山口百恵のド迫力ヴォーカル「ロックンロール・ウィドウ」
私は75年生まれの割には、80年辺りからリアルタイムで覚えている曲が多いのだが、山口百恵に対する記憶は、リアルタイムではギリギリで、引退以降、テレビでよく流れた「懐かしの~」的な番組を見ての記憶の方が、恐らく強い。
彼女の歌を意識して聴くようになったのは小学校高学年~中学生辺りで、レンタルレコード(CD)店に足繁く通うようになってからである。ベスト盤を借りて聴いていたので、その頃から「最初の頃と引退間際では歌の上手さが全然違うな~」と思っていた。また、「さよならの向こう側」が好きで、カラオケで最後に歌うのにも持って来いの曲なのでよく歌ってきた。
彼女が「さよならの向こう側」をファイナルコンサートで最後に歌い、マイクを置いたことはあまりにも有名だが、その直前のシングル、「ロックンロール・ウィドウ」のド迫力ヴォーカルには聴くたびに度肝を抜かれる。
私が、この曲を意識して聴き込んだのは、現在に近く2013年のことだった。私自身、ライブ活動をしており、その際にいつもテーマを決めて選曲している。6月9日。この日は “ロックの日” だったので、セットリストの1曲に、この「ロックンロール・ウィドウ」を選んだのだ。小中学時代とは違い、歌の訓練を続けてきた私の耳に飛び込んできた、彼女のヴォーカルの “すごさ” に、驚愕した。
未完成期から超熟成期まで、歌唱力の変遷を追う
その “すごさ” を語る前に、それまでの彼女の歌唱力をたどってみる。以前に書いた
『中森明菜「ミ・アモーレ」熟成直前、その歌声の魅力』での中森明菜と同じく、その変遷を段階分けしてみた。今回は6段階。
①未完成期 ②成熟前夜期 ③成熟期 ④熟成前夜期 ⑤熟成期 ⑥超熟成期
この段階分けは完全なる個人見解だが、今回は最初に自分の耳だけで分析した後、制作ディレクター川瀬泰雄による著作『プレイバック制作ディレクター回想記』を入手できたため、“答え合わせ” をしてみた。
変化の時期や、各曲の歌に関する注目すべき点で、詳細の表現は違えど、大枠の一致を確認できたので、臆することなく書かせていただく。
①未完成期:幼さが目立ったデビュー曲「としごろ」
デビューのきっかけである『スター誕生!』では、審査員の阿久悠に「君は、青春スターの妹役みたいなものならいいけど、歌は… 諦めた方がいいかもしれないねぇ」と言われている。
確かに、デビュー曲「としごろ」から6曲目「ちっぽけな感傷」までの歌唱力は、下手ではないが幼さが目立ち、上手いとは言えない。ちなみに、阿久悠の著書には上記の発言に対する真意(言い訳?)が書かれており、この件に関しては、また別の機会に触れてみたい。
②成熟前夜期:大きな変化は7枚目のシングル「冬の色」
最初の大きな変化は7枚目シングル「冬の色」で見られる。それまで、口の前方だけに響いていた歌声が、喉の奥から頭全体に響く歌唱法に変わりつつあるのだ。
この時点で、深い響きを出せる歌唱法としては変化の入り口だが、この曲のレコーディングの際、自ら3パターンの違う歌い方を用意してきたと、彼女を担当していたプロデューサー酒井政利が自身の著作の中で語っている。この時、弱冠15歳。
③成熟期:ミドルボイスを会得、シングル「ささやかな欲望」~「赤い運命」
10枚目シングル「ささやかな欲望」。この時点でミドルボイス(詳細は
『大橋純子&美乃家セントラル・ステイション、ブレイクへの礎となった隠れた名曲』を参照)が会得できていて、サビでは中高音域での綺麗で声量のあるロングトーンが聴ける。
川瀬氏に、全てにおいて細部の表現まで、既に “完璧” と言わしめている。14枚目シングル「赤い運命」では、より深い伸びやかなビブラート表現が出てくる。大人びた “聴かせる” 歌声に成長している。
④熟成前夜期:傑作の誕生「横須賀ストーリー」
ここまでの間に、既に14枚ものシングルを発売していたことに今回驚いた。山口百恵と言えば、言うまでもなく宇崎竜童・阿木燿子との出会いが大きい。大きいどころではなく、この出会いによって生まれ変わった。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「涙のシークレット・ラブ」を聞いて鳥肌が立ったという、彼女の強い希望がきっかけで、宇崎・阿木コンビとの縁が始まった。彼女は、少女から大人の女性に成長する過程で、男性の作詞家目線で描かれた、少女心理の世界を歌う事にストレスを感じていたのだ。実際、阿木燿子の歌詞を宇崎竜童によって歌われたデモテープを聴いた彼女は、「初めて自分の歌ができあがったと思った」と言ったという。
宇崎竜童の得意な、こぶしが似合う和風ロックと出会ったことで、この曲から、“こぶし” や “しゃくり(実際の音より少し下から音を出し始める手法)” などの技術が身に着いている。ただ、この技術も、この運命の楽曲に出会う前に、14曲ものシングルを経て、歌唱力のベースができていたことで、成り立ったものだ。
