11月10日

待つ女性から会いに行く女性へ「クリスマス・エクスプレス」に見るすれ違いの日々

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photo:Warner Music Japan  

JR東海のCM「クリスマス・エクスプレス」と山下達郎の「クリスマス・イブ」


恋人たちにとって誕生日と同じくらい大切なイベント… それがクリスマス。普段会うことが容易ではない遠距離恋愛の恋人同士ならば尚更だろう。

そんな彼女と彼の切なさを題材にしたCMと言えば、JR東海のクリスマス・エクスプレス・シリーズをおいて他にない。1989年から1992年まで(事実上の第一作は1988年)毎年続けて作られた記憶に残る人気CMだ。このCMによって大ヒットした「クリスマス・イブ」は、もともと 1983年6月にリリースされた山下達郎7作目のスタジオアルバム『MELODIES』に収録されていた。

CM演出を担当した早川和良は、すでに絵コンテを描いている段階でこの曲に決めていたという惚れこみようで、まさか山下達郎自身もこんなことになるとは思ってもみなかっただろう… 同曲は、2018年12月のオリコン週間ランキング TOP100 で33年連続ランクインを記録したという。まさにグッジョブである。

ヒロインは深津絵里、牧瀬里穂、高橋里奈、溝渕美保、吉本多香美。それぞれのCM演出は?


さて、このクリスマス・エクスプレスのCMは、深津絵里、牧瀬里穂バージョンが特に有名だけれど、高橋里奈、溝渕美保、吉本多香美がヒロインのバージョンもあり、どれも恋人と会うまでの想いが見事に表現されている。

■ 1988年『帰ってくるあなたが最高のプレゼント』(深津絵里)
新幹線から降りてくるはずの彼を待つ女の子。ぞろぞろ歩く人混みが解けても彼の姿はなく不安になってゆく… と、ホームにある柱の陰から彼がムーンウォークで現れる。「バーカ…」と呟く彼女の口元がとても印象的だ。

■ 1989年『ジングルベルを鳴らすのは帰ってくるあなたです』(牧瀬里穂)
新幹線で地元に帰ってくる彼を迎えに走る彼女。焦るあまりコンコースで人にぶつかったり、謝った勢いで帽子を落としたりドタバタのまま改札口へ… そこで歩いてくる彼を遠目に発見する。柱の陰に隠れて驚かそうとする彼女が肩で息をするシーンに胸がキュンとする。

■ 1990年『どうしてもあなたに会いたい夜があります』(高橋里奈)
クリスマスイブの当日、彼に連絡が取れず意気消沈してトボトボと一人自宅に帰る彼女… すると、玄関ドアに彼からのメモが絆創膏で貼ってあるのに歓喜!このときのパーっと明るくなる表情が見どころ。ショーウインドウが伏線になっているのもいい。

■ 1991年『あなたが会いたい人も、きっとあなたに会いたい』(溝渕美保)
冒頭でリングの大きなイヤリングを落とす(悪いことを予感させる)ところが伏線。駅コンコースに飾られた大きなクリスマスツリーの脇で彼を待つ彼女。次々に再会する家族や恋人同士を横目にだんだん浮かない表情に… そうしてコンコースに誰もいなくなってしまう。ダメかも… と、その瞬間、彼女が付けたイアリングの大きな輪の中に彼の姿が写り込む。シリーズ中で一番凝った演出。

■ 1992年『会えなかった時間を今夜取り戻したいのです』(吉本多香美)
冒頭、証明写真を撮る「チーズ」がポイント。彼に会いに行くために新幹線に乗り込んだ彼女は車中でも “最高の笑顔” の練習を欠かさない。そうして新幹線はホームに到着… いざ彼を目の前にした瞬間、こらえていた感情が一気に溢れだしてしまう。

どうでしょう…?
1989年の牧瀬バージョンは、ACC CMフェスティバルのグランプリ受賞という栄冠や、フジテレビのバラエティー番組『とんねるずのみなさんのおかげです』で、とんねるずがパロディ化したので人気が高いのは周知の事実。

