大御所の匂いを感じさせない坂崎幸之助
4月15日は坂崎幸之助の誕生日。彼は1954年生まれだから2024年に古希を迎えることとなる。
僕の個人的な感覚だけど、アルフィー以外では先輩アーティストとの活動が目立っていたためか、彼にはどこか若手という印象がつきまとってしまう。しかし、言うまでもないけれど、立場的にはすでに大御所と呼ばれるべき存在だし、音楽的実績としても申し分のないものがある。それでも大御所の匂いを感じさせない、というところも坂崎幸之助の “らしさ” なのかもしれない。
アルフィーにおける坂崎幸之助は、ボーカルやコーラスの重要な担い手であるとともに、アコースティックギターを操って演奏に繊細な陰影やまろやかさをもたらし、アルフィーならではの音楽性の高さと親しみやすさを兼ね備えたサウンドを作り出すキーマンとなっている。
もちろん、アルフィーのボーカルワークやサウンドメイキングにおいては、3人それぞれがキーマンだということも前提なのだけれど。
日本屈指のアコースティックギターの名手というイメージが強い坂崎幸之助だが、同時に彼はマルチプレイヤーとしての顔も持っている。ギターだけでなく、バンジョー、マンドリンなども弾くし、櫻井賢にベースを教えたのが坂崎幸之助だと言われるが、アルフィーのステージでも曲によってはベースを弾くときもあるしシンセドラムを演奏することもある。マルチプレイヤーとしての坂崎幸之助の存在が、アルフィーのサウンドにさらに広がりをもたらしているということも確かだろう。
アルフィーを離れた多彩な活動
坂崎幸之助の多才ぶりはアルフィーのなかで遺憾なく発揮されているが、アルフィーを離れた彼の活動の多彩さも尋常ではない。もっとも有名なのはフォークのオーガナイザーとしての活動だろう。
そもそも都立墨田川高校時代に、学校で禁止されていたギターを弾けるようにしたいという動機からフォークソング同好会を設立したというエピソードもあるように、彼のルーツにフォークがあると言っていいだろう。
坂崎幸之助が、アルフィーの原型である桜井賢らのコンフィデンスに参加することになったのもフォークコンテストでの出会いがきっかけだったし、アルフィーがブレイクするきっかけになったBE∀T BOYS(ビート・ボーイズ / アルフィーの覆面グループ)の『スターズ☆オン23 吉田拓郎』(1981年)も、坂崎幸之助の見事な吉田拓郎の歌真似も含めたフォークへの造詣の深さがものを言っていると思う。
実際に彼は、自分が影響を受けたフォークシンガーやロックアーティストと積極的に共演し、ステージだけでなくプライベートでの交流も行っていった。共演した先輩のフォークシンガーたちも、どんな曲でも即座にギターで伴奏し、自分たちよりも自分たちのことを知っている坂崎幸之助の博識と演奏力の高さを評価して、信頼できる後輩として受け入れていった。
こうしたフォークシンガーとの共演のなかでも特筆すべきなのが、2002年に行われたザ・フォーク・クルセダーズの再結成において、はしだのりひこではなく坂崎幸之助が抜擢されたことだろう。この再結成にあたって制作されたアルバム『戦争と平和』が制作され、同年11月には東京・NHKホールで一度だけの再結成ライブが行われたが、どちらにも坂崎幸之助は正式メンバーとして参加。その後に行われた再結成活動にも参加している。
さらに2007年には加藤和彦とのユニット和幸を結成して『和幸:ゴールデンヒッツ』(2007年)、『ひっぴいえんど』(2009年)といった2枚のアルバムを出している。
若い世代とベテランフォークシンガーとの懸け橋
こうして彼の先輩にあたるフォークシンガーとの交流を深めていくとともに、”フォークの素晴らしさを若い世代にも伝えたい” という想いから、坂崎幸之助はより若い世代とベテランフォークシンガーとの懸け橋の役割を果たすようなポジションを取るようになっていく。
1990年代から2000年代にかけて、NHK-BSで複数回にわたって放送された『フォークソング大全集』『フォーク大集』といった番組の仕掛け人となるなど、テレビやラジオでフォークをクローズアップする番組に積極的にかかわっていった。
