4月3日

ぶりっ子じゃない松田聖子、ラジオ「夢で逢えたら」で見せた飾らない姿

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ニッポン放送「SONY Night Square 松田聖子 夢で逢えたら」の最終回が放送された日
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大切なことはすべてラジオが教えてくれた


思春期の入り口で大切なことはすべてラジオが教えてくれた。ラジオだけが友達だった…。なんとも青臭く内省的なセリフだが、十代のはじまりの頃、僕にとって、このような意味合いの言葉はなんとも切実な思いがある。

中学1年生になって僕は初めて自室をもらった。しかし、多くの同世代の人たちと同じようにそこにはテレビがなかった。その年代だと、まだまだ家族と過ごす時間が長く、食事の後も茶の間でダラダラとテレビを見ているのが常だった。

たとえば日曜日ならば、夕方6時から『レッツゴー・ヤング』、6時半から『サザエさん』、7時から『ヤンヤン歌うスタジオ』、8時から『西部警察』… 頑固な親父がよくもまぁ子供向けのテレビに付き合ってくれたなと今でもたまに思うことがある。

一通り見終わると一人きりの時間が始まる。自室に籠もりラジオのスイッチを入れる。僕にとってラジオのスイッチを入れる瞬間こそが、自分と向き合える時間だったように思う。つまり映像がないラジオには音声の向こうに空想が広がる余地があった。音楽の向こう、パーソナリティの声の向こうには思考を巡らせ、主体的にアクションできるいくつかの選択肢を与えられたような気がしたのだ。

松田聖子の飾らぬ心情をリアルに映し出したラジオ番組「夢で逢えたら」


そんな頃の僕の忘れられないラジオ番組といえば、日曜日の夜22時からニッポン放送で放送していた『SONY Night Square 松田聖子 夢で逢えたら』であった。1981年4月に山口百恵『夢のあとさき』の後番組として半年のインターバルを経てスタートしたこの番組は、1983年まで、アイドル真っ只中だった松田聖子がシンガーとして駆け上がっていく時期の軌跡としても欠くことのできない番組だったと言っても過言ではないだろう。

同時期の松田聖子のアルバムを振り返ってみると、若さの象徴とも言えるロックンロールが炸裂する「Summer Beach~オレンジの香り~」から始まる、恥じらいと切なさを夏の匂いとともにパックしたアイドル時代の大名盤『Silhouette~シルエット』から、大瀧詠一プロデュースの確固たる世界観を見事に歌いきり、日本ポップス史の金字塔と言っても過言ではない『風立ちぬ』を経て『Pineapple』『Candy』をリリースした時期である。

この時期に中学時代を過ごした僕は彼女の動向をずっと目で追っていた。そして当時の彼女の心情が飾らず、リアルなままで映し出されていたのが、この「夢で逢えたら」だったと思う。

テレビでは決して聴くことの出来ない「Only My Love」で番組スタート


毎週日曜日、夜10時の時報の直後に番組のジングルと共に「Only My Love」が流れる。「風は秋色」のB面「Eighteen」、「赤いスイートピー」のB面「制服」に並ぶファンには馴染み深い初期の名曲だ。

 You are only my love,
 my love my love
 愛は自由な空の翼
 あなたと今この道歩いて行きたい

テレビでは決して聴くことの出来ないこの曲を口ずさむだけで、僕はイッパシの聖子ファンになれたような気がした。そして番組の中のあっけらかんとして、時にはおおらかに声を弾ませて笑い、自分の言葉に妙に納得して、自らにしみじみと相槌を打ち、自ら「おおっぴらで大胆な番組」と称した内容にのめり込んでいった。

アイドル期の成長の証、松田聖子自身が挙げた「青春ベスト5」


番組は二部構成で前半がフリートークから始まり「青春ベスト5」という様々なシチュエーションに合わせてふさわしい曲をリスナーが選ぶという投稿コーナーだ。例えば「夕闇のビーチで彼女と聴きたいベスト5」などという感じだ。そして後半が星新一を思わせる掌握小説の朗読で、決してうまくはなかったが、その世界にひきこまれていく語り口調に意外な才能を感じたりもしていた。

そして、この「青春ベスト5」、聖子さんが自身のベスト5を挙げている。

本人いわく順不同で
■ 裸足の季節 / 松田聖子
■ オフ・ザ・ウォール / マイケル・ジャクソン
■ Love Song / 松田聖子(アルバム『Pineapple』に収録)
■ 愛と青春の旅立ち / ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ
■ 赤いスイートピー / 松田聖子

彼女が挙げた楽曲は、当時ライブで取り上げた洋楽も含め、アイドル期の成長の証だったように思う。アイドルからひたむきに音楽と向き合うシンガーへの過度期の真摯な姿勢も垣間見ることができたのだ。素の自分がプロの自分と向き合う一瞬。そんなラジオの中でしか聴くことのできなかったギャップも魅力のひとつだったように思い出す。

その後の活動の新たな基盤、素の自分を出して多くの女性ファンを獲得


中学1年の男子といえば、アイドルへの妄想が膨らむ時期である。「アイドルはトイレに行かない」そんなふざけた迷信を本気で信じていたボンクラな自分がそんな素の姿を目の当たりにすることは、大きなカルチャーショックだった。そして、トップアイドルとの距離が縮まったと信じた自分は、実生活でも女のコとの距離が縮まった。リラックスした姿で笑いはしゃぐ。僕の同世代の女のコも彼女と寸分も変わらないだろう。そんな思い込みを得てから女のコと話すことに緊張しなくなった。これはいまでも聖子さんに感謝している。

そして、距離が縮まったと考えていたのは、僕だけではなかった。この番組の最終回で聖子さんはこんなことを述べている。

テレビでは素敵でいたい。二枚目でいたいって願望があるんですね。でもラジオでは歌と違って、私の地というか、ありのままを出せたらいいなって思っていました。冗談は言うし、めちゃくちゃは言うし、それでもなんか本当の自分だから。それを聞いた人から「私たちと一緒なんですね」というお便りをいただくのが嬉しかった

このような手紙の送り主は、女性ファンが多かったという。つまり素の自分を出せたことで、彼女は多くの女性ファンを獲得し、その後の活動の新たな基盤を作っていったのだ。

つまり、この番組は、多くのファンにとって松田聖子を身近に感じ、その後の人生に寄り添ってくれる唯一無二のシンガーになるきっかけを与えてくれたのだろうと思う。

ラジオから流れてくるトップアイドルの声は僕にとっても特別なものだった。また声だから故に、偶像ではなく、ひとりの女性として身近に感じることができたのだ。そんな思いを巡らせながら僕の思春期は始まった。ラジオから流れてくる彼女の笑い声は成長のドアをひとつ開いてくれたのだ。


歌詞引用
Only My Love / 松田聖子


※2019年8月18日に掲載された記事をアップデート

2021.04.05
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カタリベ
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