2月17日

田原俊彦「ピエロ」大人へのステップをしっかりと踏ませたジャニー喜多川の計算

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たのきんトリオのなかでも正統的エンターテイナー、田原俊彦


「ピエロ」は1983年2月に発表された田原俊彦の13枚目のシングル曲。チャート2位を獲得し、同年のレコード大賞金賞を受賞している。

個人的にだけれど、当時、田原俊彦(トシちゃん)には軟弱なアイドルという印象を持っていた。それは彼が “たのきんトリオ” という形でアピールされ、やんちゃな近藤真彦(マッチ)、シャイな野村義男(よっちゃん)と対比されることによって強調された側面もあったとは思う。

けれど、還暦を迎えた今でもキレのあるダンスを見せながら歌うエネルギッシュな田原俊彦のステージを観て、あの時代における彼の存在を見直してみたいと思った。

田原俊彦が歌手デビューしたのは1980年6月。前年のテレビドラマ『3年B組金八先生』に生徒役で出演し、人気が急上昇しているタイミングだった。

この頃のジャニーズ事務所はあまりパッとした状況ではなかった。1975年に郷ひろみが退所し、1978年にフォーリーブスが解散してからはなかなかビッグスターが生まれていなかったのだ。だから、そんな時に登場した “たのきんトリオ” はまさに救世主的存在だったのだと思う。

たのきんトリオはグループアイドルではなく、あくまで田原俊彦、近藤真彦、野村義男というソロアイドルのユニットだった。だからドラマや映画の共演はあったものの、3人が参加する歌唱楽曲はほとんど無い。けれど、“たのきんトリオ” の3人の個性は、その後のジャニーズアイドルのキャラクターの広がりのプロトタイプになったのではないかと思う。

近藤真彦は “いまどきの男の子” らしいカッコよさを強調した新しいタイプのアイドルだったし、野村義男は歌手よりもギター演奏に情熱を傾けるバンド志向の強い存在だった。そんな彼らに較べると田原俊彦は正統的エンターテイナーだったと言えるだろう。

親しみやすさとかっこよさを兼ね備えた男性アイドル像


もともとジャニー喜多川はアメリカのミュージカルスターのように歌って踊れるエンターテイナーの育成を目指していた。初期ジャニーズを支えたフォーリーブスも郷ひろみも歌って踊るスタイルだった。そうしたある意味で “正統的なジャニーズ” のスタイルを “たのきん” の中で体現していたのが田原俊彦だった。

デビュー曲「哀愁でいと」も異色だった。一見、なんてことのない歌謡ポップスに聴こえたけれど、当時アメリカでアイドル的スターだったレイフ・ギャレットの「NEW YORK CITY NIGHTS」のカヴァーだった。改めて聴くと、この曲にはジャニーズアイドルとしての王道を受け継ぐとともに、最新の洋楽感覚も取り込んで田原俊彦ならではの世界観を育てている。そんなプロデューサーであるジャニー喜多川のメッセージが込められていたのかなと思う。

テレビを新曲アピールの主戦場とした当時の歌謡アイドルのルーティーンに習い、田原俊彦もほぼ3か月に1枚のペースでシングルを発表していきながら、次第にレパートリーの幅を広げていく。初のチャート1位を獲得したセカンドシングル「ハッとして!Good」(1980年)でスウィートなボーイ・ミーツ・ガールの世界を描き、一連のシングルを通じて、親しみやすさとかっこよさを兼ね備えた男性アイドル像をさまざまに肉付けしていった。

さらに、「グッドラックLOVE」(1981年)では作曲に松田聖子の「青い珊瑚礁」などを手掛けた小田裕一郎が参加、「君に薔薇薔薇…という感じ」(1982年)では大御所、筒美京平を起用。また、「NINJIN娘」(1982年)ではコミカルなノヴェルティソングにチャレンジするなど、その音楽世界を作り出す作家陣も充実させていった。