待つ女性から会いに行く女性へ、時代の変化に呼応した吉本多香美バージョン


でも、僕個人としては1992年吉本多香美バージョンが大好きなのだ。もうお気づきだと思うけれど、彼女だけが自分から彼に会いに行くんですよね。

“待つ女性” から “会いに行く女性” という女性の行動力や積極性は、80年代後半から顕著になった時代の変化であり、1991年フジテレビのドラマ『東京ラブストーリー』の赤名リカ(鈴木保奈美)によって完全に市民権を得たと思う。その強がりと健気さに女性らしさを存分に含めた物語を、たった60秒で表現した吉本バージョンは本当素晴らしい。最後涙声になった「チーズ」の場面を観るたび、僕も条件反射で涙ぐんでしまう。

ちなみに、シリーズ史上初めてヒロインの声が挿入されているけれど、この声は吉本多香美ではなくアフレコで富田靖子が担当している。さらに映像冒頭の証明写真 BOX から出た瞬間にぶつかる人物は、なんと山下達郎本人だったりする。何か言いたげな演技(笑)。

当時、1986年に販売が開始されたフジフィルムの『写ルンです』によって写真のハードルがだいぶ下がったものの、現像する作業が必要で、いまみたいなその場で楽しむアイテムには程遠い存在だった… ということで証明写真である。

この吉本バージョンでの証明写真の使い方って、いまでも有効な使い方ですよね。撮った写真をそのままメッセージカードに貼るというお洒落さ… 「明日になったらまた離れ離れになるけれど、この写真があるからね」というメッセージも含めているという、なんともロマンチックな演出。

僕も高校時代に付き合った彼女と証明写真BOX の狭いスペースに二人で入って写真を撮ったりしたけれど(二人の写真を現像に出すことすら恥ずかしかった)多分これってみんなが考えた方法で、1995年に登場した『プリント倶楽部』俗にいう “プリクラ” の原点なんじゃないかな? と思っている。

携帯電話がない時代…「待つ」ことは割とふつうだった


携帯電話がない時代… いまの若者にはわからない感覚だろうけど、連絡がつかないなんてことはよくあることで、約束の場所で待つことは割とふつうだった。

新幹線ではないけれど、僕もクリスマスイブ当日、昼間から暗くなるまで駅のホームで5時間くらい待ったことがある。僕は寒い中ずっと待ち続け、いざ彼女がホームに現れた感動的な瞬間に「と、と、トイレ行っていい?」と慌ててしまったけれど(笑)。

ただ、このときの僕は彼女が必ず来ると信じていたし、彼女も僕が必ず待っていると信じて疑わなかった。ユーミンの「シンデレラ・エクスプレス」じゃないけれど、あの時の数時間… 僕らは神様に試されたのかもしれないなぁ。

今の時代にフィットする「クリスマス・エクスプレス」を提案!


クリスマス・エクスプレスのCMは、携帯電話が普及して “すれ違わない” ことが日常になってしまい “今の時代には合わない” と判断されたようで、2000年に制作された特別バージョンが最後。でも、スマホで頻繁に連絡が取り合える今だからこそ、連絡のつかない不安がネタになると僕は思うんだけどなぁ。

たとえば、約束の日の朝に彼女はスマホを落として壊してしまう。ショップへ行き修理に出して代替機を借りるも、気がつけば彼の電話番号はわからない。Twitter も LINE も ID やパスワードがわからなくて連絡ができなくなる… とかあると思うんだよね。約束の時間になっても彼は現れない… 電車に遅れはないのに? どうして? なんで? と、めちゃくちゃ不安になるはずで、そこから先はお互いがお互いをどれだけ信じられるかに掛かってくる。LINE の既読が付かないだけで大騒ぎする現代のほうが、より一層不安感が増すかもしれない。

ということで、JR東海さん、電通さん、また観たいなぁ… クリスマス・エクスプレス。ラジオから「クリスマス・イブ」が流れるこの季節に、僕はいつも思うのです。

2019.11.28
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  Apple Music


  YouTube / nv850hd3
 

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カタリベ
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ミチュルル©︎たかはしみさお
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