5月21日

サザン「いなせなロコモーション」:スージー鈴木の OSAKA TEENAGE BLUE 1980 vol.6

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OSAKA TEENAGE BLUE 1980~vol.6

■ サザンオールスターズ『いなせなロコモーション』
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:サザンオールスターズ
発売:1980年5月21日


1980年、スイミングスクールに通う憂鬱な夏が始まった


1980年の夏休みは中2の夏休み。僕は憂鬱な気分だった。

満足に泳げない僕のことを案じた母親が、近所の市民プールで開かれているスイミングスクールに、僕を入れることにしたのだ。

「スイミングスクール」と今風に言い換えてみたが、当時の言い方は「水泳学校」。一部では「水練学校」とも呼ばれていた。当時の僕は、この「水練」、とりわけ「練」の響きを、なんだか軍隊的に感じて、とても嫌だった。

スクールの開催期間は、7月、夏休みに入ってすぐの月曜日から、土日を抜いて2週間、つまりお盆前までの平日10日間。その午前中。

「泳げない」ということが、特に男子にとっては致命的な欠陥のようにされていた時代のことだ。幸いにして、僕の中学校ではそんなことはなかったが、臨海学校のプログラムとして、海に放り込まれて遠泳をさせられる学校も多いと聞いていた。

小学生と中学生が対象のスクールで、まったく泳げない子が集まる、いちばん下級のクラスに僕は入れられた。もちろん、クラスには小1もいる。ひと回り違うチビたちと、一緒に行動しなければいけないことにもげんなりとした。

憂鬱な夏が始まった――。

生徒は全員、白い水泳帽をかぶる。そしてクラスが上がっていくたびに、白い水泳帽をくるっとひと回りする赤く細い線を縫い付ける。つまり、赤い線が多ければ多いほど、長い距離が泳げる「優等生」ということになる。

逆に言えば、中2にもなって、線が1つもない真っ白な水泳帽をかぶっている僕など、明らかに「劣等生」だ。

塩素臭漂うプールから見上げた8月の太陽


憂鬱ではあったが、初日、少し気が晴れることがあった。コーチのような人が、模範演技を見せてくれたのだ。

最下級クラスの目標は、約12メートルを泳ぎ切ること。25メートルのプールを縦(25メートル)ではなく、横切る距離なので、こんな中途半端な距離になっている。

コーチが、その約12メートルを、ゆっくりゆっくり、美しいクロールで泳ぐ。美しいフォームで、美しい息継ぎで、すーっと、すーっと、歩くように泳ぐ。20秒ほどかけて、そのコーチは向こう岸にたどり着く。

生徒から拍手が起こる。僕も無心に拍手をした――「なんだか泳げそうな気がする」。

ただ、コーチの模範演技で気が晴れたのも一瞬で、基礎的な練習が毎日毎朝続くのに閉口した。小学校低学年の連中と一緒に、手をつないで水に潜るようなメニューをこなしているときには、自我が崩壊しそうだった。

こんなことをしていて、たった10日間で、あんな感じで、すーっと、すーっと泳げるようになるのだろうか。

1980年夏、うだるような猛暑の大阪。空から降り注ぐ強烈な陽差し。練習の合間に、塩素臭漂うプールの中から、燃え盛る太陽を見上げる。

夏はまだか。夏休みはまだか。13歳、真夏の青春はまだか――。

サザンオールスターズ「いなせなロコモーション」の歌詞に並ぶカタカナ


毎朝、自転車でプールに向かうときに口ずさむのが、サザンオールスターズ『いなせなロコモーション』だった。

小6のときに『勝手にシンドバッド』に驚いて、中1になる前に『いとしのエリー』にまた驚いた僕だったが、その夏、いちばん好きなのは『いなせなロコモーション』だった。

これぞ “ロックンロール” というのだろう。調子よくぐんぐんドライブする音が気持ちよかった。しかし、さらに僕をとりこにしたのは、歌詞に出てくるカタカナの固有名詞が、まるで分からないことだ。

―― ロコモーション、コニー・フランシス、ドリス・デイ、マッシュ・ポテト、シュープリームス、ポール&ポーラ、ジョニー・エンジェル、ヴァケイション、フランキー・ヴァリ、ビーチ・ボーイズ、グッド・ヴァイブレーション……

分からないところがいい、というのは、中2ならではなのかもしれない。それも当時の、洋楽が偉かった時代の。つまり、これらの、おそらくは洋楽オールディーズに関するキーワードは、音楽通の大人へのゲートウェイになのだから。

この謎の呪文のようなカタカナを全部覚えればかっこいい。この謎の呪文のようなカタカナを全部覚えれば大人になれる。この謎の呪文のようなカタカナを全部覚えれば―― こんな小さなプールに閉じ込められた閉塞感から飛び出すことができる!