大人のダンディズムを感じさせる振られ歌「ピエロ」


「ピエロ」は、田原俊彦に仮託された “男の子” が大人のニュアンスを持ち始める、というためのひとつのステップとなった作品だったと思う。

前作の「ラブ・シュプール」(1982年)では、この頃ディスコの定番だったボーイズ・タウン・ギャングの「君の瞳に恋してる」(オリジナルはフランキー・ヴァリ)を連想させる華やかなストリングスサウンド、ゴージャスな気分を演出していたが、「ピエロ」では打って変わってロック色を強めたちょっとビターなテイストが表に出ていた。

「ピエロ」の作曲を担当したのは、6枚目のシングル「悲しみ2(TOO)ヤング」(1981年)で田原作品に初参加した網倉一也。作詞は、これが初めての田原作品となる来生えつ子だ。

なにより印象的なのが、「ピエロ」が明確な “振られ歌” だということ。これまでにも「悲しみに2ヤング」「グッドラックLOVE」など “別れ” をテーマにした曲はあったけれど、ここまで一方的に女性から振られるというシチュエーションは珍しいのではないだろうか。さらに、振られたという事実をしっかり受け止めて、自分はピエロに徹することを覚悟する詞からは、ちょっと大人のダンディズムも感じられる。

印象的な歌謡ロック的テイストと、“静” の振り付けで深化したダンス


歌詞でも大人を感じさせているが、サウンドでも “歌謡ロック” 的テイストを強めることで、どこか内省的な秘めた想いのニュアンスを感じさせているのも印象的だ。

音源を聴いているだけではわからないけれど、YouTubeで視ると「ピエロ」の振り付けも印象的なものがある。

それまでの楽曲では、マイケル・ジャクソンを思わせるようなキレキレのステップを多用していた田原俊彦が、この曲では動きを抑えた “静” の振り付けで気持ちを表現していた。とくに、スタンドマイクを両手で掴んだままじっと動かない間奏にはとても強いインパクトがある。

得意な動きを抑えることでそれまでには無かった情感を伝える「ピエロ」は、田原俊彦のダンスの表現力も、さらに深いものにした曲と言っていいのではないかと思う。

「ピエロ」に感じられた大人っぽさは、次のシングル「シャワーな気分」にも感じられる。これは「ピエロ」の前作だった「ラブ・シュプール」と同じく作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平による曲。いわば誘惑ソングなのだけれど、タイトルの “シャワー” で象徴されているように、プラトニックな関係から一歩踏み込んだ男と女の関係に誘惑しようとする歌なのだ。

プロデューサー・ジャニー喜多川の計算? 大人に向かう田原俊彦


こんなふうに、作品の世界に “大人っぽさ” のニュアンスを濃くしていくことは、長い期間のアーティスト活動を想定した場合には必要なステップだ。しかし、絶頂期を迎えていたアイドルの活動にとっては急なイメージチェンジは両刃の剣ともなりかねない。

「ピエロ」や「シャワーな気分」を聴くと、田原俊彦はこの課題をかなり見事にクリアしたのではないかと思う。かなり攻めた楽曲でも、田原俊彦が歌えばけっしていやらしさは出ず、新鮮な魅力として伝えることができる。聴き手は、その時にはただカッコよさに夢中になっているだけかもしれないけれど、後で振り返った時に、これらの歌によって彼が大人へのステップをしっかり踏んでいたことに気づく。ジャニー喜多川は、プロデューサーとしてそこまで計算してこれらのシングルを出しているのではないだろうか。

「ピエロ」「シャワーな気分」の後に、作詞を岩谷時子、作曲をポール・アンカが手掛けた、まさに大人のたたずまいをもった曲「さらば‥夏」を出していることにも、大人に向かう田原俊彦を明確に表現するという意味があったのではないだろうか。

田原俊彦を大人の表現に向かわせた「ピエロ」から始まる1983年の一連のシングル曲こそ、田原俊彦が今も現役として活動を続けることができるための伏線だったのかもしれないと思う。


2021年8月17日に掲載された記事をアップデート

特集 田原俊彦 No.1の軌跡



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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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