5月4日

ザ・キュアー「ポルノグラフィー」が放つゴシックの炎

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ザ・キュアーのアルバム「ポルノグラフィー」がリリースされた日
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『FUJI ROCK FESTIVAL '19』の来日も記憶に新しいザ・キュアーであるが、彼らの呪われた傑作『ポルノグラフィー』に関して、ロバート・スミスはかつて「事実上耐えられない」アルバムを作ったとコメントした。

「俺は究極の “くたばりやがれ” と言いたくなるようなアルバムを作って、バンドを辞めるつもりだった」とも言っており、それも頷けるような、イージーな環境や心理状況で聴けるものではない。ここには作り手の絶望や怨念が、全人類を呪殺せんばかりに凝縮されている。というのもアルバム冒頭「俺たち全員死んだって問題ない」と歌って始まりさえするのだから。

翌年には「ザ・ラヴキャッツ」で UK チャートの初トップ10入りを果たすバンドとは思えない、モノトーンで救いがたいニヒリズムに閉ざされている。とにかく年200回を超えるライヴアクトや祖父母の死、自前のうつ病などでロバート・スミスは心身ともに疲れ果てていた。

『セヴンティーン・セコンズ』(1980)、『フェイス(信仰)』(1981)、『ポルノグラフィー』(1982)という初期作品群は「概念三部作 / 暗黒三部作」などと呼ばれ、80年代後半くらいから『キス・ミー、キス・ミー、キス・ミー』(1987)で爆発するカラフルなポップセンスとは全く異なる内省主義と厭世観に貫かれている。

特に『ポルノグラフィー』に関して、「音の壁」を現出させるような重厚なサウンドプロダクションから、デイヴ・ヒルという批評家が「地獄に堕ちたフィル・スペクター」と評したのは的確だろう。ところで当時の評価は全体にどのようなものだったのか?

『ヴィレッジ・ボイス』の影響力ある批評家ロバート・クリストゴーは、ロバート・スミスの陰鬱な歌詞に対して「元気出せよ」と気の利かないジョークを浴びせたりもしたほどで、リリース当時は賛否両論入り乱れた。

とはいえ、いまでは「古典」の位置を獲得している。キュアーの伝記本『Never Enough』の著者ジェフ・アプターは、デヴィッド・ボウイの『ロウ』やルー・リードの『ベルリン』などの実験的傑作と並べつつ、「正当な評価を得るには適切な距離と時間が必要だった」と、こうした事情をまとめている。

リリース当時のバンドの状況や、それへの評価など概観したところで、肝心の作品内容に踏み込んでみよう。

アルバムで唯一シングルカットされた「首吊りの庭」が最もファンに愛好される一曲かと思うが、僕が特に愛する一曲は7曲目の「氷塊(Cold)」。怪しげな弦楽の音を、エコーをかけた強烈なドラムが打ち消して始まるもので、そこにさらに―― ボウイの『ロウ』、あるいはジョイ・ディヴィジョンの『クローサー』の影響を如実に感じさせる―― シンセサイザーの冷え切ってダークなメロディーが加わり、酔わせる。

意外なことに、ロバート・スミスはジョイ・ディヴィジョンからの一聴して明らかな影響を否定していて、初期サイケデリック・ファーズのサウンドのパワフルさ、あるいはスージー・アンド・ザ・バンシーズが本作の直接的なインスピレーションになったと語っている。またこの時期に彼がよく聞いていたレコードはニコの『デザートショア』(1970)で、リリックの厭世観や退廃感に間違いなく影響がにじみ出ている。

しかし曲単位でどうのというより、全編にわたってサウンドプロダクションが秀逸で、不明瞭かつ不気味な世界観が一つのアルバムのかたちで提示される。泥の中でのたうちまわるような不自由さでありながら、同時に流砂のように捉えどころがなく、全体に蜃気楼のように霞んでいる。

そして安易なカタルシスを拒否するようなアンチクライマックスな構成の楽曲群は、とくにリヴァーヴをかけ螺旋下降していくようなオープニングトラック「血塗られた百年(One Hundred Years)」のギターループの「出口なし」の雰囲気も相俟って、サルトルいうところの「吐き気」―― 決して嘔吐ではない―― をリスナーに常にもよおさせる。

前作『フェイス』収録の「灰色の猫(All Cats are Grey)」と「溺れる者(The Drowning Man)」は、20世紀ゴシックファンタジーの極北であるマーヴィン・ピーク『ゴーメンガースト』にインスパイアされたものだという。『ポルノグラフィー』にも敢えてそうしたゴシック小説との対応物を見つけるならば、ウィリアム・ベックフォードのアラベスクゴシックの傑作『ヴァテック』一択だろう。

この小説はピラネージ描く悪夢的な無限迷宮図にインスパイアされていて、地獄へ通じる無限階段を下降していく狂王ヴァテックの描写にそのヴィジョンが活かされている。キュアーの『ポルノグラフィー』の音迷宮は、『ヴァテック』のサウンドトラックのように響くのである。

『ヴァテック』など、わざわざ古典ゴシックロマンスを引っ張り出したのにはそれなりの理由がある。このコラムのタイトルにある「ゴシックの炎」とは、インド人デヴェンドラ・ヴァーマによって50年代に書かれた影響力あるゴシック・ロマンスの研究書から拝借したもので、最近邦訳もなった。

要するに、このアルバムの描いた世界観こそが端的に「ゴス」だと言いたいのだ。NME が2011年に「最もダークなアルバム50枚」という企画で本作を6位にチャートさせ、「おそらくゴスを発明したアルバム」と評した(しかし発明したのはおそらくジョイ・ディヴィジョンが先だろう)。

最後に、本作の放つ「ゴシックの炎」に魂を焼き焦がされた、海外のキュアー・ファンのレヴューを二つほど紹介したい。

megalodon 氏は「スプートニク・サウンド」というサイトで、このアルバムは「ニヒリズムが支配し、酒と同じくらい涙は強力なもので、死が唯一絶対のものである」といってレヴューを締めている。「ゴシックハート」(高原英理)の持ち主にしか書けないような一文だ。

また MrGarland 氏も同サイトで、「この血で染まった宝石をまだ聴いていない人へ、一体何をやってるんだ? 内なる悪魔と向き合え」と煽ってレヴューを終えている。

一種の悪魔祓いとして、是非ともこのコラムを読んだ人は本作を聴いて、「内なる悪魔」と向き合っていただきたい。

2019.08.15
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