11月21日

みんなのブルーハーツ「チェインギャング」サム・クックを敬した80年代ゴスペルソング

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ブルーハーツのアルバム「YOUNG AND PRETTY」がリリースされた日(チェインギャング 収録)
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みんなのブルーハーツ ~vol.6

■ THE BLUE HEARTS『チェインギャング』
作詞:真島昌利
作曲:真島昌利
編曲:THE BLUE HEARTS
発売:1987年11月21日(アルバム『YOUNG AND PRETTY』)

「チェインギャング」


今聴いてもかなりヒリヒリする歌だ。自己批判の歌のようにも聴こえるし、それでも希望の歌という感じもする。

まずはタイトル「チェインギャング」。私は長らく、この言葉の意味を知らなかった。

元ネタはサム・クックの曲のタイトルだ(60年)。鎖に繋がれて肉体労働をする囚人を当時「チェインギャング」と呼んでいたらしく、黒人シンガーであるサム・クックが歌うということは、そのチェインギャングの多くは、迫害された黒人ということになるのだろう。

「ひとすじ縄では行かない」と思う。この連載であらためてブルーハーツの歌詞に触れて、例えば、先行して取り上げた『パンク・ロック』で「僕 パンク・ロックが好きだ」と歌うことで、意識的な洋楽ファンから批判を浴びながら、一方ではサム・クックのタイトルを堂々と引用している。

洋楽や、洋楽史との距離感が、独特かつ絶妙で「ひとすじ縄では行かない」。

単なる洋楽否定でもなく洋楽信奉でもない。その距離感の結果は、マニアではない普通の音楽ファンを吸引しながら、段階的に意識的な洋楽ファンの態度をも軟化させていくという、ブルーハーツならではの成りあがり方につながっていくのだが。

当時出来立てのFM局だった埼玉の「NACK5」で『ブルーハーツのしおり』という、たった10分の番組があり、その書き起こしが本になっている。タイトルは『ブルーハーツのしおり』『ブルーハーツのしおり ひと夏の経験編』(共に角川書店)。

その中に書かれている選曲を、パラパラと拾っていくと、洋楽に対するメンバーの知識量と雑食性に驚かされる。いわゆる「バンドブーム」の中で、ブルーハーツとユニコーンだけが抜きん出ることができたのは、洋楽への深いリスペクトがあったからではないかと思ってしまう。

『ブルーハーツのしおり』において、サム・クックは4曲、選曲されている。

・ユー・センド・ミー(89年2月2日)
・ワンダフル・ワールド(9月15日)
・チェインギャング(9月22日)
・ツイスティン・ザ・ナイト・アウェイ(9月26日)
(『別冊宝島681 音楽誌が書かないJポップ批評20 ブルーハーツ』-宝島社-に選曲リストあり)

紹介の仕方は、例えばこんな感じ。先の『ブルーハーツのしおり ひと夏の経験編』より引用。

甲本 はい、きょうきいていただいた曲は、サム・クックの「チェインギャング」。サム・クックのお父さんと、サム・クックが一緒になって作った曲やね。
真島 うん。
甲本 同じタイトルの曲がブルーハーツにもあります。
真島 まねしたの。まね。
甲本 そうそう。「チェインギャング」でした。それでは、また来週。

と、サム・クックについての豊富な知識を、さらっと話している。

また、今年発売された、真島昌利のレコード遍歴を記した変わった本『ROCK&ROLL RECORDER』(ソウ・スウィート・パブリッシング)の中でも、サム・クックの『ゴールド・デラックス』というレコードが取り上げられている。



ブルーハーツとユニコーンは洋楽リスペクトで共通していると書いたが、違いがあるとすれば、「洋楽性」を屈折した形で表明しがちだったユニコーンに対して、ブルーハーツの方が洋楽からの影響をストレートかつピュアに打ち出していることだ。例えば「チェインギャング」というタイトルをそのまま引用するように。

となると、「パンク・ロックが好きだ」と「チェインギャング」は矛盾せず、洋楽へのストレートかつピュアなリスペクトという点で共通していく。共通して、拡大して、その結果ブルーハーツは、僕らの中で、いよいよ大きな存在へと成りあがっていったのだ。

