小泉今日子が教えてくれたエンターテインメント
僕らの世代は、常に小泉今日子に驚かされ、「エンタメとは何か」を教えられてきた。アイドルというステレオタイプの価値観から解き放たれ、縦横無尽にあらゆるジャンルを飲み込みながら、今年はデビュー40周年を迎える。今も自然体のまま見せてくれる極上の笑顔は、日本の宝だと言っても過言ではないだろう。
音楽的な部分から彼女の最初の転換期まで遡ってみると、それは何と言っても、当時のアイドルの常識ではタブーとされていた “ショートカット” へのイメージチェンジだった。これはファンに大歓迎され、イメチェン後にリリースされた5枚目のシングル「真っ赤な女の子」でこれまでの最高位だった8位を記録した。
小泉今日子の80年代を俯瞰して、エポックメイキングだったと感じる2曲を挙げるとするならば、この「真っ赤な女の子」と1985年にリリースされた「なんてったってアイドル」だろう。アイドルは清く、正しく、美しくと歌い、それまでのステレオタイプのアイドルを賛美しながらも、「アイドルはやめられない」と高らかに歌う。つまり、このリリックに内包されいる真意は、新たなアイドル像の確立であり、70年代から脈々と受け継がれた常識との決別であったのかもしれない。
チャート番組の常連に、シンガーとしても実力を発揮
アイドルたるものは… という芸能界の非常識を覆し、小泉流の常識を定着させチャート番組の常連になると、2年後の1985年には、ALFEEの高見沢俊彦とタッグを組んだKYON2名義の「ハートブレイカー」をリリース。当時のヘヴィメタルブームの輪郭を的確に捉え、メランコリックに叙情的に、シンガーとして新たな一面を見せてくれた。
このあたりからだろうか。小泉が音楽のジャンルに囚われることなく、本質的な部分を正しく理解し、縦横無尽な活躍を見せるようになったのは。
1989年にリリースされた70年代歌謡曲を中心としたカバーアルバム『ナツメロ』のリリースでは収録されたフィンガー5の「学園天国」を、よりロックに寄り添ったスタイルに進化させチャートのトップ3に送り込む。その新たな価値観は、”歌謡曲はカッコいい”という認識をアンダーグラウンドまで周知させ、クラブのDJイベントにおいても歌謡曲が1つのジャンルとして確立されるようになる。テレビでその顔を見ない日がないトップタレントが、アンダーグラウンドシーンでも熱烈歓迎されていたのだ。
1988年の『ナツメロ』、翌89年にリリースされた近田春夫がプロデュースを担った『KOIZUMI IN THE HOUSE』で小泉はクラブミュージックに大接近する。そして続く17枚目のアルバム『No.17』という大傑作を生みだす。
シンガーとしての新境地を開きながらも、たおやかで自然体
17枚目のアルバムとなる『No.17』では、当時ソウル・Ⅱ・ソウルに大きな影響を受け、日本におけるクラブミュージックの概念を大きく変えた藤原ヒロシと、シンプリー・レッドのドラマーとしても活躍、ソウル・Ⅱ・ソウルのプログラミングを担当していた屋敷豪太らとタッグを組み、シンガーとしての新境地を開く。
これは、後にミュージャン的な側面を深堀りさせたKOIZUMIX PRODUCTIONを始動させるきっかけとなる。つまり芸能界という壁を軽々と乗り越え、世界の最前衛であるサウンドの中で自らの個性を十二分に発揮できた稀有なシンガーの位置を確立した。
それでも、たおやかに、自然体に、親しみやすさを兼ねた天性のキャラクターは変わることがなかった。つまり、シンガーとしての大きな飛躍を見せながら、「アイドルはやめられない」と歌ったあの頃の面影は十二分に体現できたのだ。
アイドルのまま、無論女優としても、演技派として様々な顔を見せる小泉今日子。年を重ねるごとに年齢に抗わず活動の場を広げていくそのスタンスは誰も真似ることができない。
デビュー40周年を迎える表現者、小泉今日子
さらに表現者という括りで特筆すべきはエッセイスト、書評家としての顔だ。軽やかで飾りのない妙技を感じる視点で、女性を中心に多くのファンを持つ。読売新聞の読書委員を10年務め、2017年には『黄色いマンション 黒い猫』では講談社エッセイ賞を受賞。
愛猫との生活を描くエッセイの中で感じられる緩やかな日常は、彼女が小春日和の木漏れ陽のようだ。シンガーとしての表現力は、活字の中でも十分に体現できる。2011年に出版され、“小雨” という猫との日常を描いた『小雨日記』の中では、猫の視点で描いたこんな一節がある。
レコーディングっていうのは唄うことらしい。
それならいつもやってるじゃない。
キョーコはハナウタをよく唄う。
掃除機かけながら、
お料理しながら、
お風呂に入りながら、
しょっちゅう唄っている。
僕は、この一節が大好きで、何度も読み返すのだが、彼女のそんな “唄” の捉え方が、ジャンルに囚われず、極めて自然体のまま歌い続ける源なのかと思えてならない。
アイドルは清く正しく美しく。この時代錯誤とも思えるフレーズは、デビュー40周年を迎える小泉今日子の軌跡をそのまま物語っていた。つまり、“清く正しく美しく”とは、“飾らず、自分のままに、年齢に抗わず”という今の彼女の姿そのままなのだ。
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2022.02.04