チルアウトした空気感溢れる横浜の街
東京に長く暮らして良い点は。見たいライブがあれば気ままに赴くことが出来る点だ。そこで僕が求めるのは一様にして、日常生活における閉塞感からの打破であったりして、穏やかではない。そこに希求するものは癒しではなく、絶対的に刺激である。
だからか、今もライブに出かける時の魂の高ぶりは日常生活のレベルとはかけ離れたものになる。それはまさに真島昌利が「RAW LIFE」の中で「♪ 退屈に殺られるよりも 興奮に殺られたいんだ」とシャウトしているが、まさにその意味合いが50を超えた今も身体中に駆け巡っている。全く穏やかではない。これも東京という街で暮らす息苦しさの表れかもしれない。
近頃、ライブに出かけることを「参戦」と表現する人を多くみかける。僕自身もこのような音楽の接し方をしているにも関わらず、この表現に疑問を持つ。だって、刺激を求めるというのは楽しさの中に内包されているものだから、殺気立つとは少し違うし。でも、アーティストと同じ目線で戦いを挑むというモチベーションの高さを表現した言い回しであれば、言い得て妙の感じもするが… ともあれ、この「参戦」というイメージとは全くちがった、チルアウトした空気感が溢れているなと思うのが横浜の街である。
東京とは違う横浜独自の音楽の系譜
横浜には独自の音楽の系譜があった。それは、60年代 GSブームの最中にジミ・ヘンドリックスやマディ・ウォーターズをカヴァーし、異彩を放っていた本格派バンド、ザ・ゴールデン・カップスから始まった独自の不良文化とでも言っておこうか。今は横山剣率いるクレイジーケンバンドが、その匂いをふんだんに振り撒いている。それは反体制をイメージするロックとは違う位置にあった。そこには吸収すべき音楽が当たり前のようにあり、達観したかのような自由さがあるのだ。
そんなイメージを幼いながらに強く感じたのは、横山剣さんが80年代初頭に在籍していたクールスRC で、彼がリードヴォーカルをとり、日本語詞を手掛けたサム・クックのカヴァー、「ワンダフル・ワールド」だった。
真っ赤な太陽が
Bay Side 染めるころ
いつものあの Bar へ
口笛吹きながら
切ない思い出の
懐かしい Sweet love song
It's WONDERFUL WORLD
this for be
洒脱で自由。手を伸ばさなくても音楽は生活と密着して、そこにある。音楽を当たり前の空気のように毎日を過ごす… 僕は、横浜という街にそんなイメージを持つ。
横浜老舗のライブハウス、7thアヴェニュー
それを強く感じたのは、少し前に横浜老舗のライブハウス、7thアヴェニューに出かけた時だった。その時の出演はザ・ウォッカ。1985年に横浜で結成、それ以来30年以上地元に根付いた活動を続けるロックンロールバンドだ。ちなみに現在、ザ・ウォッカのベースはかつてストリート・スライダースで活躍した市川 “JAMES” 洋二氏が担当している。
7thアヴェニューに行くには関内駅を降りて、東京とは違うすこし湿った潮の香りを感じながら、横浜スタジアムを横目に少し歩く。夕陽を背に受け、どっしり構えるシーズンオフのスタジアムはなんともロマンティックで、そこからしてもう、東京でライブハウスに行くのとは全く違う趣があった。東京から電車で30分であるが、パッセンジャーとなった自分の眼前には極めて詩的な横浜の風景があり、その先に音楽があった。
会場である7thアヴェニューに着き驚いたのは、東京のライブハウスのような我先にと入るような焦燥感が皆無だということ。そして、フロアには犬を連れたお客さんがいたことだ。犬までもロックと共存している街、横浜。これは絶対勝てないと思った。東京と空気感があまりにも違い過ぎる。もちろん、犬を咎める人はひとりもいないし。犬もその場所に馴染み、おとなしく寝そべっていた。犬の主は、美味そうにビールを飲み、音楽談義に花を咲かせていた。
そして、もうひとつ、心を打たれた場面はライブが始まると車椅子のお客さんが最前列で鑑賞していたことだ。フロアはほぼ満員な状態なのに、誰かが先導したわけでもなく、そのような状態になっていたのだ。当たり前といえば、当たり前の状況なのだが、それがあまりにも自然体の光景だったので、いまもその情景が脳裏に焼き付いている。東京のライブハウスではこのような状況は皆無ではないか。やはり横浜には勝てないと思った。
潮のかおりがそうさせるのか。異国情緒がそうさせるのか。これを作り上げた横浜の音楽シーンの先人たちには頭が下がる思いだった。
横浜という街にインスパイアされた佐野元春「情けない週末」
そして、僕にとって横浜という街をリアルにイメージした曲が、佐野元春の「情けない週末」である。
街を歩く二人に 地図はいらないぜ
パーキング・メーター
ウィスキー 地下鉄の壁
Jazz men 落書き 共同墓地の中
みんな雨に打たれてりゃいい
この曲を知ったティーンエイジャーのはじまりの頃、この情景を求め、何度もひとりで横浜の街をさまよったことを思い出した。元春がボブ・ディランに夢中になりケルアックやサリンジャーを読み耽っていた十代の頃、その後の人生に大きな影響を与えるストリートダンサーと横浜で出会っている。ここにも横浜という街から生まれたドラマがあった。歌詞の中のひとつひとつのワードが頭の中にひとつの世界を作り上げる。音楽は一瞬でその場の空気の色を変えるというのはまさにこのことだ。洒脱で自由な横浜にインスパイアされた音楽に東京の渇望感とは違った。そんな魔力が潜んでいる。
あくせく生きなくてもいい。刺激を求めなくてもいい。当たり前のように音楽と人が寄り添っている街、横浜。これじゃ東京モンは勝てないなぁ… ってやはり思う。
歌詞引用
真島昌利 / RAW LIFE
クールスRC / ワンダフル・ワールド
佐野元春 / 情けない週末
2019.11.08