龍一アレンジによってレコーディングされた4曲が収められて『クリシェ』は完成した。ソロデビュー以来の音楽パートナーでもある坂本龍一が手掛けたトラックもきわめて端正でクオリティが高い。リリカルでありながら、きわめてコンテンポラリーな手触りがある。

ジャン・ミュジーと坂本龍一は、このアルバムで違う角度から大貫妙子の音楽に光を当てている。それによって、彼女の音楽がそれまで以上に立体的な輝きを放つ作品になった。

レコーディングの現場を目撃したということもあって、『クリシェ』は僕個人にとっても想い入れのあるアルバムだ。しかしこのアルバムは、大貫妙子のヨーロッパ的ロマンティシズムへのアプローチを結実させただけでなく、そこから先の彼女の活動を準備する作品でもあったんじゃないかという気がする。

この時のパリ・レコーディング以来、彼女は積極的に世界各地に出かけて様々な文化や音楽、さらに自然と接して、彼女自身の音楽をさらに豊かなものにしていった。そうした大貫妙子の音楽に向かう姿勢の原点が、このアルバムにあるのかもしれない。

数日後、まだレコーディングが続くチームを後に、僕は日本への帰途についた。今度は空港までディレクターが送ってくれた。

2018.10.02
14
  YouTube / 星野鉄郎
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
コラムリスト≫
18
1
9
8
7
くじらの海外レコーディング 録音テープ忘れ事件、そのとき私は…!(前編)
カタリベ / 福岡 智彦
43
1
9
8
6
それは何のため? 80年代の海外レコーディング、その醍醐味とは。
カタリベ / 福岡 智彦
18
1
9
8
0
警視-K、勝新太郎はシュガーベイブの夢を見る
カタリベ / @0onos
20
1
9
8
8
くじらの海外レコーディング 録音テープ忘れ事件、そのとき私は…!(後編)
カタリベ / 福岡 智彦
34
1
9
8
4
アイドル?声優?シンガーソングライター? 飯島真理の萌える歌声
カタリベ / 鎌倉屋 武士
73
1
9
7
8
黄金の6年間:いよいよユーミン再始動!松任谷由実の新しい世界が始まった
カタリベ / 指南役
Re:minder - リマインダー