デザインはヒプノシス、ユーミンがボツにしたジャケットを採用
40年前の今月、1981年11月1日、松任谷由実のアルバム『昨晩お会いしましょう』がリリースされた。「守ってあげたい」を収めたこのアルバムはオリコンで1位を記録。ここからユーミンは1997年まで17作連続アルバム1位を続けていくことになる。
ジャケットを製作したのはイギリスのデザイン・アートグループ、ヒプノシス。ピンク・フロイドやレッド・ツェッペリン、ウイングス等のジャケットのデザインで高名だ。ユーミンのアルバムでは1983年の『VOYAGER』も手掛けている。
『昨晩お会いしましょう』用には2つのアイディアが提示された。その内採用されなかった、地面に縛られた男女のダンサーの方をベストアルバムのジャケットにしたのが、プログレッシヴ・ロックの雄、ピンク・フロイドであった。そしてこのベスト盤も40年前の今日リリースされていたのである。
ピンク・フロイド最高のベストアルバム「時空の舞踏」
It was 40 years ago today.
1981年11月23日、ピンク・フロイドのベストアルバム『時空の舞踏(A COLLECTION OF GREAT DANCE SONGS)』がリリースされた。70年代初頭にごく初期のコンピレーションが2枚リリースされたことはあったが、実質的にはこれがピンク・フロイド初のベストアルバムであった。
収められたのは僅か6曲。その曲順も一部、発表順とは異なっている。しかしこのアルバムこそ、未だにピンク・フロイド最高のベストアルバムではないだろうか。
アルバムは1971年の『おせっかい(MEDDLE)』に収められている「吹けよ風、呼べよ嵐(One of These Days)」から始まる。アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲として日本ではお馴染みの曲で、独自にシングルカットもされた。踊れるこの曲、実はコードは2つしか使っていない。プログレ(ッシヴ=革新的)の名に相応しい斬新な曲だ。
続く「マネー」は1973年の傑作『狂気(THE DARK SIDE OF THE MOON)』からの曲。アメリカではシングルカットされて最高13位と、ピンク・フロイド初のヒット曲となっている。
プログレという意味ではこの曲も負けていない。イントロのレジスターのSEから、何と4分の7拍子という極めて珍しいビートが使われている。それが違和感無く聴けてしまうのだから頭が下がるばかりだ。
『狂気』が記録的なロングセラーを続けていたからか、版権を持っていた旧レーベルがオリジナル音源の使用を許可しなかったため、この曲はギターのデヴィッド・ギルモアによって再レコーディングされた。ギルモアはベースとキーボードも弾き(ドラムについては不明)、サックスはオリジナルと同じディック・パリーが吹き、総じてかなりオリジナルに忠実なテイクになっている。
この新録ヴァージョンはこのベストにしか収められていない。結果としてこれまでのアルバムを持っているファンにも、このベストアルバムを入手する理由が出来たのである。
総収録時間43分、うち2曲は10分超の大作
3曲めにしてアナログ盤ではA面を締めくくる曲は、1977年の『アニマルズ』からの「シープ」。平凡な労働者を羊に見立てて皮肉る曲だが、10分を超える長さのロックナンバー。前曲同様、少々踊り辛い曲ではある。
プログレのもう1つ大きな特徴が曲の長さだ。ピンク・フロイドにも1970年の『原子心母(ATOM HEART MOTHER)』でA面をまるまる使ったタイトル曲や、『おせっかい』ではB面を占める「エコーズ」という名曲がある。
『時空の舞踏』の4曲め、B面1曲めの「クレージー・ダイアモンド(Shine on You Crazy Diamond)」も、1975年の『炎~あなたがここにいてほしい(WISH YOU WERE HERE)』ではA面1曲めとB面最後(アルバム5曲め)に2つに分かれて収められ、合わせて26分を超えた。歌い始めまでも実に8分半を要する、正に大作であった。
それがこのベストでは、歌の部分はすべて使いながらも10分40秒にまとめられている。それでも歌い始めまでは6分半近くかかり、この曲の大作感はきちんと伝わる。初代リーダーで精神のバランスを崩しバンドを去ったシド・バレットに捧げられていると言われるエモーショナルなバラードである。
続いても『炎~あなたがここにいてほしい』からタイトルソングである「あなたがここにいてほしい」。これもバレットに捧げられたであろう曲で、アコギの弾き語りで切々と歌われる。この2曲が連なることで説得力もぐっと増しているが、間違ってもこの2曲では踊れない。
最後は1979年リリースの大ヒットアルバム『ザ・ウォール』から、翌1980年米英で1位を獲得した「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」。アルバムヴァージョンにシングルのイントロが付いている。流行りのディスコサウンドではあるがテンポは遅く、そして歌っている内容が学校教育への反発。これではやはり踊れない。
ベストアルバムはアナログ1枚の長さが適正!
以上6曲。3曲め以降、レーベル移籍後の3枚のアルバムから漏れなく収録しているのはご愛敬だが、収録時間の制限のある中、移籍前についても名盤と言われるアルバムから何とか2曲収め、アメリカでの大ヒット曲2曲(2,6曲め)もきちんと収め、ベストアルバムとしての体を成している。3曲めの「シープ」以外がライヴの定番曲となっていることからも密度の高さが分かるであろう。敢えて言うならば、シド・バレット期の優れたサイケデリック・ロックが収められていないことだけが残念と言えば残念だ。
この後ピンク・フロイドは2001年に『エコーズ~啓示(ECHOES THE BEST OF PINK FLOYD)』、2011年に『百花繚乱~ベスト・オブ・ピンク・フロイド(A FOOT IN THE DOOR - THE BEST OF PINK FLOYD)』(フィジカルと配信では曲目が異なる)と、2種類のベストアルバムをリリースしている。前者は英米で2位と、『時空の舞踏』のイギリス37位、アメリカ32位を遥かに上回るヒットとなった。
この2種のアルバムにはバレット期や、『時空の舞踏』以降の曲も収められているのだが、前者がCD2枚組、後者がCD1枚で80分と、『時空の舞踏』の43分を大きく上回る。そのせいかアルバムとしての流れが記憶に残らない。やはり初めて聴く人たちへの入門編としても、ベストアルバムは原則としてアナログ盤1枚の長さが適正なのではないか。
実際、40年前『時空の舞踏』を聴いた僕は、ピンク・フロイドの、プログレながらリリカルで、ポップと言っても過言ではない “親しみ易さ” を知り、結局全てのオリジナルアルバムを聴くことになるのである。
タイトルにもユーミンがひと役買っていた!?
それにしても原題の『偉大なるダンスソング集』というタイトルはウイットに富んでいる。本文でも触れた通り、特にB面は全く踊れない曲ばかりなのだから。
と思ったらこのタイトル、どうもユーミンが採用しなかったジャケットから付けられたらしい。となるとこの秀逸なタイトルには、ユーミンもひと役買っていることになる。
更に言うと、ユーミンがもしこちらのジャケットを採用していたら、ピンク・フロイドは『昨晩お会いしましょう』のジャケットをベストアルバムに使っていたことになる。さすがに後ろ姿の女性は男性に替えられたかもしれないが、そのジャケットのベストアルバムに、ピンク・フロイドは一体どんなタイトルを付けていたのであろう。
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2021.11.23