2月25日

小泉今日子「水のルージュ」風街詩人 松本隆の描く水のイマージュ

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小泉今日子「水のルージュ」が魅せる四変化


作曲:筒美京平 作詞:松本隆

―― この字面を見るだけで心ときめく人も多いだろう。日本歌謡曲界の「レノン&マッカートニー」として君臨してきた、説明不要の名コンビだ。そしてこの二人が手がけてきた数多くの名曲のなかでも、とりわけ僕が愛する一曲が小泉今日子「水のルージュ」である。

アレンジは名編曲家として名高い大村雅朗によるものだが、実は四つのヴァージョンが存在する。まず大村が手がけた最もシンプルな7インチ・シングル盤、ダンス・リミックスされラップ・パートも入った12インチシングル版、そしてアルバム『Phantásien(ファンタジエン)』収録で、一風堂の土屋昌巳がアレンジしたニューロマンティック色の強い「Berlin Version」、最後に近田春夫メインで作られたハウス・アイドル歌謡の名盤『Koizumi in the House』収録の「Break' Acid' Beats Mix」の4つ。

ダンスにハウスと、DJがフロアを沸かせるのに適したヴァージョンも存在することから、名著『和レアリック・ディスクガイド』(Pヴァイン)でもこの曲は取り上げられている。要するに通好みな一曲で、キョンキョンのヒットソングの中では珍しくレアグルーヴ認定されているのだ。

とはいえ4ヴァージョンを聴き比べると、大村がアレンジした7インチ版が最良に思える。イントロでは打ち込みリズムとシンセサイザーが組み合わさって空間的な広がりが感じられるというのもある。しかしそれだけでなく、キョンキョン自らアイディアを出したという全員女性のバックバンド “イマージュ” の存在を際立たせる、シンプルでラフなロックサウンドのカッコよさも残しているからだ。「ギミックはいらねえ」という女パンク根性さえ感じる。

風街詩人・松本隆が描いた “水のイメージ”


サウンドの魅力は充分。しかしそれ以上にこの曲を特別にしているのは松本隆の歌詞だ。はっぴいえんどの「風を集めて」から松田聖子の「風立ちぬ」まで、この人は風のイメージを愛し続けた。その松本が珍しく水をテーマにしたのがこの曲で、カネボウの商品アクア・ルージュのCMソングにもなっている。その松本が、風と水の共通点について『松本隆のことば』(集英社インターナショナル新書)で以下のように述べている。

風も水も、変化することでその存在を感じることができる。風は動いているから風であって、止まってしまったら風ではない。動くことが人間にとって重要なのだ。(72ページ)


なるほど、風も水も流れゆく。「水のルージュ」で言えば、

 時間のゴンドラ
 流れる景色見ながら
 水面(みなも)に指で輪を描(か)く

という歌詞で、水の流動的イメージが、流れゆく時間と重ね合わせられつつ巧みに描かれている。とはいえ、松本はやはり水より風が好きなのだ。

風は見えない。愛も命も優しさも、重要なものは見えない。重要であるほど目に見えない。水も重要だが、水は見える。だから風のほうが好きだ。(72ページ)


しかし「見える」水にだって、風には伝えることができない独自のイメージがあるはずだ。

バロックの美学? 水の流れゆくさまを捉えた松本隆のワードチョイス


水の豊かなイメージは、以下の歌詞で爆発する。

 水のルージュ 不思議なイマージュ
 Ah 心は泉 愛はせせらぎ

ここでは「ルージュ」と「イマージュ」が、「泉」と「せせらぎ」が脚韻を踏んでいる。本来脚韻は詩を建築のように固める作用があるのだが、松本の見事なワードチョイスは言葉を凝固させることなく、水のようにスムースに流れさせる。ルージュはイマージュへ、泉はせせらぎへと優雅に、留まることなく変身していく。

こうした変身(メタモルフォーシス)を愛したのがバロックの美学で、その象徴こそが水であった(小難しくなりそうなので、興味がある人はジャン・ルーセ『フランス・バロック期の文学』の第六章「動きつつある水」を読んでみてください)。

“水のめくるめく速度で流動するイメージ” を松本が選び取ったのは、1984年のシングル「ヤマトナデシコ七変化」のタイトルに顕著な、キョンキョンの捉えどころのないカメレオン的側面を見抜いていたからかもしれない。

松本隆のデラシネ(故郷喪失者)感覚、つげ義春の石ころ感覚


水の特筆すべき性質はもう一点ある。それを捉えた以下の歌詞にも注目しよう。

 透明なのはあなたの瞳
 底に沈んだ嘘がきらめく

水は流動するものであると同時に、透明なものである。その水の透明なイメージが、きらめく瞳の透明性に軽やかに変容している。「底に沈んだ嘘」が見えるほどに透明な水=瞳なのだ。

とはいえ、水は濁って不透明になることもできるし、沼のように一カ所に集まって動かないこともできる。ここが風と水の最大の違いのはずだが、松本の水のイメージからはそうした「暗い水」のイメージが脱け落ちている。それは東京の山の手で育ち、「故郷喪失者(デラシネ)」を自称するシティボーイ松本にとって必然的なことなのだろう。

田家秀樹の松本論『風街とデラシネ』のタイトルにあるように、寄る辺なく吹く風は、デラシネである松本自身を表している。水のイメージもそれに倣っているというわけだ。こうした松本のデラシネ感覚は、演歌の土着性から切り離されたポップソングの世界に見事にマッチした。しかしそれによって失われた感性もあることを、最後に以下の歌詞から見てみたい。

 それでもいいわ 小石のように
 知性と理性 投げ捨てるから

風や水に与えられた、軽やかさや透明さの反対のイメージが「小石」に凝縮されている。不透明で、動くこともない。しかしこの石ころにある種の美学を発見したのが、松本に影響を与えた(はずの)異端の漫画家・つげ義春であった。『無能の人』の主人公は、多摩川沿いで役にも立たない石ころを拾う毎日だ。こうしたものに偏愛を示すからこそ、つげ漫画は “土着” であり “ポップ” にはなりえないのかもしれない。

世界は四大元素(風・火・水・土)のバランスとハーモニーで成り立っているという世界観がかつて西洋にあった。松本が書いた詞で、松田聖子は風を歌い(「風立ちぬ」)、中森明菜は火を歌い(「愛撫」)、小泉今日子は水を歌った(「水のルージュ」)。しかし土について歌ったアイドルを、僕は今のところ知らない。デラシネの松本隆がそうであるように、アイドルとは「大地」から切り離された存在なのかもしれない。

40周年☆小泉今日子!

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2022.03.07
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カタリベ
1988年生まれ
後藤護
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