11月21日

みんなのブルーハーツ「キスしてほしい」黄金の循環コードと直球フレーズの裏にあるもの

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みんなのブルーハーツ ~vol.7

■ THE BLUE HEARTS『キスしてほしい』
作詞:甲本ヒロト
作曲:甲本ヒロト
編曲:THE BLUE HEARTS
発売:1987年11月21日(アルバム『YOUNG AND PRETTY』)

歌い出しの「♪トゥー・トゥー・トゥー……」にまつわるエピソード


この、初期ブルーハーツを代表する1曲について、とりわけ歌い出しの「♪トゥー・トゥー・トゥー……」について、忘れられないエピソードがある。

浅草キッド・水道橋博士の名著『藝人春秋』(文春文庫)に記されていたもの。知る人ぞ知る事実として、甲本ヒロトと博士は、岡山大学教育学部附属中学校の同級生なのだ。



「岡山大学教育学部附属中学校」―― このものものしい名前から想像される通りに、歴史と伝統のある名門校らしい。博士は同書にこう書いている。

―― ボクたちが通っていた岡山大学教育学部附属中学校は、当時の田舎では珍しい「中学受験」をしているエリート校だった。制服の詰襟のホックを外しただけで不良と呼ばれるような校風。

セカンドアルバム『YOUNG AND PRETTY』は、真島昌利による『ラインを越えて』『チェインギャング』の2曲によって記憶される作品だと思う。自らを「チェインギャング」と規定した自我が突きつける切っ先鋭い言葉のナイフが、未だに心に刺さり続けている人も多いだろう。

対して、甲本ヒロトは、この曲や『英雄にあこがれて』を差し出す(併せてファースト収録の『少年の詩』も参照されたい)。主人公は一見普通の若者だ。明るくて、前向きで、学校にもちゃんと通っていそうな、つまりは真島昌利作品の主人公にはなり得ないキャラクターの歌。

そんな「一見普通の若者」が『英雄にあこがれて』では、とんでもないことをしでかすのだが、それについては次回語るとして――。

私は、甲本ヒロトが「一見普通の若者」を描くことに、「田舎」の「エリート校」出身という事実が、けっこう影響していると考えるのだ。そして「田舎のエリート」と「東京のチェインギャング」という対照的な両輪こそが、ブルーハーツという設計図のキモのように感じるのだけれど。

話を戻す。『藝人春秋』によれば、「入門して2年目」の水道橋博士が、これまた同じ中学の同級生である「亀山くん」と仕事で出会う。打ち上げの居酒屋で亀山くんは博士にこう言う。

「俺たちの代で、芸能界とか音楽の世界に行ったのは、小野(ボクの本名)と甲本(こうも)ったん(ヒロトの仇名)だけだよ」

対して、博士はこう返す。

「お笑い芸人もゴマンといるけど、音楽のバンドなんてそれ以上いるわけだし、甲本ったんがどんなバンドやってるか知らないけど、そんなの絶対売れないから辞めたほうがいいよぉ!」

ちょうどそのとき、居酒屋のBGMから流れ出てきたメロディ――「♪トゥー・トゥー・トゥー……」

亀山くん「あぁ! 甲本ったんの曲じゃあ」、博士「嘘ぉおお――!」

実は博士、『キスしてほしい』を知っていただけでなく、何とレコードも持っていたのだ。ただ、「♪トゥー・トゥー・トゥー……」を歌うボーカル、そして、この曲を作ったのが、あの恐るべき同級生だとは知らなかったのだ。

博士「さっきの発言撤回するよ!」

「♪トゥー・トゥー・トゥー……」というメロディとともに、東京に出てきた「田舎のエリート」たち2人が、ぐんぐんと夢に近付いていく。



ポジティブ直球フレーズ「生きているのが すばらしすぎる」


『YOUNG AND PRETTY』の頃のブルーハーツは、ファーストアルバムの頃のような、つまらない批判や否定を、徐々に受けなくなっていたと思う。いや、もしかしたら、まだ批判・否定されていたのかもしれないが、私には見えにくくなっていた。

批判や否定を繰り返していたコアなロックファンの一部が、ブルーハーツの凄みにいよいよ気付き、寝返って彼らのファンになったこともあろう。

また、私のような、あまり凝り固まっていない意志薄弱な音楽ファンは、単純に「あ、なんか新しいかも!」と思い、CDレンタル店で『YOUNG AND PRETTY』を借りて、下宿の中でひっくり返りながら聴いていた。

そんな寝返りコア層と意志薄弱層の両方に、『YOUNG AND PRETTY』で強調された真島昌利の存在は、強く影響を与えたはずだ。

つまり「田舎のエリート」と「東京のチェインギャング」の両輪を併せ持つこと、「田舎のエリート」が「東京のチェインギャング」を引き連れる「鬼に金棒」感。この両輪が相乗効果を持ちながら高め合って、ブルーハーツは、「バンドブーム」などという吹けば飛ぶような小さな枠組みを超えた存在になっていく。