「キリストを殺したものは そんな僕の罪のせいだ」


ここでまた、コード進行とメロディに着目したい。相変わらずのシンプル上等、『終わらない歌』と張るほどの。

使っているコードはほとんど【C】【F】【G】だけ(キー:C)。『ラインを越えて』と対をなすこの曲だが、前回触れたように、ニュアンスの強い循環コードを使っている『ラインを越えて』に対して、こちらではファーストアルバムへの原点回帰という感じがする。

ただ、いかにもパンクな『終わらない歌』に対して、こちらの方には、文学性・アート性のようなものを感じるのは、私だけだろうか。そして、その秘密はメロディにあると考える。

「♪仮面をつけて生きるのは 息苦しくてしょうがない どこでもいつも誰とでも 笑顔でなんかいられない」の部分のメロディに注目していただきたい。見にくいかもしれないが、階名で書く。

(仮面をつけて生きるのは)
・ファファファファ・ファファファファ・ファファソー・ファ
(息苦しくてしょうがない)
・ミミミミ・ミミミミ・ミミファー・ミー
(どこでもいつも誰とでも)
・レレレレ・レレレレ・レレミー・レ
(笑顔でなんかいられない)
・ドドドド・ドドドド・ドドドレー・ド

よく見れば、同じ音列を、全音(1段目から2段目は半音)下げながら繰り返しているのだ。そのせいか、(妙な表現だが)造形的な美しさを示している。

想起するのは、賛美歌の『グローリア』(Angels We Have Heard on High)だ。山下達郎もカバーしていて、ヤマザキ・クリスマスケーキのCMでもよく流れている、あの有名曲。

中間部の「♪グローーーーーリア」のパートの音列は、

(グローーー)
・ソー・ラソファミ
(―――)
・ファー・ソファミレ
(―――)
・ミー・ファミレド
(――リア)
・レー・ラシ

こちらも同じ音列が、全音(2段目から3段目は半音)下げながら繰り返している。何が言いたいのかといえば、『チェインギャング』の持つ賛美歌性、つまりは教会音楽性について。さらには、教会音楽性と、この曲の言語世界との見事な連携について。

まずはタイトル「チェインギャング」、すでに述べたようにサム・クックの曲のタイトルなのだが、そのサム・クックはもともとゴスペルシンガーで、つまりは教会音楽との結びつきが深い。

また、懺悔心に溢れた歌詞も、教会音楽性と座りがいい。

「♪それでも僕はだましたり モノを盗んだりしてきた 世界が歪んでいるのは 僕のしわざかもしれない」

さらに直接的なのは、次のフレーズだ。

「♪キリストを殺したものは そんな僕の罪のせいだ」

「キリスト」という言葉によって、教会音楽性と言語世界が、数ミリの隙間すらなく接着され、「チェインギャング・ワールド」が完成する。

余談だが、山下達郎によれば、ザ・ビーチ・ボーイズの傑作『神のみぞ知る(GOD ONLY KNOWS)』(66年)は「ロック史上、歌のタイトル上に『ゴッド』が登場した初めての曲で、ブライアン(筆者註:ウィルソン)は当初、この言葉を使用して良いものかと相当に躊躇していたそうだ」と書いている(アルバム『ペット・サウンズ』ライナーノーツ)。



時代も国もジャンルも違うものの、それでも「キリスト」と歌詞に記す緊張感は、真島昌利も抱いたのではないか。しかしその結果、この曲の教会音楽性が確立し、シンプル上等からパンクではなく、文学性・アート性の奥行きへと深まっていく。

果たして真島昌利は、この曲に関して、以上のようなことを、どこまで計算して作ったのだろうか。私は、すべてではないまでも、ある程度の計算は働かせたと見るのだ。

そう。確信犯にして計画犯。今、チェインギャング教会で、真島昌利が懺悔しているのは、自らが確信犯で、計画犯で、ちょっぴり愉快犯でもあることについて、である。

「人を愛するってことを しっかりとつかまえるんだ」


まとめれば、この『チェインギャング』は、1987年型のゴスペルだったのではないか。

そう考えれば、この歌詞の主人公も、もしかしたら当時から数十年前の黒人だったのかもしれない。ブルーハーツによる後の最高傑作『青空』の主人公が、公民権運動の時代の黒人少年と解釈できるように(「バス」という名詞からの連想)。

