5月9日

松田聖子「ボーイの季節」独身時代ラストを飾る尾崎亜美の楽曲

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松田聖子の第1幕を締めくくる「ボーイの季節」


1980年代の松田聖子は、作詞家の松本隆とセットで語られることが多い。シングルでは、1981年に発売された「白いパラソル」から14作連続で作詞を担当し、いずれもオリコンで1位を獲得。アルバムに至っては、4作目の『風立ちぬ』から10作目の『Windy Shadow』に収録されたほぼ全曲を作詞し、80年代後半にはアルバム自体のプロデュースも手掛けた。大滝詠一、細野晴臣、松任谷由実などの大物アーティストを作曲家に招くなど、聖子の一時代を築いた立役者と言っていいだろう。

その蜜月関係が一時途切れたのが1985年。尾崎亜美が作詞・作曲した同年1月発売のシングル「天使のウインク」と5月発売の「ボーイの季節」、そして6月に発売された11作目のアルバム『The 9th Wave』である。

「天使のウインク」はノリがよくハイテンポで、ファンの人気も高い楽曲。一方の「ボーイの季節」は、スローなバラードで、どちらかといえば地味な部類の曲だ。折しもこの年の聖子は、神田正輝との婚約を4月に発表して5月から休業に入る。そのため、「ボーイの季節」をテレビやコンサートで聞ける機会はほとんどなく、ザ・ベストテンで1位を獲得した時も、別番組で本人が歌う映像が流された。松田聖子の80年代全シングルのなかでも印象が薄く、不遇な曲である。

しかし、「ボーイの季節」は80年代前半の歌謡シーンを駆け抜けた松田聖子の第1幕を締めくくるのにふさわしい楽曲だと、私は評価したい。

独身時代最後のシングル、大人の入口に立った主人公


もともと「ボーイの季節」は、アニメ映画『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』の主題歌として制作された。聖子が歌った「SWEET MEMORIES」が流れるサントリーのCMに登場するペンギンがキャラクターの映画である。中川右介氏の著書『松田聖子と中森明菜[増補版]』(朝日文庫)によれば、当初、シングルとしての発売予定はなかったが、休業が急きょ決まったのでリリースしたらしい。

しかし私は、この曲が独身時代の聖子最後のシングルとして出されたことに運命を感じる。それは、アイドルとして活躍した自分と決別せざるを得ない感情が、この曲からひしひしと伝わってくるからだ。

まず、松田聖子がそれまでに発売したシングル曲中、これほど切ない曲はない。バラード調の「ガラスの林檎」や「瞳はダイアモンド」からも哀愁は感じるが、切なさはそれほど感じない。しかし「ボーイの季節」からは、幸せだった過去をいつくしみ、あの時に戻りたいという切なさが強烈に伝わってくる。1番のサビを引用する。

 夢よ いかないで
 Please don't take my dream
 強い風が吹く丘で
 少年の頃に見た
 夏に逢える…

尾崎亜美が紡ぐ歌詞は難解だが、想像の余地は大きい。この曲はさまざまな解釈が可能だが、私は「ボーイの季節」を、主人公の女性が少女の頃に恋人の少年(ボーイ)と作った夏の思い出を回想する歌だと受け止めた。成長して大人の入口に立った主人公は、思い出の地である「強い風が吹く丘」を再び訪れる。思い出を振り返るうちに、切なさがこみ上げる。スローでどこか寂しげなメロディーの魔力が、感情を引き立てる。

聖子の心情やいかに? 強烈すぎる楽しい記憶、夏が痛い…


続く2番のサビ。

 時よ いかないで
 Keep me, Summer time
 あなた遠くを見てるの
 妬けるほど 熱い目を
 夏に向けて

少女は少年が大好きだった。しかし少年は、自分よりも夏に目を向けていた。そのことに、過去の自分は嫉妬していた。

 愛を消さないで
 Please don't take my boy
 どうか 風が止むまでは
 気紛れなJealousyね
 夏が痛い…

それでも、少年と過ごした夏は楽しく幸せだった。しかし、楽しい時間は過去のもの。あの頃に戻りたいが時は非情だ。せめて今は、風が止むまでここに留まりたい。あんなに楽しかった夏が、切ないくらい痛い…。

この、楽しい記憶が強烈すぎて痛いという感覚は、それこそ痛いほどわかる。楽しかった思い出は過去に遠ざかってほしくないと、誰もが願うからだ。そして、この曲を満足に歌えなかった松田聖子の心情も同じだったのではないか。

収録アルバム「The 9th Wave」の作詞家は全て女性


なお、「ボーイの季節」が収録されたアルバム『The 9th Wave』は、尾崎亜美を含め作詞家は全て女性。収録された楽曲からは、もう一人の自分が今の自分を眺めているような冷めた感情と一抹の寂しさが感じられる。従って、花嫁となる聖子が松本隆と歩んだ過去をこのアルバムでリセットした気がしてならない。

ファンがよく語るように、独身時代の聖子は「裸足の季節」から始まり「ボーイの季節」で終わった。夏に愛を求めて走り出し、春夏秋冬を縦横無尽に駆け回った聖子。その終わりを締めくくった季節は、やはり夏だった。しかし、彼女が思い出を作ったボーイは、もういない。そして聖子も、結婚という区切りとともに、少女を歌ったアイドルとしての過去を封印したのである。



2020.10.17
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カタリベ
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