2003年 3月25日

リンキン・パークとデペッシュ・モード、ミクスチャーに受け継がれるニューウェーヴ

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 2003年のコラム 
ただただまぶしかった大江千里、くもりのないポップスは時に罪つくり

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photo:Warner Music Japan  

2000年代的ミクスチャーロックの完成形、リンキン・パーク


これはあくまで自分のスタンスなのだが、青春時代にリアルタイムで聴いていた音楽を懐かしむというのは性に合わないので、基本的に避けて生きている。ところが先日、何の虫の知らせか頭の中で急にリンキン・パークの「ブレイキング・ザ・ハビット」(2003年)が降りてきたので、十数年ぶりくらいにこのバンドを聴き返してみた。

聴きながらフラッシュバックする当時の苦い思い出。特に強く思い出されたのが中学の頃、友達がいないので昼休みに誰もいない教室で一人読書をしていた時のことだ。20人くらいのクラスメイト達が廊下から教室のドアを思い切り叩きはじめ、しまいには外側から鍵をかけて幽閉されてしまった。一人締め出されながらも彼らはドアの窓越しに私を見ながら笑い続けるので、まるでゾンビかなんかのホラー映画みたいな光景で大変怖かった。その視線から逃れようと、仕方なしに自ら閉じこもった教室の掃除ロッカーの中で正気を保つべく、CDプレーヤーで聴いていた曲がリンキン・パーク(以下リンキン)の「ナム」(2003年)だった。

当時、ビルボードのホット・モダン・ロック・トラックスチャートで12週連続1位となったバンドの代表曲。陰鬱すぎない美メロに繊細なヴォーカルとラップ、それでもってサビでの訴えかけるように悲痛なシャウトとのコントラストは、今聴くとまさに2000年代的なミクスチャーロックの完成形だと思える。「ナム(numb)」とは日本語で “麻痺する” という意味だが、母親からの期待や抑圧からアイデンティティの確立に悩みまくった挙句、これ以上傷付かない為の防衛本能として「もう何も感じなくなった」という、悲しい10代の心を反映した歌詞にもつい自分を重ねてしまっていた。実に痛い過去だが、攻撃性と哀愁が共存したキャッチーなサウンドと、現実に馴染めない内面の葛藤を超ストレートに歌った曲の多いこのバンドに救われた若者は私だけではなかったはずだ。

リンキン・パークに影響を与えたデペッシュ・モードの世界観とは?


それにしてもこの「ナム」然り、先述の「ブレイキング・ザ・ハビット」の打ち込みサウンドは特にそうだが、リンキンが作り出す曲の根底にはびこるダークな世界観に、今となってはピンとくるものがあった。当時は思いもしなかったが、「これってモロにデペッシュ・モードの進化系じゃん」と。そこでデペッシュ・モード(以下 DM)のリンキンへの影響について調べてみた。すると3年前に自殺してしまったリンキンのヴォーカル、チェスター・ベニントンが頻繁に DM ファンを公言していたことが判明。周知の事実だったのか…。

DM といえば、それ以前のニューウェーヴシーンにおけるインダストリアルミュージックや、同時期の D.A.F(ドイチュ・アメリカニシェ・フロイントシャフト)、アインシュテュルツェンデ・ノイバウンテンといったノイエ・ドイチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニューウェーヴ)の影響をリアルタイムで受けたゴシックスタイルをポップスのシーンまで押し上げた記念碑的バンドだ。80年代はビルボードに上がってこなかった DM だが、90年代に入り、それまでアメリカのサウンドには無かったブリティッシュらしい(先述のノイエ・ドイチェ・ヴェレの影響を考えるとヨーロッパ的とも言える)、陰鬱で妖しい世界観が全米で受け入れられるようになりヒットを飛ばし始めた。これを機に2000年代、その影響はアメリカのリンキンやナイン・インチ・ネイルズといった、新世代のオルタナティヴ勢に色濃く見られるようになったものと思われる。

さらに2001年には同時多発テロが起こり、世界が不安の真っ只中であったことも、DM の流れを継いだ彼らの音楽が世相とマッチした一因だったのではないだろうか。DM の音楽には、社会批判という手法をとった “神との対話” といったテーマがあった(結果キリストを毒づいてアメリカのラジオ局などでは放送禁止処分を喰らったことも)。対してリンキンが歌ったものは常に “自己の葛藤” であり、矛先は常に内省的。いわば “自分の中の神との対峙” と言えるだろう。こうした訴求力あふれる歌詞は人々の不安な心を反映し、特に若者にとっては普遍的なテーマとなりうるものだ。

オルタナティヴロックに受け継がれる80年代のニューウェーヴ


一般にはヒップホップとメタルを融合した “ニューメタル” とされるリンキンだが、本人たちはそのようにカテゴライズされることを嫌っていたらしい。私はこれまで度々、ニューウェーヴとは音楽性でなく世界観である、と書いてきたが、リンキンが目指したものは彼らなりの世界観を体現することだったのではないかと思うのだ。ラップや DJ だけでなく様々な環境音までミクスチャーするスタイルは、DM のインダストリアルミュージックへの回答とも解釈できる。彼らの楽曲すべてではないが、他には無い音楽性と2000年代のマーケットを意識した完成度を保ちながらも、その根底の “世界観” にはものすごくニューウェーヴの匂いを感じた。そう考えると、単なる懐古主義でなく、自分が子供の頃に聴いた音楽を振り返るというのは新たな発見に繋がって良いものだ。

だからこそ、私と同世代の20代、30代のロック好きには是非 DM を… というか80年代のニューウェーヴを聴いてほしい。これは後の、私たち世代のオルタナティヴロックに脈々と受け継がれているからである。好きなアーティストのルーツを知れば視点も変わる。より一層、そのアーティストを身近に感じられるだろう。

そして、リマインダー世代の方はこれを機にリンキンを聴いてみると好きになるかもしれない。しかし先に書いたようにヴォーカルのチェスターが自殺してしまったことは残念でならない。あの声を聴いた当時、これほど人の心を抉るシャウトをするロックシンガーは、この人かジャニス・ジョプリンくらいだと思った。時代も音楽性も違うが、その声から強烈に感じる “ソウル” は同じくらいロック界の宝だったと思うのだ…。それだけに、やっぱり残念でならない。

2020.03.20
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  YouTube / Linkin Park


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