4月21日

ユッコをめぐる3つの四月物語 ー 岡田有希子と竹内まりや、そして広末涼子

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岡田有希子のデビューシングル「ファースト・デイト」がリリースされた日
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いきなり暗い話で申し訳ないが、岡田有希子さんが所属事務所のサンミュージックのビルの屋上から投身自殺を遂げて、この4月8日でもう33年が経つ。

当時―― 1986年4月というと、いわゆるバブル時代の前夜だ。意外にも不景気だったんですね。前年9月のプラザ合意で円高が急速に進行し、たった半年で1ドル240円から180円へ(今じゃ考えられませんネ)。あの頃、日本は「円高不況」なんて呼ばれていたんです。

そこで日銀は公定歩合を下げ、企業がお金を借りやすいようにした。その結果、市場にお金が流れ、それが土地や株や美術品にツッコまれ―― バブルになったというワケ。潮目が変わったのは翌87年3月。安田火災海上(現・損害保険ジャパン日本興亜)がクリスティーズでゴッホの「ひまわり」を53億円で落札してからである。

―― おっと、今回はバブルの話が本筋じゃなかった(それはまた別の機会に)。今回はわずか18歳で自ら命を絶った岡田有希子さんが、さかのぼること2年前の1984年4月21日にリリースしたデビュー曲「ファースト・デイト」の話である。

作詞・作曲は竹内まりや。そう、言わずと知れた山下達郎サンの奥さまだ。「まりや」か「まりあ」で迷ったら、竹内まりやました達郎と覚えると便利です、ハイ。

―― いや、そんな小ネタを披露したいんじゃなかった。「ファースト・デイト」の話である。当時、福岡で高校生活を送っていた僕は、部活帰りに立ち寄ったゲーセンで(ゼビウスとかハイパーオリンピックとかが流行っていた時代ですね)、壁に貼られた1枚のポスターに目が止まった。可憐な少女だ。笑顔がまだぎこちない。それがデビューを知らせる岡田有希子だった。この時、隣にいた水泳部の同僚の結城クンがポスターを指して、僕にこう教えてくれた。「あっ、この歌、詞がいいとって!」


 誰にも優しい あなたのことだから
 土曜のシネマに 誘ってくれたのも
 ほんの気まぐれでしょ
 それなのに WAKU WAKU 心騒ぐ
 ずっと前から
 チャンスを待ち続けてきたの
 クラスで一番目立たない私を
 選んだ理由はなぜ?


翌日、貸レコード屋(80年代当時、カネがない学生にとって FM のエアチェックと貸レコード屋は頼りになる存在でしたネ)で件の「ファースト・デイト」を借りた僕は、一聴して軽い衝撃を覚えた。よくあるアイドル歌謡曲と思いきや、マイナー調だが、どこか懐かしいメロディアスなライン。それに乗せて、まるで私小説のような少女の一人称の物語が語られる。間違いなく、作詞作曲を担当した竹内まりやの世界である。

実は、1984年という年は、“アイドル” という立ち位置が微妙にダサくなりかけていた時期だった。82年に「花の82年組」がデビューして、アイドル界は百花繚乱のごとく全盛期を迎えたんだけど、そこで大方のパターンをやり尽くしてしまい、翌83年は生き残りをかけた “振るい落とし” が行われた。

松田聖子と中森明菜、小泉今日子はアーティストへと脱皮を図り、堀ちえみは『スチュワーデス物語』で女優の道へ、石川秀美は美脚、早見優は英語力で次の一手を模索していた。そして迎えた84年―― 1月にチェッカーズの2ndシングル「涙のリクエスト」が大ヒットし、2月に型破りな新人・吉川晃司が「モニカ」でデビューする。そう、もはや時代は王道アイドルを求めていなかった。

―― そこへ、4月に岡田有希子である。「ファースト・デイト」のジャケットの中で、はかなげに微笑む少女。間違いなく王道アイドルだ。「古い」―― どう考えても、それは古かった。実際、同期の菊池桃子はデビュー曲の作詞を担当した秋元康サンの巧妙な戦略で、ステージ衣装ではなく普段着で歌い、アイドル番組にも出演せず、賞レースにも参加しないという徹底した “脱アイドル路線” が敷かれた。