だからか、懺悔心に溢れた、決して明るくないストーリーをたどってきた歌詞も、エンディングでは「人を愛するってことを しっかりとつかまえるんだ」と、かなりポジティブな読後感を残す。

1987年型のゴスペルとしての『チェインギャング』――。

ただ、この時代と音楽性(洋楽性)の兼ね合いが、あまりうまくなかったという気もするのだ。というか、ある意味、最悪の兼ね合いだったかもしれない。というのは。

1987年といえば、私がせっせとレコードを集めていた頃である。時間があることをいいことに、渋谷や新宿や下北沢に足を運び、なけなしの金を吐き出しながら、時代がかったレコード盤に狙いを定める日々。

時代はいよいよCDへ。今でこそ「CDよりも、レコードの方がイケてる」的風潮があるものの、当時のCDといえば、それこそキラキラしたプラスティックな時代の象徴で、対してレコードなんて、古くっさい塩化ビニール時代の象徴、つまりはレガシーだった。

そういう空気と関係したのか、洋楽の歴史をたどったり、過去の名盤に耳を傾けたりという行為が、ぜんぜんお洒落じゃなかった時代でもあったのだ。後のバンドブームの予兆、バンドなんて、ロックなんて、楽しけりゃいいじゃん。

これは私自身の実体験なのだが、当時、LPレコードを詰め込んだディスクユニオンの黒い袋を持って渋谷公園通りを歩いていたとき、高校時代(大阪時代)の知り合いが、向こうから歩いてきた。DCブランドというのか、お洒落なスーツに身を包み、いい感じの女性をはべらせていた。対してこちらは、何とも垢抜けない格好。

私は黒い袋を抱えて、横道にそれた。だって、かっこ悪いから。古くっさい塩化ビニール男と思われるのは――。

昔話が長くなった。90年代中盤の「渋谷系」の時代がくるまで、洋楽史や洋楽の名盤に意識的になることなんて、少なくとも僕の周囲では、そんなにイケてない、アウトな行いだったということを、若い方に知ってほしかったから、あえて書いてみた。



話を戻すと、そんな中でブルーハーツは、サム・クックをリスペクトして「1987年型のゴスペル」を歌ったのだ。どういう気持ちだったのだろう。かなり空虚な気分も味わったのではないか。

先に「マニアではない普通の音楽ファンを吸引しながら」と書いたが、言い換えると、当時の私を含む、サム・クックもゴスペルにも注意を払っていない層だ。さらに言い換えると、『チェインギャング』を飲み込めない層。

それは不幸だったのか、いや逆に、幸だったのか分からないが、言えることがあるとすれば、何周か時代が巡った今、「ひとすじ縄では行かない」ブルーハーツの歌詞を確かめることはめっちゃ楽しいということ、そして、いよいよ『チェインギャング』を飲み込める時代が来たのではないかということだ。

最後に。「金属バット」という漫才コンビを私は推している。惜しくもM-1グランプリの出場がかなわなかったが(今年がラストイヤー)、そのセンスは近々、お笑い界を席巻すると思っているのだが、そんな彼らへのインタビューより(MEN’S NONNO WEB / 2022年12月17日)

―― コンビ名はどのタイミングで決めたのですか?
友保:いつやったっけ?
小林:飲みに行って決めたんちゃう?
友保:行ったな。せやせや。「いっちゃんダサい名前にしよ」言うて。
小林:最初に “チェーンギャング” が挙がって、「ダサー!」言うてわろーて。
友保:だっさ!! なりかけたもんな、“チェーンギャング” に。危なかったわ。
小林 ジジイなったらキツいな。

時代はやっと、『チェインギャング』を飲み込んだのかもしれない。

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2023.01.04
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