4月6日

ラジオ番組の中島みゆき ~そっと肩をたたいてくれる心優しき友~

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NHK-FMの音楽番組『ミュージック・スクエア(金曜日)』の放送が始まった日(パーソナリティ・中島みゆき)
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14歳の夏の孤独と中島みゆきのラジオ番組「ミュージック・スクエア」


14歳の夏休み、わたしは親の都合で、生まれ育った埼玉から父方の祖父母の住む四国の松山に引っ越しをした。

その引っ越しは親の運営する事業が傾いたこと、それにより家のローンが支払えなくなったことによるものであり、あまりいい引っ越しといえるものではなかった。都内の私立の進学校に通っていたわたしは、自分の人生は自分でコントロールできない場合があるということを、その時はじめて知った。

14歳の夏は、うつろな夏だった。

何らかの整理がまだ埼玉で必要だったのだろう、両親はわたし達兄弟を祖父母に届けたきり、とんぼ返りで埼玉に戻っていった。祖父母は長年みかん農家を営んでおり、新たな住まいであるその家は、一面みかんの植わる山の中腹にあった。

すべての交友関係と目標が、ある日突然リセットされ、親の庇護と監視からも解放されたわたしは、みかん山の中で心底途方に暮れていた。

その時、中島みゆきのラジオにハガキを出したのは、やはり寂しかったからだろう。

中島みゆきが当時担当していたラジオはNHK-FM『ミュージック・スクエア』の金曜日、通称 “フル金” だった。

前年にリリースしたアルバム『夜を往け』で中島みゆきのファンになったわたしは、過去の作品を掘り下げる一方で、彼女のラジオも毎週愛聴するようになっていた。

フル金パーソナリティ・中島みゆきなら、わかってくれる


わたしは、自分にあてがわれた部屋の西向きの窓は、夕方になると、夕陽に映えて輝くおだやかな瀬戸内の海が遠くに見えること、家の前のだらだらと続く坂を1キロほど降りると鎮守の森と神社があり、その脇を流れる小川の橋を渡ると一面の田んぼが広がること、田んぼの真中に立つと空が本当に高いと感じること… などをつたない言葉でハガキに綴った。

もしかしたらそれは日本の地方のどこにでもある “ありきたりな風景” だったのかもしれない。しかしその風景は、わたしの空白の心に鮮明に投影された。風のそよぎ、光のまぶしさ、それらは今のわたしのすべてのようにも感じられた。

この感情は、親兄弟や遠くに暮らす友人には共有してもらえないだろうと思った。でもなぜだろう、中島みゆきなら受け止めてくれると妙な確信があった。それは今思えば、祈りに近いものだったと思う。

それから2ヶ月ほどした頃だったと思う。フル金で中島みゆきがわたしのハガキを読んだ。彼女はハガキを読んだあと、おどけるような、あるいは応援するような口調で「そう思うよー」とわたしに向けて絶叫してくれた。それは「大丈夫だよ、なんとかなるよ」とわたしの背中を押してくれているようにも感じた。

嬉しかった。救われたと思った。

わたしのように、中島みゆきに救われたラジオリスナーは当時数多くいたのではないだろうか。

中島みゆきは行間読みの天才!


中島みゆきのラジオを愛聴した経験がある人なら誰しも知っていることだろうが、ラジオの中での彼女は表面上は面白おかしく、まるでコメディアンのように番組を進行する一方、「辛い、苦しい、悲しい、悩んでいる」などいったシリアスな内容のハガキもさりげなく取り上げて、その思いに真摯に心を寄り添わせ、まるで母のように、あるいは一番の親友のように、言葉で暖かく抱きしめる、そんな場面が何度もあった。

中島みゆきはハガキの文面の向こうにある、それを綴った人の心を、想いを、誰よりも深く読み取れる能力があったのだと思う。彼女に余計な言葉はいらない。心の底にある言葉を投げかければ、彼女はすぐにわかってくれた。中島みゆきはいうなれば、“行間読み” の天才だった。そしてこの能力こそが中島みゆきを中島みゆきたらしめる、中島みゆきという人間性の素晴らしさ、国民的シンガーといえる位置にまで登りつめた中島みゆきの根源にあるものだとわたしは思う。

人の心を想う、心のつながりを大切にする。言うは簡単なのだが、容易ではないそれらの、中島みゆきは達人だ。もちろんそのアビリティはラジオのパーソナリティにとどまらず小説や舞台、なによりも彼女の歌で最大限に発揮されているのは言うまでもない。

弱者の心に寄り添う女神、中島みゆき


孤独感にさいなまれている時、人生の一番つらい坂を登っている時、中島みゆきの言葉は、乾いた土に注がれる水のように、心に沁みてくる。

人生万事快調、なにも問題ないという時、中島みゆきはそこにいない。

なのに、人生の迷子になってどうしていいのかわからないという時、振り返るとかならず中島みゆきがそこにいるのだ。そして闇夜の海の灯台のように、希望の光をこちらに差し向けてくれる。

今でもわたしは、生きるのが辛くなるたびに中島みゆきの歌を聞く。そして、もう少しだけ頑張ってみようと自分を鼓舞する。中島みゆきは弱者の心に寄り添う女神だ。

もし、今このテキストに目を通している人で、生きるのが辛いとか、乗り越えられそうにもない壁にぶち当たってしまったとか、ただひたすら悲しいとか、そんな思いに苛まれている人がいるのなら、ぜひ、中島みゆきの歌に、とりわけタイトルを聞いたことのないアルバムの歌に触れてほしい。

もしかしたら、そこにはあなただけの歌があるかもしれない。そして、少しばかり心の負担が軽くなるかもしれない。そんな歌に出会った時、国民的シンガーソングライターの中島みゆきではなく、あなたの心の襞を慰撫し、そっと肩をたたいてくれる、心優しき友としての中島みゆきに気づくだろう。

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2022.02.05
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