これまで何回か続けて「初めての〇〇」をテーマに書いた。今回はその一連の締めくくりとして、初めて自分のお金で買った「アナログレコード」について思い出してみたい。
この類のネタはよくあるけれど、僕の世代の洋楽志向の人が多く挙げるのはビートルズやエリック・クラプトン、そして数多のハードロックバンドの作品だろうか。邦楽だとしても YMO とかオフコースなんかが上位に並ぶような気がする。そしてまた、そういうアーティストの名前を答えられるのがカッコいいなあと思う。
しかし、洋楽ツウを自認する僕のレコードコレクションの記念すべき1枚目を飾ったのは、石川秀美のデビューシングル「妖精時代」だった。これはアノニマス(匿名)だからこそ書ける本当のこと。これが音楽業界人相手の会話だったりすると「ええと、俺が買ったのは『TOTO Ⅳ』だよ(実はテープなんだけどナ…)」などとカッコつけた答えになったりするのよ(※
前回のコラム参照)。
ということで、ここでは正々堂々と石川秀美のことを書くのだ。
僕が中学3年になろうとしている1982年3月のこと。その頃の僕は洋楽に傾倒していたこともあって、特定のアイドルに熱を上げることはなかった。でも、中学校の同級生の間ではアイドルの話題が増えていたし知っておくのもいいかなということで、ある日書店で『マイアイドル』という雑誌を買ってみた。
その誌面の中で石川秀美を初めて知った。いや、出会ったのだ。
たしか牧場だったと思うけれど、草原の上で健康的な笑顔を浮かべる彼女の姿に当時の僕はすっかりやられてしまった。でもそれは「ズッキューン」というような一目惚れ的なものではなく、そのページを見返すたびに「ジワジワ」とくる恋みたいなものだった。
リマインダー世代なら知っている人が多いと思うが、石川秀美は中森明菜や小泉今日子、堀ちえみ、早見優などと同じ花の82年組。個性や主張、特徴を持っているアイドルが多い中、彼女は見事なまでに平凡だった。でも、平凡な存在が少なければそれも強みになる。超平凡である。当時の僕は彼女などいなかったし、アイドルに求めていたのはそれを埋めてくれる現実感だったのかもしれない。クラスの中から女の子を選ぶ基準みたいな。
それから、僕の心の中では石川秀美の存在がどんどん大きくなっていった。表紙に名前が載っている『平凡』やら『明星』やら『近代映画』は全て買った。当時出演していたハウス食品のCMを見るために深夜まで起きていたりした(ちなみに、このCMの出演歴はWikiには出ていない)。
こうしたメディアだけの接触で物足りなくなった僕はアイドルに詳しい友達を誘い、銀座の三越屋上で行われるデビュー記念のフリーコンサートへ行った。そもそもプロのアーティストや歌手(しかも生バンドで)のコンサート自体、その日が初めての体験になった。一眼レフを抱える本格的なアイドルファンやハッピを着た親衛隊のかけ声にひるみながら、僕も一応持っていったコニカC35というコンパクトカメラでカシャカシャと撮った。
当然ながら会場ではデビュー曲「妖精時代」のシングルが即売される。握手とサインが付いてるのに買わないという選択は断じてなかった。
こうして僕は人生初のレコード盤を購入した。
しかし、当時の僕はレコードプレーヤーを持っていなかった。ゆえに「妖精時代」に針を落としたのはずっと後になってのことだ。僕の初めてのレコードは聴くためのものではなく、石川秀美と握手して応援してジャケットの写真とサインを手に入れるチケットだったのだ。よく AKB48 のファンなんかがCDを買ってもパッケージを開けないなんていうけれど、実はそれと同じことをはるか昔にやっていたわけだ。
その後、石川秀美への熱は長く続かず1年くらいで冷めてしまった。そして僕のアイドル熱狂時代も終わった。初めて買った「妖精時代」というシングルレコードを1枚残して。
2018.05.06