12月24日

竹内まりやと中森明菜、解釈が分かれた「駅」の歌詞を深読み解説 <明菜篇>

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中森明菜「CRIMSON」に収録されたアルバム曲


1982年4月。山下達郎と結婚した竹内まりやは、作詞家、作曲家としての活動を本格的に始動させた。大ヒットした河合奈保子「けんかをやめて」をはじめ、岡田有希子、薬師丸ひろ子、中山美穂などへ楽曲提供を行っていく。その勢いもあったのだろう、竹内まりやは中森明菜のスタジオアルバム「CRIMSON」(1986年)へ楽曲提供をオファーされた。

アルバムコンセプトは “20歳すぎの女性が誰でも経験しそうな物語” であり、それは等身大の中森明菜の姿でもあった。担当ディレクターからは、女性による温かみと優美さが求められた。竹内まりやは、中森明菜をイメージした5つの楽曲を提供した。そのうちの1曲が今回深読み案件として取りあげる名曲「駅」である。

「駅」は曰く付きの曲でもある。作り手と歌い手の楽曲解釈に相違があったのだ。アレンジャーの解釈が違うから編曲に違和感が出てしまい歌い手が混同したのではないか… など諸説あるけれど論争になったことは事実である。

中森明菜「駅」は椎名和夫がアレンジを施している。彼は80年代の達郎バンドをサポートしてきた盟友であり、山下達郎自身が全幅の信頼を寄せるミュージシャンだ。「DESIRE -情熱-」のアレンジで日本レコード大賞編曲賞を受賞するなど実績もあり、中森明菜のことは熟知しているはず。

ただ、そこは山下達郎である。ストイックな彼は自分に一切の妥協を許さない。この騒動は、椎名和夫アレンジに敬意を表しつつも「俺のアレンジで、まりやが歌うとこうなるんだ! 明菜ちゃんもぜひ聴いてくれ」ということだと僕は理解している。

何はともあれ、山下達郎渾身のアレンジによって竹内まりやが歌う「駅」は、翌年の1987年にアルバム「REQUEST」に収録された。

中森明菜と竹内まりや、歌い手と作り手の解釈の違い?


それでは、「駅」の歌詞に描かれた物語を見てみよう。

過去に愛した彼を駅のホームで偶然発見してしまった私。話しかけたい気持ちをグッと抑え、こっそり隣の車両から彼の様子を伺うことにした。ただ、彼のうつむく横顔からあの頃の懐かしさに心が揺れてしまい、つい涙が零れそうになる。やがて電車は駅に着き、彼はラッシュの人波にのまれ消えてゆく。その後ろ姿を気付かれないように見送ると、何事もなかったように私は日常へと紛れていった――

確かにアルバムコンセプト通り、20歳すぎの女性が経験しそうなドラマチックな物語と余韻にワクワクする。これを読んでいる方は、ぜひ「駅」の音源を探して中森明菜と竹内まりや、ふたりの歌を聴き比べてみて欲しい。

中森明菜は「駅」の歌詞から、男女が行き着く先の儚さを感じ取ったのだろう。恋に破れ我に返った喪失感を想像し、そこに思いを馳せたはずだ。吐息のような憂いを帯びた歌声は、まだ別れに未練を残した雰囲気を感じさせてくれる。

対照的に竹内まりやは、1本芯の通った声と歌い方によって、別れを乗り越えた大人の女性という力強さをイメージさせる。それは、男女の柵(しがらみ)を振り切った女性の凛とした姿をイメージして歌詞を書いたからだ。

中森明菜目線で深読みスタート!


