傑作『ラ・ラ・ランド』に、a-haの「テイク・オン・ミー」をプールサイドで演奏する印象的なシーンがあった。この曲が流れるあたりから物語は一気に波に乗ることもあって、妙に忘れ難い印象を受けたのは確かだ。
映画が終わって吉祥寺オデヲンを出た僕は、何だかムショーにこの曲のPVが見たくなってきて、家に帰ると狂ったように連続再生した。その過程で比較対象になりそうなもう一つのPVも思い出した。
ともに1985年リリースの楽曲…… これは何か書けそうな予感。
a-haの「テイク・オン・ミー」とダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」といえばMTV黄金時代を象徴する傑作PVであまりにも有名だが、この2つが実はスティーヴ・バロンという同じPV監督によって撮られていることは、意外とご存知ない方も多いのではないだろうか。
この2つは似たようなアプローチをしているが、同時にネガ・ポジの関係にもなっているので、比較して観ると面白いかもしれない。
「テイク・オン・ミー」では、女の子が読んでいる漫画のヒーローが突然ウインクしてきて、紙という平面から超え出るように手を差し伸ばしてくる。恐る恐るその男の手を掴んだ彼女は、「紙の国のアリス」となってポップでスリリングなロマンスを体験することになる。一方「マネー・フォー・ナッシング」では、リビングで椅子に腰かけMTVを凝視しているCGで描かれた男が、突然TV画面の中に吸い込まれていく。
共に人間が漫画・TVというメディアへ侵入――というかもっと祝祭的に「融合」――する形で、自らの住む世界(=次元)を超え出る姿を描く。
とはいえ冒頭でネガ・ポジと言ったように、「テイク・オン・ミー」がコミック世界とリアル世界の融合を幸福感たっぷりに描いていたのに対し、「マネー・フォー・ナッシング」ではむしろTV世界とリアル世界の融合がもたらす弊害を指摘しているようだ。
この曲の「MTVでギター弾いてるけど / 全然なってないな / それがお前のやり方か / 楽して金儲けってか」という歌詞に代表されるシニカルなMTV批判のスタンスを、バロンは映像的に実現するという約束込みでマーク・ノップラーというPV嫌いのミュージシャンを説得した経緯があったりもする。
ちなみに、a-haの続くシングル「シャイン・オン・TV」(1985年)のPVもバロンによる作品だが、「テイク・オン・ミー」で結ばれたはずの二人のカップルが別れるシーンから始まる。それも生身の世界に降り立った漫画の世界のヒーローが、リアルな肉体を保てず結局もとの世界に戻ってしまうという不幸を描く形で……
スティーヴ・バロンはMTVのもたらす全能感を表現すると同時に、それに警鐘を鳴らすような意識も持っていたプロブレマティックな映像作家だったのではないか。
2017.04.04
YouTube / RHINO
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