河合奈保子「あるばむ」竹内まりや、来生えつこ、来生たかおが作品提供
1982年、竹内まりや作詞・作曲による「けんかをやめて」のリリースで大人へのステップアップを果たした河合奈保子。翌年1983年は1月に『あるばむ』というタイトルのアルバムをリリースするところから始まる。
このアルバムはA面を竹内まりや(うち2曲の作曲は林哲司)、B面を来生えつこ・たかお姉弟が作品提供し、それぞれが奈保子の魅力を最大限引き出しているのだが、オリコンLPチャートで初登場1位を獲得した。シングルよりも先にLPが1位になったことで、作品としてはもちろん、歌手としても評価されたんだな… と思うと嬉しくて仕方がなかった。
その勢いに乗るべく、春にリリースされたシングル「ストロー・タッチの恋」は来生姉弟作品。春らしく軽やかな曲で、奈保子の明るいキャラクターを活かしつつも伸びやかな歌声が魅力的な作品だったのだが、何故かセールスが伸び悩み、オリコンシングルチャートでは最高9位、『ザ・ベストテン』でも2週しか登場せず、ファンとしてとても不安になったのを覚えている。
河合奈保子初の筒美京平サウンド「エスカレーション」
しかし、奈保子といえばやはり夏! 夏にリリースした「スマイル・フォー・ミー」(1981年)も「夏のヒロイン」(1982年)もヒットしたではないか。次のシングルも夏全開な明るい曲でガツーンと来るはずだ。私はそう予想していたのだが、見事に裏切られることになる。それが6月1日にリリースされた「エスカレーション」だ。奈保子はここで初めて筒美京平サウンドの扉を開くことになる。
まるで警告音のようなけたたましいイントロから始まり、ベテランコーラスグループEVEによる濃厚かつパンチのあるコーラスがのっけから飛ばしてくる。
WOW WOW WOW
渚はイマジネーション
エスカレーション
WOW WOW WOW
あなたとコミュニケーション
エスカレーション
ブロンディの「コール・ミー」かローズマリー・バトラーの「汚れた英雄」を彷彿とさせる3連ロックサウンド。イントロからペースが「ダッダダッダダッダダッダ…」とガンガン攻めてくる。今までの奈保子作品にはないテイストだ。
作詞は売野雅勇、彼氏になかなか強気なモーションをかける女の子を歌う
しかし、サウンドもさることながら、驚くべきはその歌詞。
胸の鼓動を素肌に
感じるくらい抱きしめて
大胆すぎるビキニよ
選んだ意味がわかるかしら
まっすぐに見れないの
案外内気なひとね 今さら退けないわ
おいおい、奈保子いきなりどうしたんだ! 素直で明るい女の子、というキャラクターからは考えられない挑発的なフレーズ。そしてそれを切なげな表情でシリアスに歌う奈保子。「大胆過ぎるビキニ」だなんて、想像しちゃうじゃないか! いや、それは月刊明星の付録のポスターを見れば容易に想像できたのだが(笑)。
作詞はあのセンセーショナルな中森明菜の「少女A」を書いた売野雅勇。
恋した女の子は淋しがり
優しく瞳の奥 読みとって
口づけていいのよ あなた
彼氏になかなか強気なモーションをかける女の子。こんなにあからさまにセクシャルなシチュエーションを歌うとは全く予想外の展開。しかも奈保子は髪を短くしてこの曲に挑んできた。
世間はこんな奈保子をどう見るのか? そしてこれは我々ファンにとっても挑戦かもしれない。大胆に変身した奈保子を俺たちファンは受け止めることができるのか?
オリコンチャート最高3位!大胆なイメージチェンジに成功
いやいや、そんな心配をする必要は全くなかった。キャッチーなメロディ、かわい子ちゃん歌手のイメージを脱ぎ捨てたチャレンジをファンはしかと受け止めた。そしてそれは世間に対しても見事に成功。この曲はオリコンシングルチャートで最高3位を獲得、河合奈保子全シングルの中で最大セールス(34.9万枚)を記録するのである。
売野雅勇による大胆なイメージチェンジ、筒美京平による手堅いメロディ、大村雅朗による洗練されたアレンジ、すべてがプラスに働いたのだろう。もちろん奈保子の高い歌唱力がないとこの曲は成立しなかったのだが。
この路線の成功により、続いてリリースされたシングル「UNバランス」も同じ作家陣による作品。さらに研ぎ澄まされたサウンドに、より挑発的な歌詞を乗せてシリアスに歌う奈保子にはもう違和感を抱くこともなかった。でもテレビ番組などで相変わらず「ハイッ!」と元気よく返事をし、「ナハハハ…」と明るく笑う奈保子を見ると「やっぱりいつもの奈保子ちゃんが一番だなぁ…」と安心するのであった(笑)。
ところでこの1983年、奈保子はシングル以外に3枚のオリジナルアルバム、『あるばむ』『SKY PARK』『HALF SHADOW』と、1枚のミニアルバム『It's a Beautiful Day』、そしてベストアルバムを1枚『プリズム(AngelII)』リリースしている。どの作品もクオリティが高く、ファンとしてはうれしい反面、当時高校生だった私にはとても財布に厳しい1年でもあった。いずれこのアルバムたちについても語ってみたいと思う。
2021.06.01