そこに投げ込まれた「♪生きているのが すばらしすぎる」というフレーズ。

甲本ヒロトという「田舎のエリート」ならではのポジティブ直球フレーズだ。「C-Am-F-G」(原曲キーはA)という、ポップスのお手本のような循環コードの中で叫ばれることによって、一点の曇りもなく、いよいよツルツル・ピカピカに輝き出す。

しかし、そんなポジティブ直球が投げこまれても、私たち聴き手は、表面的に薄っぺらく捉えることはなかった。ちゃんとそこに甲本ヒロトの屈折が潜んでいることを感じ取ったからだ。

ブルーハーツは、もうそんな存在になっていた。その後、やたらと盛り上がる表面的で薄っぺらい「がんばろう系ソング」との別格化に、すでに成功していたのだ。

この「♪生きているのが すばらしすぎる」の前に添えられるフレーズもいい――「♪はちきれそうだ とび出しそうだ」。何が「はちきれ」るのか、何が「とび出」すのか、さっぱり分からない。さっぱり分からないのだけれど、この「はちきれ」て「とび出」すものに、甲本ヒロトの、そしてブルーハーツ4人の屈折がつまっていることを、私たちは知っていた。

屈折を超えて、満面の笑顔で今夜、街に出よう――。

この「ポジティブさの裏に込められた屈折」について、水道橋博士の師匠、つまりビートたけしが見事に言い当てている。博士著『藝人春秋』より、ファースト収録の甲本ヒロト作品『少年の詩』を聴いて、たけしがこう言ったという。

「やっぱりよぉブルーハーツは哀しいなぁ。ロックバンドで売れる直前なのか、わかんないけど、なんか哀しいトコあるんだよな。歌も哀しいな。これは絶対ビンボーしてるっていうかさぁ、でもなんか光るなぁっていうのがあるじゃない」



哀愁という名の七味唐がらし、「終わる事などあるのでしょうか」


この『キスしてほしい』は3番でいよいよ盛り上がる。甲本ヒロトの歌うメロディは音程が上がり、梶原徹也のドラムスは「♪タラララッ」というロールを加えて最高潮。

そして曲は、あっという間に終わる。「あっという間」といっても、曲の尺は3分15秒ある。短尺化が進む令和のヒット曲と比べたら、特に短いというわけではないかもしれない。ただ私の体感での尺は2分台だ。言い換えれば、これほど短い3分15秒は珍しい。

そして、全体を聴き通して、もっとも印象に残るのが、2番の最後で歌われる「♪終わる事などあるのでしょうか」ではないだろうか。なぜなら、このパートの歌詞とコードの絡み付きが絶妙だからだ。

まず歌詞。同じコード、メロディで歌われる1番の「二人が夢に近づくように」に比べて、「終わる事などあるのでしょうか」には哀愁が潜んでいる。もっといえば「どんなモノ・コトにも『終わる事』が必ずある」ということを強く匂わせている。

そんなセンチメンタルな気分をさらに高めるのがコード進行。先に述べたように「C-Am-F-G」という「ポップスお手本進行」が延々続く曲の中で、このパートだけ「F-G-C-Am」と、コードの順番を入れ替えている。

「C-Am-F-G」と「F-G-C-Am」。ちょっとでもコードをかじっている人なら分かると思うが、印象はかなり異なる。後者、つまり「♪終わる事などあるのでしょうか」の進行の方がマイナーコード(Am)で終わる分、読後感が少しばかり哀しいのだ。

何度も話に出して恐縮だが、ファースト収録『少年の詩』でも似たコード進行が使われる。それは「♪少年の声は風に消されても」の部分で、コードは「F-G-Em-Am」(原曲キーはF)と、「F-G-C-Am」に比べて3つ目もマイナーコードになっている分、より強く哀愁を漂わせる。

ここで私は気付くのだ。ビートたけしの言う「やっぱりよぉブルーハーツは哀しいなぁ」の「哀しさ」は、この「♪少年の声は風に消されても / F-G-Em-Am」から発しているものではなかったかと。

そして『キスしてほしい』の「♪終わる事などあるのでしょうか」も同様に、歌詞とコード進行が絡み付いて、ポジティブ直球なこの曲に、哀愁という名の七味唐がらしを散りばめる効果を果たす。

「田舎のエリート」と「東京のチェインギャング」をつなぐもの


結果――『キスしてほしい』をノリノリで聴きながら、最後には心の中に何か、ジャリッとした何かが残る。握りつぶすと「どんなモノ・コトにも『終わる事』が必ずある」という哀愁の匂いがぷーんと漂うような。

例えば私は当時、「レコードを買い集めては聴きまくる呑気な生活も、就職活動が始まるまでの1年ちょっとで終わるんだぁ」と思いながら、そして「ブルーハーツという、この冴えたバンドもいつか終わるんだぁ」と思いながら、この曲を聴いていた。

「田舎のエリート」と「東京のチェインギャング」をつなぐものは、哀愁だったのだ。つまりブルーハーツは哀愁だったのだ。でも、そのせいか、「終わる事」ばかりの中で、令和の世まで決して終わらないものがひとつだけあった。それは、哀愁で強くつながれた甲本ヒロトと真島昌利の絆である。

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2023.01.15
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カタリベ
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