「巡恋歌」で再デビューを飾った長渕剛
「巡恋歌」は長渕剛の実質的なデビュー曲であると同時に、初期の代表曲のひとつだ。“実質的な” と補足したのは、長渕剛はそれ以前に一度デビューしているからだ。
ご存じの方も多いと思うが、鹿児島県に生まれた長渕剛は中学生の時に吉田拓郎のコンサートを見て、強い衝撃を受け自分も歌うようになった。そして大学生だった1976年に自作曲の「雨の嵐山」でヤマハの第12回『ポピュラーソングコンテスト』(通称:ポプコン)九州大会のグランプリを獲得し、つま恋で行われていた全国大会に出場。そして同曲で、翌1977年にビクター音楽産業(現:ビクターエンタテインメント)からデビューしている。しかし、このデビューは長渕剛にとって納得のいくものではなかったようで、商業的にも成功せず翌年九州に戻っている。
1978年、長渕剛は捲土重来を期して再び第15回『ポピュラーソングコンテスト』に “長渕剛とソルティー・ドッグ” というバンドで出場し、九州大会でグランプリを獲得。つま恋の全国大会でも入賞した。そして、この時に歌った曲が「巡恋歌」であり、長渕剛はこのシングルで再デビューを飾ることになるのである。
当時の音源を聴くと、ブリティッシュ・トラッドのダンスナンバーのようなゆったりとしたリズムに、まだ線の細さが残るボーカルから伝わってくる初々しい情感が印象的だ。ちなみに、このテイクのアレンジは元はっぴいえんどの鈴木茂によるもの。今でこそ、長渕剛の歌は男臭いワイルドさが持ち味となっているけれど、デビューして間もない頃の繊細さを残した歌唱も味わい深いものがある。
アグレッシブでワイルドな表現で自身のスタイルを確立した長渕剛
再デビュー後の長渕剛は次第に歌唱のスタイルや歌のテーマを変化させていき、1980年代には『時代は僕らに雨を降らせている』(1982年)、『HEAVY GAUGE』(1983年)といったロックテイストの強いアルバムを発表。よりアグレッシブでワイルドな方向に自身のスタイルを確立していった。
しかし、こうした変化の中でも、彼は「巡恋歌」を “過去に置いてきた歌” とはせず、ライブで歌い続けていった。そこには、自分の出発点を忘れまいとする矜持があったのではないだろうか。
前述した通り、長渕剛は1970年代から1980年代にかけて、その表現スタイルを大きく変化させていった。しかし、それは決して新しさを求めた動きではなく、自分の中にある本質をより的確に表現しようと追求していった結果だった。長渕剛は自分が生んだ楽曲を、曲が生まれた時代に置いていくのではなく、自分とともに生き、成長していくものとして捉えていたのだろう。
再びレコーディングされた「巡恋歌」
そして、自分とともに曲をも成長させていく長渕剛の真骨頂ともいえるシングルが、1992年に発表された「巡恋歌 ’92」だ。出発点ではあるがヒット曲でない「巡恋歌」を15年後に再びレコーディングする。そこには、自分の15年の足跡を確認するとともに、自分と共に曲がどのように成長したのかを示すというコンセプトがあった。
それは「巡恋歌」と「巡恋歌 ’92」を聴き比べてみれば一目瞭然だ。「巡恋歌 ’92」のアレンジャーは、長渕剛のサウンドクリエイトに1980年代以降大きく関わってきた瀬尾一三。歌詞はまったく変わらないけれど、ずっしりとしたビートに乗せて歌われる迫力ある声、たっぷりとタメのあるその歌から伝わってくる “情感” がまったく違っている。
いや、まったく違うというのは正確ではないだろう。20代になったばかりの長渕剛の想いが込められている「巡恋歌」に対して、「巡恋歌 ’92」には30代後半になった大人としての長渕剛の想いがあるのだ。長渕剛はあえて違うニュアンスで再録しようとしたのではなく、ステージで歌い続けてきたことによって、彼とともに成長していった「巡恋歌」の、この時点での等身大の姿をレコード(記録)したに過ぎないのだ。
コンテンポラリーな生命力を吹き込まれた「乾杯」
そういった歌は「巡恋歌」だけではない。代表曲のひとつである「乾杯」もそうだ。この曲は1980年のサードアルバム『乾杯』のタイトル曲として発表され、ライブでも人気の高い曲だったがシングル化はされていなかった。しかし、長渕剛が1988年にセルフカバーアルバム『NEVER CHANGE』を発表した際に、先行シングルとして新たなテイクでリリースした。そしてこのシングルは大ヒットして、「乾杯」といえばこちらのテイクのほうが親しまれているほどだ。
「乾杯」をはじめとする『NEVER CHANGE』の収録曲は、過去に発表してきた曲たちを置き去りにしてナツメロにしてしまうのではなく、常に新たな気持ちで表現し続けることで、曲の生命力を失わないようにする行為でもあった。アルバムタイトルの『NEVER CHANGE』にも、曲に託した想いを時代を超えて伝えていくためには、必要以上に過去の形にこだわるのではなく、その曲にコンテンポラリーな生命力を吹き込み続けていかなければならないという意思が感じられる。
「巡恋歌 ’92」や「乾杯」から強烈に伝わってくることは、“変わらずにいるためには、変わり続けなければならない” という精神だ。それは、まさに長渕剛がライブに望む姿勢にも通じる心構えなのだろう。だから、長渕剛はステージで「巡恋歌」や「乾杯」を “今の気持ちで、今の声で” 歌い続けている。もちろん新曲を聴く楽しみもあるけれど、歌い続けられることで成長した曲が、聴き手と “再会” することも長渕剛のライブの醍醐味に違いない。
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2025.09.07