2月5日

長渕剛のセルフカバー「乾杯」瀬尾一三が曲に纏わせた人生のリアリティ

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長渕剛のシングル「乾杯 -NEW RECORDING VERSION-」がリリースされた日
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祝福の曲「乾杯」オリジナルから8年後にセルフカバー


チェリッシュ「てんとう虫のサンバ」(1973年)、中島みゆき「糸」(1992年)と並んで、結婚式ソングの定番として多くの人に親しまれているのが長渕剛の「乾杯」だ。

この曲は、もともとは1980年に発表されたサードアルバム『乾杯』に表題曲として収められているもので、結婚する友人を祝福するために書かれたという。この時にはシングルとしてはリリースされてはいないが、「乾杯」はステージでもよく歌われ、翌年発表されたライブアルバム『長渕剛LIVE』にも収録されるなど、ファンの間では人気曲だった。しかし、「乾杯」が結婚式ソングとして定着するのは、もう少し後のことだ。

長渕剛は1988年に出したセルフカバーアルバム『NEVER CHANGE』に「乾杯」を収録し、アルバムの先行曲という形で「乾杯 -NEW RECORDING VERSION-」をリリースした。このシングルが大ヒットし、彼にとって1980年の「順子」以来のシングル・チャート1位獲得曲となる。そして、多くの人がこの曲に魅了され、結婚式で男性が歌える祝福の曲としても定着していくようになった。

オリジナル:初々しいカップルを祝福するにふさわしい世界観


最初に発表されてから8年後に大ヒット曲となるということもなかなかレアケースケースだけれど、それ以上に僕が興味をもったのは、最初に発表されたアルバム『乾杯』のテイクとシングルになった「乾杯 -NEW RECORDING VERSION-」のテイクが、かなり表情の違うものになっているということだった。当然のことながら、「乾杯」の作詞・作曲は長淵剛自身。その大きな違いを生んだサウンドづくりに注目してみた。

アルバム『乾杯』に収められているオリジナルテイクのアレンジャーは、はしだのりひことシューベルツの「風」など多くのヒット曲を手掛けている青木望。格調高いけれど親しみやすいサウンドづくりに定評があるベテラン編曲家だ。

ピアノ一台によるゆったりとしたイントロからボーカルがはじまり、サビの終わりまでのかなり長い間をピアノと歌だけで演奏されている。きわめてシンプルな構成だけれど唱歌のような格調が感じられる編曲だ。そんな端正な雰囲気が、曲の後半にリズムセクションとストリングスが加わることで華やかなものになっていく。

長渕剛のボーカルもクセの少ない素直で丁寧な歌い方で、若々しい力強さを感じさせる。さらに、曲が一度終わってから余韻のような長いアウトロの演奏が入っているのも、これからの幸せな人生を象徴しているようにも聴こえるなど、まさに、旅立ちを迎えた初々しいカップルを祝福するにふさわしい世界観で仕上げられているのだ。

セルフカバー:真夜中の密室に居るかのような淫靡な気配


しかし、現在多くの人びとに親しまれている「乾杯」はこのテイクではなく、88年に発表された「乾杯 -NEW RECORDING VERSION-」の方だ。二つのテイクを聴き比べてみると、まったく印象が違うのにちょっと驚く人が多いかもしれない。

こちらのイントロはピアノではなくシンセサイザーだ。オリジナルテイクが青春の明るさやエネルギーを感じさせるのに対して、こちらのサウンドは、無機的に漂うようなエレクトロニクスサウンドで貫かれている。長渕剛のボーカルも、朗々と歌い上げるのではなく、秘められた情念をひとつひとつの言葉に託して吐き出していくような歌い方になっている。オリジナルテイクが陽としたらこちらは陰。まるで真夜中の密室に居るかのような淫靡な気配さえ漂っている。

この編曲を手がけているのは、70年代から山本コウタローとウイークエンド「岬めぐり」(1974年)、バンバン「『いちご白書』をもう一度」(1974年)、杏里「オリビアを聴きながら」(1978年)など多くのヒット曲を手掛けてきた瀬尾一三。彼は、長淵剛のセカンドアルバム『逆流』(1979年)で5曲の編曲を手掛けて以来、アレンジャー、プロデューサーとして多くの長淵作品に関わっていた。1980年の「春待気流」から93年の「RUN」まで、連続23作のシングルの編曲を担当したということからも、その関係の深さがわかるだろう。

人生のリアリティをも感じさせる瀬尾一三のアレンジ


僕は、2019年の夏から秋にかけて、『音楽と契約した男 瀬尾一三』という書籍の取材・執筆のために、瀬尾一三に何回かインタビューをさせてもらった。この時、「乾杯」の編曲についても聞いた。

瀬尾一三が手掛けた「乾杯」は、長渕剛にとって初のセルフカバーアルバム『NEVER CHANGE』に収めるためにアレンジされたものだ。そして、瀬尾は「あのアルバムは、全体的にエロチックな雰囲気にしています」と話してくれた。そして「乾杯」についても、「この『乾杯』は、燦燦(さんさん)と輝く陽の下で “乾杯” をあげているのではありません」と言った。

つまり、エロティシズムを忍ばせた大人の色気をテーマとするアルバムにふさわしく、「乾杯」にもどこか秘めやかな夜の気配を纏わせているのだ。それによって、瑞々しい人生賛歌だったこの曲が、どこか人生のリアリティをも感じさせる深みのある曲になっていた。

もちろん、ふたつのテイクで大きく変化している長淵剛の歌唱が、それぞれのテイクの魅力を生みだしている最大の要素であるのは言うまでもないの。けれど、サウンドの違いというものがこれほど曲の表情を劇的に変えてしまうのだということを、改めて僕は「乾杯」という曲に教えてもらったという気がする。

結婚式の定番ソング、中島みゆき「糸」との運命的つながり


この時にもうひとつ感じたのが、やはり結婚式の定番ソングとなっている中島みゆきの「糸」のことだ。「糸」は中島みゆきのアルバム『EAST ASIA』(1992年)に収められていた曲で、ファンの間では名曲として親しまれていたが、2004年に Bank Band にカバーされたことをきっかけに多くの人に知られるようになった。

発表から時を経て人々に認知され、結婚式の定番ソングとなったという「乾杯」と「糸」の共通性、そしてどちらの曲も瀬尾一三が編曲を手掛けているということにも、なにか運命的なものを感じてしまったのだ。

このエピソード以外にも、多くのアーティストと音楽を作り続けてきた瀬尾一三の話を聞きながら、僕はいくつもの1980年代の音楽の魅力を再発見させてもらった。そのいくらかでも『音楽と契約した男 瀬尾一三』を通じて感じていただけたら嬉しいと思う。

2020.03.31
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