竹内まりやが楽曲提供、80年代のアイドルの名盤、岡田有希子「シンデレラ」
僕は、80年代のアイドルの名盤を1枚選べと言われたら、迷うことなく岡田有希子のファーストアルバム『シンデレラ』をあげる。
今日、4月8日は、そんなユッコこと岡田有希子の命日。もう、あれから37年が経つ。思えば、
このリマインダーで僕が最初に書いたコラムが、岡田有希子のデビュー曲「ファースト・デイト」だった。作詞・作曲:竹内まりや。コラムの中で、僕は楽曲のクオリティを評価しつつも、フリフリのドレスで歌う当時の彼女の売り方を「古い」と感じたと回想している。
事実、彼女がデビューした1984年は、芸能界で “脱・アイドル” 化が進んだ時代。松田聖子・中森明菜・小泉今日子・菊池桃子・チェッカーズ・吉川晃司といった第一線のアイドルたちは皆、いわゆる操り人形とは違う、自己流のスタイルを貫こうとしていた。翌年、その流れは、放課後の女子高生がコンセプトの “モンスター” おニャン子クラブを生み出す。
だが―― デビューから5ヶ月後にリリースされたファーストアルバム『シンデレラ』を聴いて、僕は当時古いと感じた岡田有希子の売り方が、実は確信犯だと気づいた―― というのが、以前のコラムの趣旨だった。実は、アルバム10曲中4曲を書いた竹内まりやの原点が、60年代のコニー・フランシスやシュープリームスの欧米ポップスにあり、まりやサンは意図的に古き良き王道アイドル路線を狙ったのではないか、と――。
そこで、今回はそんなユッコのファーストアルバム『シンデレラ』を掘り下げたいと思う。
60年代の欧米ポップスにインスパイアされた王道アイドル路線「リトルプリンセス」
同アルバムの作家陣は、先に述べた竹内まりやを筆頭に、EPO、ムーンライダーズ白井良明と岡田徹、名アレンジャー大村雅朗、サウンドの職人・清水信之、大編曲家・萩田光雄、ポプコン出身の梅垣達志に、作詞家から三浦徳子、康珍化、吉沢久美子―― と、いぶし銀の面々がそろう。そう、70年代に端を発する、彼ら才能あふれるソングライターたちを潤沢にアルバムに起用できたのが、80年代の日本のアイドル界だった。
同アルバムのプロデューサーは、かつて加山雄三&ザ・ランチャーズのベーシストを務めた生粋の慶応ボーイの故・渡辺有三サンである。ポニーキャニオンの名物プロデューサーで、岡田有希子のデビューに当たり、山の手のお嬢様(プリンセス)路線を考案し、同じく慶応出身の後輩・竹内まりやに楽曲を依頼したのは彼である。
かくして、60年代の欧米ポップスにインスパイアされた古き良き王道アイドル路線が敷かれ、84年4月にデビュー曲「ファースト・デイト」、同年7月にセカンドシングル「リトルプリンセス」がリリースされる。
最後までデビューシングル候補を争った、「さよなら・夏休み」
僕が初めて、実物の岡田有希子に出会えたのは、このタイミングである。「リトルプリンセス」のキャンペーンで彼女が福岡を訪れた際、友人と2人で放課後に自転車を飛ばし、天神コアの屋上に駆けつけた。間近で見る彼女はテレビで観るよりずっと華奢で、高校2年の同級なのに、年下に見えた。キャンペーンはレコードを買うと握手できる特典があり、僕は2枚買い、2度握手した。思えば、AKB48の握手会商法は、既に80年代から存在した。
同年8月22日、彼女は17歳の誕生日を迎えた。そして、その2週間後の9月5日、念願のファーストアルバムがリリースされる。既出のシングル2曲に、オリジナル8曲の計10ナンバーで構成された『シンデレラ』である。
半袖シャツじゃちょっぴり 肌寒い季節
ひと気ない砂浜には
忘れられたパラソル
1曲目の「さよなら・夏休み」は、ファンの間でもひと際人気の高いナンバーだ。作詞・作曲:竹内まりや。さもありなん、同曲は「ファースト・デイト」と最後までデビューシングルを争った名曲中の名曲。編曲は清水信之で、ポップで瑞々しいアレンジをさせたら、この人の右に出る者はいない。竹内まりやや EPO をデビュー時から支え、「不思議なピーチパイ」や「う、ふ、ふ、ふ、」をアレンジした職人だ。
あんなに焼けた素肌も 色あせてきたら
制服に戻る時が 目の前に近づいてる
同曲は夏の終わりの切ないストーリーが描かれ、同アルバムを象徴するコンセプチュアルソングとなっている。歌詞は物語仕立てで、高校生の等身大の恋愛模様が綴られている。メロディも世界観も、どこか懐かしい。
