1980年代に4枚のオリジナルアルバムをリリースした岡田有希子。昨今のシティポップや80年代アイドルのリバイバルによって、彼女の作品が色眼鏡なく評価されるようになったことは非常に喜ばしい。そんなわけで今回は、今年(2025年)でリリース40周年を迎えたサードアルバム『十月の人魚』を紹介させていただく。
アルバムのジャケットに映るのは、人魚のような白いドレスを身に纏い、湖にたたずむ岡田有希子(ロケ地は芦ノ湖とのこと)。その表情に笑顔はなく、とても寂しげだ。他のシングルやアルバムのジャケ写と比べても異色である。
松任谷正隆によるサウンドプロデュース まず、このアルバムで特筆すべき部分は、全曲のサウンドプロデュースが松任谷正隆によるものだということ。林立夫(ドラム)、髙水健司(ベース)、松原正樹(ギター)、今剛(ギター)といった一流ミュージシャンたちによって奏でられる上品な松任谷サウンドに乗せて歌う岡田有希子の歌声がとても瑞々しい。セカンドアルバム『FAIRY』も松任谷正隆が全曲のアレンジを手がけているが作品のトータリティーという点においては『十月の人魚』のほうが完成度が高い。
作家陣も豪華で、財津和夫、竹内まりや、杉真理、かしぶち哲郎など、錚々たるミュージシャンが名を連ねる。その中で異彩を放つのが小室哲哉。当時はまだTMネットワークのブレイク前で、渡辺美里のヒット曲「My Revolution」のリリースよりも1年以上前に小室哲哉の曲を選んだ制作陣のセンスが素晴らしい。
そして何よりも、岡田有希子自身の表現力が前2作と比べて格段にアップしている。1985年10月号の『月刊明星』で、彼女はこのアルバムについてこうコメントしている。
「すっごく曲調が難しいんです。だから、本当に歌詞の中の人物になりきらないと歌いこなせないの。内容もだんだん大人っぽくなってきたから…」
なるほど、以前よりも深く作品と向き合っているのがわかる。制作陣だけでなく、本人もかなり力を入れたと思われるこの作品、当時から数々の80年代アイドルの作品を聴いてきた筆者が、それぞれの曲について分析してみた。
6枚目のシングル「哀しい予感」収録 A1「Sweet Planet」 作詞:三浦徳子 / 作曲:小室哲哉
オープニングにふさわしい、清々しいストリングスのイントロから始まるナンバー。小室哲哉がアイドルに書き下ろした初めての作品でもあり、彼の作り出す転調やシンコペーションの多いメロディがとても新鮮。途中に「♪スケッチは下手ですが」と、歌詞がそこだけ “です・ます調” になるところが、本人の真面目なキャラクターに合っている。
VIDEO A2「みずうみ」 作詞:三浦徳子 / 作曲:財津和夫
松田聖子の「チェリーブラッサム」「夏の扉」と同じコンビによる作品だが、その2作とは全く毛色が違うマイナー調のメロディが切ない。低い音程が続く歌い出しは珍しく、新たな魅力を感じた。財津和夫が岡田有希子の作品に携わっているのはこの曲と次の「花鳥図」の2曲だけだが、どことなく不安げな彼女の雰囲気をうまく引き出している。
A3「花鳥図」 作詞:高橋修 / 作曲:財津和夫
同じ財津和夫作曲でも前出の「みずうみ」とは全く違う、歌い出しから勢いのあるメロディ。アレンジからも少しオリエンタルな味わいを感じる。歌詞は幻想的な言葉で紡がれ、とてもファンタジックな世界が広がっている。
A4「哀しい予感」 作詞・作曲:竹内まりや
デビュー曲から数えて6枚目のシングル。それまでふんわりとした曲が多かっただけに、ハードなアレンジにビックリした記憶も新しい。彼の心が離れていく哀しさ… そんな胸が張り裂けそうな思いが歌声から伝わってくる。当時、私の周りにいた女性たちからは “重く感じてしまい聴くのがつらい” という声もあったが、それだけ表現力が高いという証拠でもある。
VIDEO A5「ロンサム・シーズン」 作詞・作曲:竹内まりや
別れてしまった彼を想うとても切ない曲。「♪今でも心は I still love you」という歌詞と、途中に入る「今でも あなたのこと 愛してます」というセリフが、岡田有希子を思うファンの気持ちと重なってしまい、聴くたびにどうしても泣けてしまう。後に竹内まりやも自身のアルバム『Quiet Life』でセルフカバーしているが、歌詞カードに “This song dedicated to the memory Yukiko Okada” という文言が書き添えられている。岡田有希子は竹内まりやにとっても思い入れのある存在だったのだろう。
