小泉今日子、表現者として初のアルバムプロデュース「Hippies」
1987年、歌手として新たな境地を切り開こうとした小泉今日子は、多忙を極める中、「水のルージュ」「Smile Again」「キスを止めないで」というビッグヒットを連発し、第20回レコードセールス大賞においてシングル部門・シルバー賞を受賞する。デビュー5年目、ステレオタイプのアイドルというスタンスを軽く飛び越え、歌手としての本質「表現者」という言葉に相応しい地位を築いた年だったと思う。
この年の3月5日にリリースされた10枚目のオリジナルアルバム『Hippies』において小泉今日子は初のセルフ・プロデュースに着手する。
自らアーティストにコンタクトをとり、仕事を発注。伴奏の録音、いわゆる “オケ録り” にまで立ち合い、アルバムのトータルイメージやサウンドクオリティに注力を注ぎながら、時代の息吹に相応しい革新的な色合いと音楽の普遍性に満ちた傑作となる。
参加アーティストは、同年の12月24日にBOØWYの解散を表明する氷室京介、前年から自らの楽曲についてソングライティングを手掛けるようになった吉川晃司、新たな時代のロックバンドの解釈を施し、独自性が際立っていたBARBEE BOYSのサウンドにおけるキーマンいまみちともたか、爆風スランプや高見沢俊彦(THE ALFEE)など。
ちなみに氷室京介は、このアルバムのリリース時、BOØWYにおける「ROCK ‘N ROLL CIRSUS TOUR」を終了させ、大ヒットシングル『ONLY YOU』のリリースを控えていた。
つまり、氷室京介にしても吉川晃司にしても、人気という観点では頂点を極めていたかもしれないが、今、俯瞰して考えてみると、ソングライターとしての可能性はまだまだ未知な部分が多かったと思う。このような点も踏まえてアルバム着手に彼らを不可欠な存在だと考えた小泉の先見の明はさすがであり、それはまさに時代を切り取ったクリエイターの感覚だった。
氷室京介、吉川晃司etc.日本のロックスターが集う渾身のアルバム
このアルバムの大きなポイントは透明感、アルバム全体から感じ取れる起伏、そして、起伏に相反するトータルバランスの素晴らしさだ。
冒頭、氷室京介作曲の「3001年のスターシップ」吉川晃司作曲の表題曲「Hippies」へと続く。そこで奏でられる音は、80年代ロックが混沌から脱却し、クリアーかつ叙情的に研ぎ澄まされていった日本のロックシーンの粋を集めた印象があった。
同時期に活躍していたBARBEE BOYSもそうだったが、レコーディング技術の進化に伴いながら、ロックの基本であるビートの強調と、クリアーだがエッジの効いたギターサウンドが時代の最前衛だった。この部分をしっかりと踏襲したものがこのアルバムの基調になっている。
そして、表題曲「Hippies」の作詞者は劇作家、演出家で女優の渡辺えり子(現 渡辺えり)だった。
表題曲「Hippies」作詞は渡辺えり子
今夜の雨は 昨日達のざわめき
さまよい疲れて 真夜中にヒッピーズ
今夜の涙は 誰にも見せないで
夜明けの光に 別の私見つけるから
Oh,Midnight Hippies
ヒッピーとはすなわち、60年代のアメリカのカウンターカルチャーであり、従来の価値観を打破し自由な社会への変革を声高に主張した若者たちのムーブメントであった。ここではない何処かへ…。放浪を続け、理想郷を探し求めた若者たちだ。
すなわちこれの曲を表題曲とした小泉自身もまた、これまでのアイドルの在り方や自らが進む道に疑問を持ち、悩みながらも、人生という長い旅を見据えながら、新たな第一歩してこのアルバムの制作に着手したという意気込みの表れだと思えてならない。
「夜明けの光に 別の私見つけるから」このフレーズこそが、当時の小泉の心情を代弁していた。劇作家ならではのドラマテックかつ心の奥底を抉るような歌詞の世界観が吉川のプリミティブな躍動感あふれるメロディに相俟ってアルバムのイメージを際立たせることに成功した。
透明感が際立つ小泉今日子のヴォーカル
1曲目の「3001年のスターシップ」、この「Hippies」そして3曲目に収録された大ヒット曲「木枯らしに抱かれて」への絶妙な流れの中で特筆すべきが小泉のヴォーカルの透明感だった。
冬の凛として張りつめた空気のような小泉のヴォーカルが際立ちアルバムのイメージを決定づけさせる。中盤、爆風スランプのサンプラザ中野 / ファンキー末吉という布陣のコミカルな「東の島にブタがいたVol.2」で緩やかな曲線を描くようにコミカル路線に走りながらも、全体のトーンに遜色が見えないのは、彼女のプロデュース力だろう。
そして、ホラー漫画家、御茶漬海苔を作詞家として起用した「凍りの都市」では、極北とも言えるホラーテイストなリリックをダンサブルなリズムに乗せ異色なファンタジーの世界を描いていく。
ここまで書いてみると、「なんとバラエティに富んだ内容のアルバムだ!」と思えてくるが、先述したような透明感のあるヴォイスで、トータルバランスを保ちながら「夜明けのMEW」シンフォニックで壮大なラストナンバー「One Moon」でやすらぎの世界へリスナーを誘い、アルバムは帰結する。
つまり、このアルバムには、1987年時点での小泉今日子のクリエイター、表現者としての粋を集めたアルバムであることは明白だ。時代にクッキリとした足跡を残し、その後、現在に至るまで自らのこだわりによって、表現者として、ミュージシャンとして、より深く、よりオリジナリティ溢れる音をクリエイトしていくことになる。
40周年☆小泉今日子!
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2022.03.08