「なにさ、あのコ、ちょっと可愛いからって贔屓されちゃって」
人は見た目に左右されやすい。プロとしては実力が並(あくまでプロの世界では標準クラスという意味)であっても、ルックスがちょいとばかり上といった理由で、ちやほやされるアーチストやら文化人やらがいる。
かつて自分が担当した番組『magネット』(NHK-BS)でも、「美人すぎる〇〇コーナー」をやって、ネットの話題をかせぎ、そういう風潮の片棒を担いてしまった身としては、いささか面映ゆいのだが… みなさんも思い当たるフシがあるでしょ、クラシックとかジャズの演奏者、はたまた医者・弁護士・政治家やらに。
一方で、ズバ抜けた実力がありながら、ルックスの良さが却って足かせになって、余計な仕事を抱えてしまう場合もある。例えば78年〜80年のアイドル不在の時代(聖子・明菜のデビュー前)に、竹内まりや・越美晴・松原みき・杏里らがアイドルの代わりをさせられていた。
80年代の後半、同じような立場のシンガーに森川美穂がいた。一つ違っていたのは、彼女は本業の歌手以外のことも嬉々としてこなしていたことだ。しかも、この人は器用すぎるところがあり、ラジオDJ、TVバラエティやドラマ、劇団四季のミュージカルにまで出ている。フジテレビ『夢がMORI MORI』でSMAPとキックベースをしていたなんて過去もある。“ナニワの魚屋の娘” っていう威勢の良さと童顔のギャップも人気の理由だった。でも、タレントなのか歌手なのか不思議なポジションにいたことも事実だろう。
もちろん、森川の歌は超本格派であった。飛鳥涼が作曲のシングル「おんなになあれ」を含む2ndアルバムは、角松敏生のアルバムやツアーでもおなじみの小林信吾が全面にわたってサウンド創りを担当。80年代後半のアイドル歌謡の一つの到達点を示すものだ。さすが、ヤマハ音楽振興会が原盤制作しただけのことはある。
それから10年後。私が森川にインタビューをしたのは、ちょうど彼女が007『ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999公開)にカメオ出演したときだった。007の特集を担当していた私は、彼女を取材し、昼のスタジオパークの公開番組にも出てもらった。彼女の生歌を聴いて、その高音の伸びと音圧にビックリした記憶がある。レコードとライブがほとんど変わらないパフォーマンスの正確さにも驚いた。
森川の007出演のきっかけは、NHK-BSでアレサ・フランクリンの「Natural Woman」を歌ったとき、たまたま来日中の映画プロデューサーがその番組を見たからだという。ネイティブスピーカーが「これだけ英語の歌が完璧に歌えれば、セリフも大丈夫だろう」と思ったぐらい、発音と歌唱がパーフェクトだったってことだ。まぁ実際には彼女は英語がそれほど達者ではなく、カジノの客としての出演にとどまったのはご愛嬌。
でも、彼女が目立つ容姿でなかったら、映画の出演もなかったわけで、やっぱり可愛いと得なんだろうか… そんなことを、007出演からほどなくして行われた森川美穂の結婚式二次会の片隅で、拍手をしながら私は考えていた。
その結婚は3年で終わるも、シングルマザーとして立派に息子を育て、名門校に進学させたとの話。あれから18年。かつて学園祭の女王として名を馳せた彼女は、いま、大阪芸大の演奏学科で准教授をしている。奇しくも同業者となった彼女に、いつかまたお目にかかれるといいなぁ。
2017.10.21
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