まず、中森明菜目線で重要ワードを紐解きながら深読みを進めてみる。

 見覚えのある レインコート
 黄昏の駅で 胸が震えた

レインコートを着るのはきっと30代のサラリーマン。働きはじめの新卒は、まだレインコートでお洒落などしないはずだ。その次の歌詞にある「はやい足どり」から、彼は外回りの営業マンだと想像できる。

 二年の時が 変えたものは
 彼のまなざしと 私のこの髪

別れによって髪を切る… これは、初めての大きな失恋に酔っている状態を想像させる。髪を切った私に気づいて慰めて欲しい… という弱い気持ちが髪型を変えさせる要因のひとつに違いないからだ。彼女は大卒の22~23歳。2年経った今は25歳くらいだ。

 ラッシュの人波にのまれて
 消えてゆく 後ろ姿が
 やけに哀しく 心に残る
 改札口を出る頃には
 雨もやみかけた この街に
 ありふれた夜がやって来る

「ありふれた夜」とは “2年前とは違う今の日常に戻る” と読み取れる。もっと深読みすれば、ふたりが付き合っていたときは “ありふれた状態ではなかった” ということ。つまりそれはふつうの恋愛ではない= 不倫のことだ。だから2年ぶりに見かけただけの彼にも「待つ人」がいることを知っていたのだ。そして、歌詞は別れのカラクリをさりげなく伝えている。

 今になってあなたの気持ち
 初めてわかるの 痛いほど
 私だけ愛してたことも

それでは、僕の妄想した中森明菜の解釈を発表しよう。それは…

明菜バージョンは、未練を残した女性の弱さにフォーカス


彼は外回りの営業マン。彼女は新卒で採用された会社の受付嬢だ。

彼女の会社へ営業に来る彼。その度に顔を合わせ、いつしか言葉を交わすようになる。やがて彼女は営業を終えて帰る彼の後ろ姿を意識するようになった。初めて出会う大人の男性… その一生懸命さに惹かれた彼女が恋心を抱くまでそう時間は掛からなかった。若さゆえ攻め込む彼女。なにか相談をすれば、彼は親身になって応えてくれる。そして舞い上がる彼女。

そんな日々が続いたある日のこと、彼から妻がいることを打ち明けられる。彼も馬鹿じゃない。妻がいる以上、この関係に未来はない。限りなく不倫に近いけれど、彼は彼女と一線を越えることはなかった。そぼ降る雨の中、レインコートを着た彼は静かに去ってゆく―― 中森明菜はこう思い描いたに違いない。

彼は彼女に好意はあったけれど、愛していたわけじゃない。愛していたのは彼女だけ。歌詞にもあった、「懐かしさの一歩手前でこみあげる苦い思い出」とは、“私だけが彼を愛してた” という気づきだと解釈したのだ。だからこそ、中森明菜は敢えて声量を抑え、感情を押し殺すような歌い方にしたのだろう。

そして、中森明菜のイマジネーションはさらに膨らむ…

当時21歳、中森明菜の恐るべき表現力


別れてからの2年間、彼女はずっと彼を忘れることが出来ず同じ路線を彷徨っていたのかもしれない。偶然を装って彼と会う夢を心に秘めながら… ただ、ついに見つけた彼に対して話しかける勇気が彼女にはなかった。「それぞれの待つ人」すなわち、新しい彼との楽しい様子を話して、別れたことをちょっとでも後悔させられたら… と意地悪なことすら考えていたのに。

彼の姿を遠目に見ているうちに、楽しかった彼との日々を次々と思い出してしまい惨めになる。強引に作った今の彼のことを、本当は愛してなんかいないのだ。

電車は駅に着く。電車から降りた彼を追って彼女もホームに降り立ち、人波にのまれてゆく彼の後ろ姿をいつまでも見つめていた。彼女はゆっくりと歩き出す。改札口を出れば、変化の乏しい日常に戻るしかない――。

とても切ない歌である。楽曲のアレンジと、消えてしまいそうな中森明菜の歌声が見事に世界観を作り上げている。当時、まだ21歳だった中森明菜の恐るべき表現力である。

ところが、竹内まりやの書いた歌詞の世界は、中森明菜が想像した世界の真逆だったのだ。この、竹内まりやが描いた「駅」の真相は、次回2020年8月13日、『竹内まりやと中森明菜、解釈が分かれた「駅」の歌詞を深読み解説 <まりや篇>』で探ってみたいと思う。乞うご期待。



2020.08.12
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カタリベ
1967年生まれ
ミチュルル©︎たかはしみさお
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