まさに、タイミングである。歌手と作家との相性が、いかに歌手を原石から宝石に光らせるか、楽曲を引き立たせるか… を左右するということがわかる。しかし、それと同時に彼女の歌への向上心と努力によって、この「横須賀ストーリー」(編曲:萩田光雄)という傑作が生まれたのだ。この時、まだ17歳。
⑤熟成期:歌声に色気、柔らかで幸せな世界観「夢先案内人」
「夢先案内人」では、その歌声にさらに色気が入ってくる。彼女には珍しいメジャーコードで、柔らかで幸せな世界観も完璧に表現している。「♪ Wink and Kiss~」 の色気がたまらない。その後の楽曲でも、宇崎・阿木コンビによる、ザ・山口百恵ワールドが広がり、細かな技術会得が積み重ねられていく。
⑥超熟成期:百恵の最高傑作? B面曲「曼珠沙華」は外せない
B面曲ではあるのだが、「曼珠沙華」は外せない。ここから声の深みが最高潮に増してくる。元々同タイトルのアルバム収録曲であったが、あまりの出来の良さに「美・サイレント」のB面に収められることとなった。
川瀬氏も “百恵の最高傑作” と言い切っている。この曲の世界観を表す迫力がすごい。サビの声量は、とにかく圧巻。そして、声量があるのにピッチが安定していて、歌声にブレがない。理想的な呼吸法が確立されている。盛り上がる部分のロングトーンで、若干シャープ(#)するのがまたよい。
6段階を経て身につけた「ロックンロール・ウィドウ」の姉御シャウト
ここで、ようやく「ロックンロール・ウィドウ」(阿木&宇崎&萩田チーム)の話に戻れる。この曲の歌唱力の “すごさ” は、ここに至るまでの、彼女の歌との真剣勝負が生んだもので、その過程抜きには語れないのである。
この時点で、総合的な表現力において、この上なく完璧な域に達している。声量がとにかくすごい。「プレイバックPart2」で身に着けた “ドス” も、各段に違う。巻き舌も出現、ドスに拍車がかかる。
そして、新たな武器として、“シャウト” が出てくる。聴き心地のいいシャウト… というのも変な表現だが、歌唱力を兼ね備えたシャウトなので、聴いていて気持ちがいい。まさに、「♪ シャウト “聴く” のがエクスタシー~」である。この時点で彼女は結婚経験すらないのに、ウィドウと思わせるほどの、21歳のド迫力の歌唱力、「ついていきます!」 と言いたくなるシャウトに “姉御シャウト” と名付けたい。
大人にならざるを得なかった山口百恵の “覚悟” と歌に対する “情熱”
現代の10~20代のアイドルに比べ、昭和のアイドルは大人っぽいという印象があるが、山口百恵は際立っている。デビュー当初は見た目的には年相応の幼さもあるが、彼女が醸し出す大人びた雰囲気は、生い立ちから想像するに、大人にならざるを得なかったのだと思う。
私は、今回彼女の歌声を追って、10代の “女性” の成長・変化に感動せざるを得なかった。同時に、引退に向かって勢いを増していく職人的な仕事ぶりに、様々な “覚悟” が滲み出ていて切なくもあった。しかし、彼女の歌への情熱は、純粋に歌が好きだという思いもあったことに安堵した。
73年5月21日、「としごろ」で13歳にデビューし、翌シングル「青い果実」で、「♪ あなたが望むなら 私何をされてもいいわ~」と歌っていた少女。その7年後、21歳の女性となり、80年の同じく5月21日、「ロックンロール・ウィドウ」で、「♪ 私あなたのママじゃない~」とシャウトしているのだから、同性としては痛快であると同時に、覚悟を持った女性の変化には凄みがあると、同性ながら恐れ入る。
こうして山口百恵は、引退後、表舞台には一切顔を出さず伝説となった。主婦という職人になった彼女に復帰は望まないが、プライベートでは、夫の三浦友和や主婦仲間と一緒にカラオケに行き、自分の歌を歌うという。個人的には、彼女の幸せな状態下にある現在の歌声も聴けるものなら聴いてみたい。
*おまけ*
21歳の山口百恵の、“ウィドウ” 経験がないとは思えないド迫力歌唱には到底及ばないが、2013年当時37歳の、“ウィドウ” 経験がある私がカバーした「ロックンロール・ウィドウ」にご興味がある方はこちらもどうぞ。
引用・参考文献
■ 「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 夢を食った男たち(阿久悠 / 文春文庫)
■ プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡(川瀬泰雄 /学研プラス)
■ 誰も書かなかった昭和スターの素顔(酒井政利 / 宝島SUGOI文庫)
■ 蒼い時(山口百恵 / 集英社文庫)
※2019年5月21日に掲載された記事をアップデート
2020.05.21