10月21日

早すぎたGLAYの憂鬱!UP-BEATのオルタナティブな魅力と厭世的な歌詞世界

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photo:Victor Entertainment  

陰キャとは陰気なキャラクターのこと、80年代で言うネクラ?


リマインダー読者世代の皆さんは、“陰キャ” と言う言葉にピンとくるだろうか。これは “陰気なキャラクター” を略した若者言葉で、クラスの中でも “内向的” “目立たない” “暗い” といった位置づけの者を指す言葉らしい。逆に、明るく面白いクラスの人気者は “陽キャ” と言うそうだ。80年代で言う、“ネアカ” や “ネクラ” のようなものかもしれない。

僕の学生時代はどうだったかな~、と考えると “陽キャになりきれない陰キャ” だったような気がする。華やかに脚光を浴びたい自分と、失敗を恐れて動き出せないマイナス思考の自分が同居していて、結局マイナス思考から抜け出せない、みたいな感じだった。

一度、陰キャから本気で抜け出そうと思って、自分の性格に革命を起こしたこともあった。それは中学で転校した時のこと。知名度を上げるため、休み時間のたびに新作ギャグを披露するなどして、バリバリの陽キャで行動したのだ。だけど、やっぱり無理は長続きしないもので、結局は陰キャな自分に戻ってしまった…。いずれにしても、陰キャというのはイメージ的にパッとせず、スクールカーストでも下位層、就職市場でも陽キャに比べて評価されにくい印象なのは間違いない。

珠玉の陰キャロック、UP-BEAT「HERMIT COMPLEX 世捨て人の憂鬱」


閑話休題。今回のコラムでは、80年代の音楽シーンの中で、僕が思う「ベスト・オブ・“陰キャ” ロック」とも言うべき珠玉の一曲を取り上げてみたい。その一曲とは、UP-BEATの「HERMIT COMPLEX ~世捨て人の憂鬱~」である。

UP-BEATは1981年に北九州市で結成され、1986年にメジャーデビュー。彼等のことを “ポストBOØWY” と表現する人もいれば、“早すぎたGLAY” だと言う人もいる。その音楽面×ビジュアル面の総合的ポテンシャルの高さ故、常に “もっと売れても良かったと思うバンド” の筆頭に挙げられる存在でもある。今回紹介する「HERMIT COMPLEX ~世捨て人の憂鬱~」は、彼等のサードアルバム『HERMIT COMPLEX』に収録されたタイトルチューンである。

“HERMIT” という単語を直訳すると “隠者” “世捨て人” とある。タロットにもHERMIT(隠者)のカードが存在する。注目すべきはその歌詞だ。

アゲアゲなバブル景気の中、“Keep Down” を連呼する歌詞


 致命的なニヒリスト
 俺は世捨て人なのさ
 夢を感じない 誰も信じない 逆らわない

出だしから陰キャモード全開である。ロックと言えば反逆のイメージなのに、ここでは「逆らわない」ときた。何やら、長いものには巻かれろモード丸出しである。

 Keep Down 気持ち抑えろ
 Keep Down 何も考えず
 調子合せてればいいさ
 Keep Down まくしたてても
 Keep Down 何も変わらないさ
 配られたカード こなすだけさ

この曲が産み出された1988年は空前のバブル景気。そんなアゲアゲな世相の中、骨太なビートに乗せ、呪文のように「Keep Down」を連呼するコーラスはかなりの異彩を放っていた。

これって、BOØWY「マリオネット」へのアンサーソング?


実は、この「HERMIT COMPLEX」の前年、これとは全く逆のメッセージが込められた、あるバンドの曲がヒットチャートを席捲していた。その曲とはBOØWYの「Marionette -マリオネット-」である。

 鏡の中のマリオネット
 あやつる糸を断ち切って
 鏡の中のマリオネット
 自分の為に踊りな

この歌詞は、80年代の日本のロックで最も有名なサビのひとつだろう。この曲でBOØWYは、世の中の人々を「諦め顔の良くできた歯車」と皮肉り、さらに「イジける事にいつから馴れたのさ」と警鐘を鳴らしたりもしている。表現は多少屈折しているが、メッセージの方向性としては、“自由に生きよう” という類のものである。自由、愛、夢、希望… これらのワードを含有するリリックは、80年代以降の日本のロックでは、ひとつの主流のようにも思える。

唯一無二! 厭世的な世界観、オルタナティブな魅力を持ったUP-BEAT


しかし、その1年後、UP-BEAT は力強いビートでこんな風に歌い放っている。

 流れに身を任せるだけ
 シナリオ通りに歩くだけさ
 My life Style

どこか達観しているようなこの歌詞は、今聴くと、BOØWYが皮肉っていた「諦め顔の良くできた歯車」を肯定しているようにも思えるし、何だか開き直っている感じもする。でも、こんなロックがあってもいいだろう。

UP-BEATはこれまで、オルタナティブロックの文脈で語られたことは無かったと思うが、この、「HERMIT COMPLEX」の、唯一無二で強烈に厭世的な歌詞の世界からは、どこかオルタナティブな魅力を感じずにはいられない。

ウィルスという見えない敵、不安な心を落ち着かせてくれる陰キャロック


僕は、会社へ向かう満員電車の中で、この「HERMIT COMPLEX」を聴いていた。新型コロナウィルスという見えない敵に人々が神経質になる中、少し大きめのマスクで不安を隠しながら、その日もヘッドホンでこの曲を聴いて電車に揺られていた。

不思議なことに、耳元に流れてくる「Keep Down」の連呼は、不安な僕の心をちょっとだけ落ち着かせてくれた。夢や希望で煽り立ててくるメッセージより、こういう時には「Keep Down」の呪文のほうが、精神安定剤としての効能があるのかもしれない。前向き礼賛・リア充歓迎な世間の風潮にちょっぴり疲れた人々にも、”陰キャロック” は案外オススメだ。

そういえば、以前やたら早く目が覚めた朝に、偶然見た『テレビ寺子屋』に出ていた、お笑い芸人の山田ルイ53世さんがこんなことを言っていた――

キラキラする義務なんてない

「HERMIT COMPLEX」も、山田ルイ53世さんの言葉も、陰キャ(?)な僕に「お前はお前のロックンロールをやれ!」と言うことを教えてくれているのかもしれない。そう考えると妙に合点がいくのだった。


※2020年4月10日に掲載された記事をアップデート

UP-BEATが切り拓いたジャパニーズロックシーンの礎

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2022.05.05
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カタリベ
1972年生まれ
古木秀典
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