『いなせなロコモーション』を歌いながら、僕はプールに通い詰めた。意味が分からないカタカナの固有名詞含めて、歌詞は完全に暗記した。そして、少しずつ水が怖くなくなり、息継ぎはまだまだ不安なものの、何とか12メートル、泳げそうな手応えを感じてきた。

明日は最終日、いよいよ12メートルを泳ぎ切る試験の日だ。

思いついた作戦、サビを心の中で歌って泳ぎ切ろう


試験前日、僕はいいアイデアを思い付いた。

焦ると、泳げるものも泳げなくなるだろう。できれば、初日に見たコーチの模範演技のように、すーっと、すーっと、ゆっくり、余裕を見せながら泳ぎたい。しかし、水への恐怖心によって、途中から焦り出す可能性が高い。

どうすればいいか。そうだ。焦らないように、気を紛らわすために、『いなせなロコモーション』を心の中で歌いながら、泳げばいいのではないか。

そう言えば、「♪あなたとドリス・デイ」から始まるサビを計ったら、だいたい20秒くらいのようだ。このサビを心の中で楽しく歌っているうちに気も紛れて、12メートルなんて余裕で泳ぎ切れるのではないか―― 我ながら、いいアイデアだ!

寝る前に、再度、「ドリス・デイ」「マッシュ・ポテト」「シュープリームス」という固有名詞が並んだサビの歌詞をおさらいして、ベッドに入った。

決戦は、明日、金曜日――。

そして当日。試験は年齢順だ。小学生から泳いでいく。飛び込みではなく、プールの中から、壁を蹴って泳いでいく。

ひと回り違うチビたちが、どんどん合格していく。途中で底に足を付いてしまうヤツもいるが、ごくごく僅かだ。中2のお兄さんが失敗するわけにはいかない。

人生でいちばん長かった20秒、そして始まる13歳の夏


最後の最後、いよいよ順番が回ってきた。僕の番だ。コーチの笛が聞こえるやいなや、すぐに壁を蹴った。

ポーンと身体が水の中で伸びた。

――「♪あなたとドリス・デイ」

気持ちに余裕がある。コーチほどではないにしろ、多分、なかなかきれいなクロールになっているはずだ。

プールの底も見えている。そして、顔を前に向ければ、ゴールとなる向こう側の壁もしっかりと見える。大丈夫だ。まだ息継ぎは要らない。

――「♪踊ろよマッシュ・ポテト」

安定感は続く。「マッシュ・ポテトって、そもそも何なんだ?」と考える余裕すらある。

進め、僕よ、進め。

――「♪お父つぁんもお母さんも お出かけ二人きりなの」

4メートル、そして6メートルを示すラインも越えた。あと数メートルで、親が出払っている女の子の自宅に、もしかしたらお呼ばれするかもしれない青春の夏が待っているかもだ。

よし、じゃあ、せっかく何度も練習したのだから、ここで1回息継ぎをしてみよう。

――「♪あの頃シュープリームス」

そのとき異変が起きた。息継ぎに失敗したのだ。

「♪あの頃シュープリームス」の「シュ」のところで、まさに「シュッ」という音を立てて、鼻に水が入った!

――「♪誰かれポニーテール」

ポニーテールの女の子のことを思い浮かべる余裕もなく、息が苦しい。水の中で目を閉じる。目の前が真っ暗になる。

鼻の奥がツーンと痛い。息が苦しい。もう余裕がない。

きれいなクロールだったはずだったフォームは、今や溺れているように見えているのではないか。

――「♪女になるのが嬉しや悲しや Teenage Dream」

もう何がなんだか分からない。目を閉じているから、向かっている方向も分からない。こうなったら、とにかく腕も脚も総動員して、何でもいいから、身体をバタバタと動かそう。それしかない。

壁に届け! 壁に届け!

バタバタバタ。

――「♪Wow Wow Wow」

ドーン!

腕と頭が、何かにぶつかった。

ぶつかったのは―― プールの向こう側の壁、ゴールの壁だ。

「ピー!」

コーチの笛が鳴った。

「合格!」

おお、やった、合格したんだ! これまでの人生で、いちばん長い20秒が終わった。底に足を付いた。空を見上げた。突き抜けるような8月の青空が広がっている。

空が突き抜けるという感覚を、その後の人生で何度か味わっているが、あれほどに突き抜けた青空は、その後、もう二度と味わっていない。

人生でいちばん長い20秒の次は、青空に包まれた13歳の夏が、明日から始まる。青空に包まれた夏、青い夏。けれど、人はそれを青い春と呼ぶのだろう――。

タイトルに使われた「ロコモーション」の意味


『いなせなロコモーション』をプールの中で歌ったあの奇妙な夏から、少しずつ洋楽にハマっていき、あの歌詞に出てくるカタカナの固有名詞を、僕は一つひとつ理解していった。

加えて、タイトルに使われた「ロコモーション」という言葉について、「ロコ」に「クレイジー」「狂った」のような意味があることから、「ロコ+モーション」が「クレイジーな動き」という、少しばかり野卑な使われ方をすることもある言葉だということも知った。

「クレイジーな動きって、まさにあの夏、あのプールの中の僕じゃないか」―― そして、後の人生で、『いなせなロコモーション』を聴いて、僕は何度か思い出し笑いをした。

なお、最後に付け加えておけば、スクールはその日で終了、翌年は受験やら何やらで参加しなかったので、結局、僕の白い水泳帽に、赤い線が縫われることはなかったのだ。

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2022.01.16
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Baliみにょん
美しいフォームを頭の中でイメージし、身体の力を抜く為に、アタマの中で歌う。実際のスポーツだけでなく、生き辛くなった時これまで何度も歌って来たのを思い出した。そして空を見上げた。胸に込み上げる思いのプレイバック。
2022/01/16 09:19
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カタリベ
1966年生まれ
スージー鈴木
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