5月25日

山下達郎の跳ねと揺れ「六本木PIT INN」で繰り広げられた伝説のライブ

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photo:tatsuro.co.jp  

編集部註:本カタリベが店主をつとめる、新橋にある粋な音楽BAR =『Re:minder stand RADIO』の再開を願った応援ファンディングがスージー鈴木氏により開設されています。ぜひ皆さまのご支援をお願い申し上げます。

六本木 PIT INNで録音されたライブアルバム「IT'S A POPPIN' TIME」


89年に発表された『JOY / TATSURO YAMASHITA LIVE』。山下達郎のライブアルバムは、長らくこの1作だけだと思っていた―― そんな私が『IT'S A POPPIN' TIME』に出会ったのは、達郎好きのマスターが営む新宿三丁目の BAR「JAKE」でのこと。

その夜、耳に入ってきたのは「WINDY LADY」の聴き覚えのないヴァージョン。レイドバック気味のリズムに、ディレイのかかったエレピが煌めく、なんとも艶っぽい演奏。そして、それに絡みつく達郎の甘い叫びと、呼応するサックス。オリジナルより私好みなその響きに、ついついお酒が進んだ。

録音は1978年。“RIDE ON TIME” 紀元前だ。そして驚いたのが、会場が六本木 PIT INN だということ。私の中では、90年代はじめにフュージョンを聴きに通っていた、たしか100席ほどしかないライブ箱である。駅から歩くと、東京タワーのオレンジ色の灯りがどんどん大きくなり、ライブへの高揚感を煽る。その道のりが大好きだった。

80年代の華やぎを迎える以前の大人の街六本木。当時このライブに集まった達郎ファンも、同じ灯りを見ていたのだろうか…。

イメージはダニー・ハサウェイの名盤「ライヴ」


のちにライナーを読むと、ダニー・ハサウェイの名盤『ライヴ』(1972)のようなイメージで、インプロビゼーションをメインに据えたアルバムにしたかったとあった。確かに、それを成し得るメンバーがズラリと揃っており、それぞれのソロも聴きどころ満載だ。中でも、ギター松木恒秀の一音を大事に絞り出し紡いでいくようなフレーズは、このアルバムの角を削ぎ落とし、やさしく包みこんでいるように聴こえる。

『JOY』との違いは、やはりハコの規模感だろう。ダニー・ハサウェイ『ライヴ』のB面を録音したニューヨークのライブハウス「ビター・エンド」は、キャパシティ200名強であるらしい。六本木 PIT INN も立ち見を入れるとそれに近づく。達郎が目の前で歌いプレイしているかのような生々しいサウンドと、オーディエンスのリラックスした空気感を録音できる勝算がここにあったに違いない。

そうしてこのアルバムを聴き込むにつれ、私を強烈に惹きつけるある理由に気付いた。それは、このアルバムの大半の曲のリズムが、跳ねていて、揺れていること、そう “シャッフル” の気持ち良さだった。元々の構造がシャッフルの曲はもちろん、8ビートも16ビートも、バラードまでが揺れているのだ。その快感に完全に魅了されてしまった。

村上 “ポンタ” 秀一が持ち込んだ、バーナード・パーディのシャッフル


78年の邦楽の音とはとても思えない切れ味の「ピンク・シャドウ」「SOLID SLIDER」。また、難しいミディアムテンポで色気のあるシャッフルを聴かせる「WINDY LADY」「素敵な午後は」。当時20代の青年らが一発勝負のライブでこれらをやってのけたと思うと、日本の音楽年表に書き記しておいた方が良いくらい、もう物凄いことだ!

村上 “ポンタ” 秀一氏の著書『自暴自伝』の中の一節。ポンタ氏は76年から約3年間、日本とニューヨークを行き来していたらしく、このような記述がある。「そういう時期に、ブレッカー兄弟やアンソニー・ジャクソン、後でグループ名をスタッフ(STUFF)に変えることになるゴードン・エドワーズ・クインテットの連中と仲良くなった。マイケル・ブレッカーがらみのレコーディングとか、もう数えきれないくらい遊びに行ったもん。スタッフがやったスティーリー・ダンの『エイジャ』ってアルバムのレコーディング現場とか、全部見たよ」。

なんと、この世のハーフタイム・シャッフルの中で私が最も愛する1曲「安らぎの家(Home At Last)」(アルバム『彩(エイジャ)』5曲目)の録音現場にポン太氏は居たのだった。この曲は、あのジェフ・ポーカロをして「僕はもう「安らぎの家」のグルーヴを自分のものにできたら死んでもいい」と言わしめたドラム界のレジェンド、バーナード・パーディによるものだ。この “パーディ・シャッフル” を目の当たりにした当時のポン太氏は、きっとそのグルーヴを再現しようと試みたに違いない。

時系列でいうと、その後間もなく行われた『IT'S A POPPIN' TIME』のライブ録音。このアルバム全体を牽引するビートの程良い揺れや、ディテールの練られたフィルインなど、当時の日本にはまだ存在しなかった、言わばリズムの “外来種” は、トップミュージシャンたちとセッションを重ねたポンタ氏が自身の肉体を通じて持ち込んだものであろう。

山下達郎の人生を決めたカーティス・メイフィールド


一方、山下達郎本人の “シャッフル” に対する思い入れが見られる口述がある。

「世紀の名曲でございます。シカゴのリズム&ブルースというのはジャズの影響がとても強いので、ロックやリズム&ブルースが全体的にエイトビートになっていた60年代でもスウィングし続けます。この「Back to the World」という曲もスウィングした、跳ねたビートでございました。これがミュージシャンを始めたばかりの私に強烈に響きまして、このアルバム、人生決まった一枚という感じがしております。」(『BRUTUS』2018年2月15日号、「山下達郎の Brutus Songbook 最高の音楽との出会い方」より引用)

カーティス・メイフィールドの「バック・トゥ・ザ・ワールド」(1973)についての記載である。達郎の初期の作品にシャッフルの曲が多いのは、ここに起因しているのではないかと思える。また気になるのが、このカーティスの71年のライブアルバム『ライヴ!』。こちらもニューヨーク「ビター・エンド」での録音であり、派手さはないが静かに揺れ続けるグルーヴが実に心地よい。カーティスのもとで修行を積んだダニー・ハサウェイも、シカゴソウルに傾倒した達郎も、ライブアルバムのひとつの理想形をここに見たのではないだろうか。

1978年3月8日、9日、今は無き六本木 PIT INN でくり広げられた伝説のライブ。音の細部を捉えた素晴らしい録音。このアルバムを聴くたびに、その場に居られた大人たちへ、憤りに近い嫉妬を覚えるのだった。


IT'S A POPPIN' TIME
ライブ録音メンバー
■ 山下達郎(lead vocal, g)
■ 村上 “ポンタ” 秀一(ds)
■ 岡沢 章(b)
■ 松木恒秀(g)
■ 坂本龍一(p)
■ 土岐英史(sax)
■ 伊集加代子(background vocals)
■ 吉田美奈子(background vocals)
■ 尾形道子(background vocals)



編集部註:本カタリベが店主をつとめる、新橋にある粋な音楽BAR =『Re:minder stand RADIO』の再開を願った応援ファンディングがスージー鈴木氏により開設されています。ぜひ皆さまのご支援をお願い申し上げます。

※2018年5月24日に掲載された記事をアップデート

2020.05.25
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  YouTube / Felipe Sanhueza
 

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