“ホリデイ・イン・ミュージック” をさらに進化させた「SURF & SNOW」
1975年に発売されたユーミンの3枚目のオリジナルアルバム『COBALT HOUR』は、代表曲「卒業写真」や「ルージュの伝言」が収録されたユーミンの出世作だが、このアルバムは当初『ホリデイ・イン・ミュージック』というタイトル案があったそう。結局、そのタイトルは採用にはならなかったが、収録曲「COBALT HOUR」「何もきかないで」「アフリカに行きたい」などは、どこか “ホリデイ” を思わせるワクワクするポップスだった。
この『ホリデイ・イン・ミュージック』をさらに進化させたのが、1980年12月1日に発売されたアルバム『SURF & SNOW』だろう。アルバムのキャッチは “忘れないで、ときめくホリデイを!”。1曲目の「彼から手をひいて」の歌詞内にも “ホリデイ” というワードが登場する。まだこの時代には一般的に “リゾート” という概念はなかったが、1978年に開始した葉山のコンサートには『Hayama Marina Summer Resort Concert』というタイトルがつけられており、ユーミンは70年代後半にすでに “リゾート” を提唱していたということになる。
ちなみにリゾート法(総合保養地域整備法)なるものが制定されたのが1987年なので、ユーミンはそのはるか10年前にリゾート時代を予見していたのだ。1978年から葉山マリーナで開始した夏のコンサートが “SURF SIDE” だとすると、現在まで継続している冬の苗場のコンサートが “SNOW SIDE” という棲み分けになり、そのテーマソングが8曲目の「サーフ天国、スキー天国」ということになる。
映画「私をスキーに連れてって」のヒットで再注目
前作のアルバム『時のないホテル』がブリティッシュ・テイスト満載の重めのサウンドだったため、その反動で作られたのがこの『SURF & SNOW』だったが、意外なことに当時はそこまで話題にならず、オリコンの最高位は7位、LPの売り上げは20万枚を切っていた。しかし、1981年に「守ってあげたい」のヒットをきっかけにユーミンの第2次ブームが訪れ、1987年に公開された大ヒット映画『私をスキーに連れてって』の影響で『SURF & SNOW』は再び注目されるようになる。
結果、40万枚以上を売り上げるロングセラーになったこのアルバムは、夏の曲と冬の曲がバランス良く収録されており、理屈抜きに単純に楽しく聴ける作品だ。
アルバムの代表曲「恋人はサンタクロース」はユーミンの数ある代表曲の中でも上位に食いこむ人気曲だが、これまで一度もシングルカットされたことがない。ユーミンは1998年まで松任谷由実名義のベストアルバムをリリースしていなかったため、この曲を聴きたければ『SURF & SNOW』を買わなければならず、その影響もありロングセラーになった。それまでクリスマスは家族で過ごす特別な1日だったはずだが、「恋人はサンタクロース」の影響で恋人同士がクリスマスを一緒に過ごすようになったと言われている。
「雪だより」に “赤いダウンに腕を通したら” という歌詞があるが、当初この歌詞は “ダウン” ではなく “ヤッケ” だったそう。当時、ユーミンの住むマンションの部屋は近所の大学生のたまり場になっており、大学生たちから今はヤッケではなくダウンと呼ぶことを教えてもらい歌詞を変えたというエピソードも残されている(余談だが、その大学生の中にはのちにファミリーマートの社長になる沢田貴司氏がいた)。
決してバブリーな内容ではなかった「SURF & SNOW」
80年代のユーミンはどうしてもバブリーで華やかなイメージがまとわりつくが、『SURF & SNOW』は決してバブリーな内容ではないことをここで強く断言したい(笑)。モテモテの彼にヤキモキする「彼から手をひいて」、憧れのサーファーの彼がダウンタウンでビラまきをしている姿を目撃してしまう「灼けたアイドル」、草野球に夢中で彼女を放置気味の「まぶしい草野球」、軽井沢を思わせる避暑地の失恋を描いた「シーズンオフの心には」、主人公の心情がせつないアルバムのラストナンバー「雪だより」など、誰もが自身を投影できる、等身大のラブソング満載のアルバムが『SURF & SNOW』なのだ。
リゾートアルバムの決定版『SURF & SNOW』は現在でも冬の名盤として愛されているが、その中心にあるのはあくまでも “恋” である。ユーミンが3世代にわたって愛されているのは、“恋する気持ち” という普遍的なテーマがどの世代の人たちにも共感されているからだろう。『SURF & SNOW』の根底に流れているのは決して華やかなものではなく、「好きな人と一緒に過ごす時間こそが最高のリゾートだよ」というユーミンからのさりげないメッセージなのだと、このアルバムを聴いて改めて確信した。
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2023.11.19