なかでも僕にとって強い印象を残しているのが、笑福亭鶴瓶が不定期に行っていた深夜番組『朝まで生つるべ』に坂崎幸之助が出演した回(2002年)だった。笑福亭鶴瓶のトークの合間に坂崎幸之助が弾き語りでフォークを歌うという番組だったが、笑福亭鶴瓶のトークも台本無しで、その話を聞きながら坂崎幸之助がふさわしい曲を瞬時に選んで歌うという、まさにトークと歌の最上級のセッションだった。
この『朝まで生つるべ』の素晴らしさを生かした番組として、2003年には坂崎幸之助をレギュラーとした『朝まで生つるべ』が始まっている。
シリーズ化された「坂崎幸之助のお台場フォーク村」
2003年には坂崎幸之助によるもうひとつのフォークイベント『坂崎幸之助のお台場フォーク村』がスタートした。これはフジテレビの企画として不定期で開催されたライブイベントで、坂崎幸之助を村長としてベテランのフォークシンガーだけでなく、若手のアコースティック系アーティストも参加して行われ、世代を超えた交流の場として人気を得てシリーズ化されていった。
このフォーク村というコンセプトは、アマチュア時代の吉田拓郎らが在籍した広島フォーク村をはじめ、1960年代から1970年代にかけて全国各地で行われた “フォーク村” という名のフォークソング活性運動の趣旨を継承しようという意思が込められている。
この『坂崎幸之助のお台場フォーク村』は定期的なイベントとして継続され、吉田拓郎などのビッグネームが出演することもあり、テレビでもされたりもしていたが、2014年に『坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT』としてCSのフジテレビNEXTでの月1ライブ番組として再スタートする。
坂崎幸之助が村長であることは変わらないが、ももいろクローバーZがレギュラーとして参加し、フォークについて白紙状態だった彼女たちにその魅力を教えるとともに、彼女たちの音楽的スキルを高めるべく坂崎幸之助が指導していく、というニュアンスの番組となった。
ももクロと坂崎幸之助、異色の組み合わせ
一見、異色の顔合わせでスタートした『坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT』だったが、完全生演奏、生歌唱の2時間に及ぶ生ライブ音楽番組という姿勢が貫かれ、さらに幅広いゲストの人選や選曲のユニークさもあって、テレビの音楽番組の中でももっともリアルなライブ感を味わえる番組として支持されていく。
坂崎幸之助と “ももクロ” との相性も良く、“フォークをはじめとする日本の音楽遺産の継承” というコンセプトをさらに幅広い世代に拡大させる異色の番組として定評を得ていった。
この “フォーク村” は、2019年に坂崎幸之助と玉井詩織(ももいろクローバーZ)のふたりがレギュラーとなる『しおこうじ玉井詩織 × 坂崎幸之助のお台場フォーク村NEXT』として現在も継続している。
ⓒ FujiTelevision Network
フォークの洗礼を受けた粋人、坂崎幸之助
この他、坂崎幸之助の音楽活動の幅広さはあげていったらキリがないが、音楽以外でも、爬虫類の飼育、カメラの収集と写真撮影、江戸切子の収集など、その趣味の多才さや造詣の深さもただ者ではないレベルだ。そんな坂崎幸之助の多趣味さに関しては、坂崎家の血筋が大きな影響をもたらしているのではないかという気もする。
それというのも、坂崎幸之助の叔父に趣味人として知られるエッセイストの坂崎重盛がいるからだ。僕は一度、東京駅で坂崎重盛とすれ違ったことがあるが、けっして派手ないでたちをしいるわけではないのに、思わず目が引き寄せられてしまうような粋なたたずまいがとても印象的だったことを覚えている。
まさに、世が世なら多彩な趣味を持つ文人になるべき人が、フォークの洗礼を受けたことで、音楽の世界に遊ぶ粋人となった。坂崎幸之助とは、そんな人なのではないかと思う。
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2024.04.14