そのアレンジャー清水信之が、自ら作曲も担当したのが、3曲目の「彼はハリケーン」である。作詞は朋友の EPO。これもひと夏の恋を綴った珠玉のナンバーで、グループ交際で訪れた海の家での、ちょっと危険な恋の予感が描かれる。
ひと夏の風をふるわせて
私の髪に口づけた 彼はハリケーン
砂浜で巻き込まれたなら
危険と知ってたはずなのに
同曲は、岡田有希子自身もお気に入りの1曲で、コンサートでは必ず披露される定番だった。亡くなる3日前の生涯最後のコンサートでも、アンコールの1曲目で歌っている。危険な恋と知りつつ、遊び上手な ”彼” に惹かれる優等生・岡田有希子を見るようで、意味深なナンバーでもある。
スクール通りの 白い喫茶店からね
帰りのバス停 とてもよく見える
4曲目は一転、恋に恋する奥手な女子高校生たちの心情が綴られた「丘の上のハイスクール」である。作詞は名人・康珍化、作・編曲は大御所の萩田光雄と、これも贅沢な作り手のナンバーだ。
まだかなって思う
そわっそわってしてる
女の子たち 待ってる
好きな彼
アルバム『シンデレラ』は、全編が17歳の高校2年生・岡田有希子の等身大の世界観で綴られている。どこか懐かしくも、今聴いても楽曲は少しも色褪せていない。例えて言えば、ドラマ『あすなろ白書』のオープニングに描かれた古き良きキャンパス―― あの世界。要は、誰の心の中にもある普遍的な “ノスタルジー感” を投影したものだ。
ひときわ 人目を引くフォームの
あの人を また今日も
見つめている
コートの片隅で ときめく
私に気づくかしら
憧れの先輩への思いを綴った珠玉のナンバー、「憧れ」
そして―― 同アルバムで最も人気の高い楽曲が、7曲目の「憧れ」である。作詞作曲・竹内まりや。テニス部に所属する女の子の視点で、憧れの先輩への思いを綴った珠玉のナンバーだ。詞・曲ともノスタルジー感にあふれ、極めてクオリティの高い逸品に仕上がっている。
あなたの視線 感じるたびに
うまく打てなくなるの
Shyな私
短いスコートが風に
ひるがえる姿
どうぞ 見ないで
ちなみに、竹内まりや自身、中高時代に軟式庭球部に所属した経験があり、同曲は彼女のリアルな思い出も投影されたと推察される。まるで私小説のようなディテール感のある詞がその証左だ。
憧れは女の子を
きれいにしてくれる
いつの日か夢がかなうと
信じてるの
岡田有希子が本物の “シンデレラ” になった夜
―― さて、このコラムもそろそろ終わりに近づいてきた。
最後に紹介するのは、9曲目の「ソネット」だ。同曲はファンの間で「憧れ」「さよなら・夏休み」と並ぶ、同アルバムの三大人気ナンバーとも。作詞:吉沢久美子、作曲:梅垣達志―― 梅垣サンは第2回のヤマハポプコンの入賞者であり、同アルバムの作家陣の層の厚さを思わせる。
秘密だけど 誰かに話したい
けれど口にしたらこわれてしまいそう
アルバム『シンデレラ』のプロダクションノートには、当時、ディレクターを務めた飯島美織(現・国吉美織)サンが、迷いながら手探りで作家陣を集めた経緯が綴られる。だが、不思議と完成したアルバムを聴くと、見事な世界観で統一されている。先にも述べたように、同アルバムが、誰の心の中にもある、普遍的な “ノスタルジー感” で構成されているからだろう。
透き通った 大切な恋だから
両手で 抱きしめているの
オレンジの花ひとつ 髪にさしていると
しあわせになれると いうけど
アルバム『シンデレラ』には後日談がある。
発売から16日後、岡田有希子はサードシングル「-Dreaming Girl- 恋 はじめまして」をリリースする。9月末には大阪と東京でファーストコンサートを成功させ、10月には『ザ・ベストテン』に念願のランクインを果たす。そして―― 年末にかけて怒涛の新人賞レースに参戦する。
1984年12月31日―― その日、帝国劇場で開催されたTBS『第26回 輝く!日本レコード大賞』で、岡田有希子は同年にデビューした新人の頂点に立つ「最優秀新人賞」を受賞する。彼女は涙を見せながらも、最後まで声がヨレることなく、フルコーラスを歌い切った。
その夜、岡田有希子は本物の “シンデレラ” になったのである。
※2018年9月5日、2019年9月5日に掲載された記事をアップデート
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2023.04.08