対して、岡田有希子はフリフリのドレスで歌う王道アイドル。傍目には時代遅れに見えた。だが―― それは確信犯だった。

図らずも、僕がそれに気づいたのは、同年9月5日にリリースされた彼女の1stアルバム『シンデレラ』を聴いてからである。全10曲中4曲を竹内まりやが手掛け、残る作家陣は EPO、三浦徳子、康珍化、etc と多岐に渡るが、見事に世界観が統一されていた。

プロデューサーはポニーキャニオンの故・渡辺有三サン(元・加山雄三とザ・ランチャーズのベーシストで、数々のアイドルをプロデュースした音楽界の超有名人ですネ)だったが、実質、竹内まりやプロデュースとも取れる作品だった。

竹内まりやの原点は、60年代の欧米ポップスである。あるインタビューで彼女は自身の音楽観に影響を与えた楽曲として、ニール・セダカの「カレンダー・ガール」や「すてきな16才」、コニー・フランシスが歌った「ボーイ・ハント」や「渚のデイト」などを挙げている。日本では当時、弘田三枝子や伊東ゆかりらがカヴァーした楽曲だ。若い人たちは知らないかもしれないが、日本の60年代の歌謡界は欧米ポップスであふれていた。演歌の時代はその後である。

そう、岡田有希子のデビュー曲「ファースト・デイト」の原点は、60年代の欧米ポップスにあった。タイトルも竹内サンが好きな「渚のデイト」をリスペクトしたものだろう。そして、その延長線上にある1stアルバム『シンデレラ』も、その根底にあるのは60年代の欧米ポップスだった。かつてコニー・フランシスがキュートにアイドルソングを歌った姿に、竹内まりやは岡田有希子を重ねようとしたのだ。それはまさに確信犯的な古さで、一周回って新しさすらあった。

そう、温故知新。アルバム『シンデレラ』の1曲目に収められた竹内まりや作詞作曲の「さよなら・夏休み」の瑞々しいほどのメロディラインと詞の世界観は、今聴いても色あせない。個人的には、同アルバムは昭和の名盤100枚に入れても差し支えないと思う。

1986年4月8日、岡田有希子は天国へ旅立った。享年18。それは、1人のアイドルの死に止まらず、いわゆる王道アイドルの死をも意味したのかもしれない。事実、彼女の死後、時代は普通の女子高生たちが放課後感覚で芸能活動するおニャン子クラブが台頭する。この年、彼女たちはオリコンチャートで51週中、実に35週も1位を取るのだ。菊池桃子で脱アイドル路線を仕掛けた秋元康サンによる1つの完成型だった。

だが、ブームは長く続かない。翌87年になるとおニャン子の人気は失速、8月に解散する。そして日本の芸能界は、やがて長く暗い “アイドル冬の時代” へと突入するのである。

時代は一気に飛んで1997年4月15日、1人のアイドルがデビューした。広末涼子。曲は「Maji で Koi する5秒前」。作詞作曲は竹内まりやである。アイドルのデビュー曲を手掛けるのは実に13年ぶり、岡田有希子以来だった。同曲は50万枚を超える大ヒットとなり、広末涼子を一躍トップアイドルに押し上げた。

一聴して分かるが、アメリカの60年代のモータウンビートをオマージュした作品である。シュープリームスなどのガールズグループが全盛だった時代―― そう、これも温故知新だった。広末涼子のブレイクは長らく不在だった女性アイドルの復活劇となった。

1つ、興味深い話がある。「Maji で Koi する5秒前」と、岡田有希子の「ファースト・デイト」の共通点である。どちらも60年代の洋楽をオマージュした作品であり、好きな異性との初めてのデートを歌ったものだ。歌詞もよく似ている。


 ずっと前から
 チャンスを待ち続けてきたの
 (ファースト・デイト)

 ずっと前から彼のこと
 好きだった誰よりも
 (Maji で Koi する5秒前)


そう、それはかつて竹内まりやが岡田有希子で挑もうとした “王道アイドル復活” へのリベンジだった。そして、見事にそれは成功したのである。

岡田有希子がデビューした日、天国に旅立った日、そして竹内まりやが広末涼子でリベンジした日―― いずれも「4月」の話である。


※2017年4月7日、8日に掲載された前・後編の記事を一本化しアップデート

2019.04.08
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カタリベ
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