10月5日

ユーミンは神レベルのメロディーメーカー、松任谷由実「埠頭を渡る風」

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松任谷由実のシングル「埠頭を渡る風。」がリリースされた日
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メロディが9割 Vol.7
埠頭を渡る風 / 松任谷由実


松任谷由実を天才たらしめる最大のスペックとは?


ユーミンは詩人である、と言われる。

事実、荒井由実時代の「中央フリーウェイ」では、「♪右に見える競馬場 左はビール工場」と、単なる情景描写で、デートドライブの臨場感を映す高度なテクニックを披露したし、「DESTINY」では、「♪どうしてなの 今日にかぎって安いサンダルをはいてた」と、悲しいほどの女の性を浮き彫りにした。

また、「魔法のくすり」では、19世紀の詩人オスカー・ワイルドからインスパイアされた「♪男はいつも最初の恋人になりたがり 女は誰も最後の愛人でいたいの」の名フレーズを残し、物議を醸した。

これらの楽曲は、1991年にTBSで2クールに渡って、一話完結でドラマ化されたことからも、物語の中に読み手の共感を誘うリアリティを含んでいる。そう、ユーミンはまごうことなき詩人である。

だからだろうか。彼女を評する際に、多く語られるのは、作詞の観点である。フォークの匂いを残した荒井由実時代は比較的文学性の視点から語られ、結婚して松任谷姓になって以降は、時代のトレンドを含んだ預言者的なスタンスで評される。

だが、僕は敢えて、その傾向に異論を唱えたい。

ユーミンは詩人である。類稀なる時代の語り部だ。そこに異論はない。そうじゃなくて、僕が言いたいのは―― ユーミンを天才たらしめる最大のスペックは、神レベルのメロディーメーカーであるところ。

そう、メロディーメーカー。これが今回の僕のコラムのテーマだ。そして、その一例として、取り上げる楽曲が、今から43年前の今日―― 1978年10月5日にリリースされた、ユーミン通算12枚目のシングル「埠頭を渡る風。」である。

アルバム「流線形'80」からのシングルカット「埠頭を渡る風」


「埠頭を渡る風」は、1978年11月5日にリリースされたユーミン6枚目のオリジナルアルバム『流線形'80』に収録されたナンバーである。同年7月に先行シングルとして発売された「入江の午後3時」に続くシングルカットだった。シングル盤のジャケットは、街の灯りと夜の海を背景に、埠頭にたたずむ大人びたユーミンが一人。シティポップを思わせるアートワークである。

『流線形'80』は、かねがね僕が唱えている理論「黄金の6年間」でも重要な位置を占める、エポックメーキングな名盤だ。黄金の6年間とは、1978年から1983年までの6年間の東京を指す。東京が最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった時代である。

同アルバムはそのタイトルが示す通り、2年後に訪れる80年代的な匂いに満ちている。まさに、予言者・ユーミン。何せジャケットからして、1954年製の流麗なシボレー・コルベットが宙を飛んでいる。ベトナム反戦運動でラブ&ピースが叫ばれた70年代から一転、夢と娯楽の80年代を彷彿とさせる。

ちなみに、アメリカで流線形のクルマが流行したのが、第二次世界大戦が終わり、同国が最も繁栄を極めた “黄金の50年代” である(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマーティがタイムスリップした先が1955年ですネ)。そう、時代は繰り返す――。

面白いことに、同アルバムに収録された楽曲たちは、オンタイムでは今ひとつハネなかったものの、80年代以降に再評価される形でブレイクした。「ロッヂで待つクリスマス」は映画『私をスキーに連れてって』、「真冬のサーファー」は映画『波の数だけ抱きしめて』と、いずれもホイチョイ映画で使用され、「埠頭を渡る風」はユーミンのリゾートライブ「SURF & SNOW」の夏の逗子マリーナのラストを飾る定番になった。時代が追いついたのだ。

イントロからいきなりの頭サビでメロディ全開!


さて――「埠頭を渡る風」である。

これが、イントロからしてヤバい。始まった瞬間、流れるような旋律が一瞬で場の空気を支配する。そこにトランペットが加わり、高らかに吹き上げる。正直、これまでのユーミンの楽曲と比べて大仰なアレンジに若干戸惑うが、これから何が始まるんだろうというワクワク感がそれを上回る。そして歌が始まる。

 青いとばりが 道の果てに続いてる
 悲しい夜は 私をとなりに乗せて
 街の灯りは 遠くなびく ほうき星
 何もいわずに 私のそばにいて

いきなりの頭サビだ。もう、メロディが全開。音圧と疾走感も半端なく、ドラマや映画でいえば、いきなりクライマックスを迎えた感じ。時々吹き上がるトランペットとトロンボーンが、物語を更に盛り上げる。

 埠頭を渡る 風を見たのは
 いつか二人が ただの友達だった日ね
 今のあなたは ひとり傷つき
 忘れた景色 探しに ここへ来たの

今度はAメロだ。が、ここでもユーミンのメロディは休まない。その旋律は一度聴くだけで耳に馴染む印象的なもの。まさにドラマチックと言っていい。先のサビと同じく、ここでも2度旋律が繰り返される。それにしても、一貫してそのメロディの強いこと!

――ところが、次のBメロで初めて曲調が変わる。

歌詞をじっくり聴かせるBメロ


 もうそれ以上
 もうそれ以上
 やさしくなんて しなくていいのよ
 いつでも強がる姿 うそになる

疾走感から、一旦、立ち止まるのがBメロだ。このパートは歌詞をじっくり聴かせる仕様になっている。いい意味で、他のパートとの対比が際立ち、存在感がある。そして、終わると即イントロ(間奏)に繋がる。通常の曲構成と違って、かなり変則的であり、人によっては、このBメロをサビだと指摘する人もいる。

同曲の構成は基本、これらイントロ・サビ・Aメロ・Bメロの繰り返しである。Bメロを除けば、いずれも疾走感にあふれ、メロディアスだ。一度聴いたら、誰もの耳に残る。一方、Bメロもいい意味でアクセントになっている。

メロディに長けた楽曲が聴き手の心を揺さぶる


 白いと息が 闇の中へ消えてゆく
 こごえる夜は 私をとなりに乗せて
 ゆるいカーブで あなたへたおれてみたら
 何もきかずに 横顔で笑って

今回のコラムは、歌詞の内容には触れず、ひたすらメロディについて語っている。書いてみて分かったが、メロディは極めて語りづらい。世の音楽評論家が楽曲を解説する際、詞やサウンドに走るのも無理はない。ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」は語れても、「ペニーレイン」は語りにくいのだ。

―― とはいえ、僕は多くの聴き手の心を揺さぶる音楽とは、やはりメロディに長けた楽曲だと思う。まず、メロディが耳にスッと馴染み、続いて詞やサウンドに興味が湧く。国境を越えて共感が広がるシティポップブームが、まさにそうであるように。

その意味では、「埠頭を渡る風」は極めてメロディアスである。個人的には、同曲のメロディだけでごはん3杯はイケる。ユーミンが真の天才たる所以は、それまでの自身の楽曲の傾向とはまるで異なる、突然変異のごとく名曲を軽々と生み出してしまうところにある。

「埠頭を渡る風」が遠く離れたシティポップ好きの外国人に見つかる日も、きっと近い。

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2021.10.05
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カタリベ
1967年生まれ
指南役
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