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ゆったりとしたAORサウンドのタイトルチューン「十月の人魚」 B1「流星の高原」 作詞:高橋修 / 作曲:松任谷正隆
これから彼と愛を育んでいこうとする女の子の迷い、そして決意。そんな心の揺れを、短調から長調に展開するメロディでうまく表現している。哀しくて大人びた曲が多い中、この曲はハッピーでアイドルポップスの王道といった作りで、安心して聴くことができる。全体的に休符が短い箇所が多く、ブレスが難しいメロディだが、それを感じさせないのは安定した歌唱力のおかげだろう。
B2「Bien」 作詞・作曲:かしぶち哲郎
先に歌詞だけを読んだ時は、かなりPOPな曲なのかと思いきや、聴いてみたら洗練された雰囲気を漂わせた、ボサノヴァ風味のおしゃれなナンバー。「♪キスしていいのよ」「♪抱きしめて まわりを気にしないで」といった大胆で挑発的な歌詞が、松任谷正隆による洗練されたアレンジで下世話になることなく、とてもかわいらしく仕上がっている。「♪心をはだかにして」というフレーズにちょっとドキドキしたものだ。
VIDEO B3「ペナルティ」 作詞:竹内まりや / 作曲:杉真理
「哀しい予感」が、心変わりしたかもしれない彼氏への悲痛な思いを訴えているのに対して、この曲は彼女が一度だけ浮気をしたことで、彼氏の心が離れてしまうシチュエーション。つまり、真逆のパターン。「♪愛を試す 女の子の 本音はいつでもジェラシー」とあるので、彼氏の心をもっと惹きつけたかったからこその行動だったのだろう。「♪時を戻すためなら 何でもするけれど」のところで、メロディが一時的に長調になるところが、ほんの少しの望みに期待している主人公の心象を表しているような。
B4「十月の人魚」 作詞:高橋修 / 作曲:松任谷正隆
アルバムのタイトルチューン。ゆったりとしたAORサウンドが心地よく、ジェイク・H・コンセプションが奏でる間奏のサックスソロを聴いていると、松任谷由実のアルバムに収録されている曲かと錯覚するほどのアダルトな仕上がり。切ない歌詞からはアンデルセンのおとぎ話『人魚姫』のような悲しい恋を思い浮かべる。
VIDEO B5「水色プリンセス -水の精-」 作詞:三浦徳子 / 作曲:小室哲哉
幻想的なイントロから一転、目が覚めるようなシャープなピアノのバッキングで始まる。同じ小室哲哉作曲の「Sweet Planet」のような、派手な転調はないが、それまでの彼女の作品にはなかった、細かい譜割りのメロディを見事に歌いこなしている。恋に迷う女の子をプリンセスに例え、ファンタジックに表現。デジタル感のある小室メロディだが、途中クラシカルな展開になるところが印象的で、アルバムのラストを華麗に飾っている。
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岡田有希子のアルバムの中では最高傑作 このアルバムは、オリコンのアルバムチャートで最高4位、6.6万枚のセールスを記録。前作『FAIRY』の最高2位、9.9万枚を超えられなかったのは、大人びた岡田有希子に戸惑ったリスナーが多かったのだろうか。しかし、全体的にとても丁寧かつ繊細に作られていて、個人的には岡田有希子のアルバムの中で最高傑作だと思っている。
岡田有希子が残した作品たち、そしてその歌声は今も全く色褪せない。彼女のことを少しでも知っている人は、シングル曲だけでなく、アルバムでたくさんの曲を聴いてみてほしい。そう、彼女がいかに素晴らしい歌手だったかということが改めて認識できるだろう。様々なミュージシャンが彼女の作品に携わり、完成度の高い作品が数多くあることからも、彼女が歌手としてどれだけ将来を期待された存在であったのかということがわかるはずだ。
Updated article:2025/09/18 Previous article:2024/10/08
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2025.09.18