7月21日

PANTA の描いた「クリスタルナハト」強烈なメッセージと濃厚なロマンティシズム

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ナチスによるユダヤ人迫害のきっかけ “クリスタル・ナハト”


たしか1979年だったと思うけれど、インタビューで会ったPANTAのことが忘れられない。

頭脳警察の頃から音楽性もステージも好きだったけれど、それまでは一方的にファンというだけだった。実際に会うPANTAは、ステージで感じるナイフのような鋭さではなく、純粋に音楽で “想い” を表現する純粋な情熱を感じさせる人だった。インタビューのメインテーマはPANTA&HALとして発表するニューアルバム『マラッカ』についてで、本人的にも手ごたえのある作品だったこともあったのだろう、彼は積極的に口を開いた。

そして一通りアルバムの話が済んだ頃に、「いま、絶対にやりたいと思っているテーマがある」と語り出した。それが “クリスタル・ナハト” だった。“水晶の夜” という幻想的なドイツ語のクリスタル・ナハトとは、1938年11月8日にベルリンで起きたナチス党員によるユダヤ人商店襲撃事件のこと。破壊され飛び散ったガラスが水晶のように輝いていたことから、そう呼ばれるようになった。そして、この事件を皮切りにナチスのユダヤ人迫害が本格化していったのだ。

PANTAにとっても “重い” 意味をもつテーマ


クリスタル・ナハトについては知識としては知っていたから、アルバムのテーマとしてはかなりの難題になるだろうという想像はついた。同時に、これは高度経済成長がスタートして政治の季節が遠のきつつあった70年代終わりに、その日本の経済発展の足元になにがあるのかを問いかけた『マラッカ』というきわめてラディカルなトータルアルバムを完成させたPANTAならではのチャレンジになるだろうと思った。

しかし、『マラッカ』に続いて翌80年に発表されたアルバムは『クリスタルナハト』ではなく『1980X』だった。『マラッカ』に込められたテーマ性を推し進めながら、サウンド的にもよりソリッドなアプローチを行った『1980X』は、PANTA&HALの代表作のひとつと言える力作。

あえて言えば、『マラッカ』から『クリスタルナハト』に肉薄する意味をもつ作品だ。それは、PANTAは『マラッカ』から一足飛びに『クリスタルナハト』に飛躍することはなかった、それだけPANTAにとっても “重い” 意味をもつテーマだったということだと思う。そして、その後PANTAはその音楽性を大きく変化させながら何枚もの作品を発表していく。その振れ幅の大きさにはとまどうファンも多かったようだ。しかし、その試行錯誤にも見える80年代の足跡こそ、『クリスタルナハト』という壮大なテーマを実現するためのアプローチだったのだと思う。

運命に翻弄された “普通の人々” の悲痛、想い、そして意志…


1987年7月、ついに『クリスタルナハト』はその姿を現した。そのテーマの大きさから思えば、壮大なシンフォニックロックやロックオペラとして構成することもできただろう。しかし、PANTAがつくりあげたのは、ムダな装飾をそぎ落としたソリッドでストレートなロックアルバムだった。

収められている10曲からは、第二次世界大戦という破壊と絶望の時代を様々な場所で体験した人、それも特別なヒーローではない、自分の力ではどうしようもない運命に翻弄された普通の人々の “悲痛” が伝わってくる。この視点の取り方にPANTAの姿勢が示されていると思う。

ユダヤ人虐殺という歴史上の “悪” を解明してみせたり、大上段に糾弾したりしようとするのではなければ、その出来事を強引に現代社会に重ねあわせて見せるのでもない。嵐が吹き荒れる時代に巡り合ってしまった人たちに焦点を当て、そのさまざまな “想い” そして “意志” を浮き上がらせることに徹している。

80年代に “クリスタル・ナハト” を扱った意味とは?


その姿勢はジャケットのビジュアルにも感じられる。使われているのはPANTAがテーブルに突っ伏している写真。その前にはグラスが倒れ、酔いつぶれているように見える。しかし、不自然な手の位地などを考えると、もしかしたら死んでいるのかもしれないとも思えてくる。そしてテーブルの上にはシチューとパンという粗末な食べ残しも見える。とても、待望の大作を飾るビジュアルとは思えない冴えない絵柄だ。

しかし、このビジュアル、そして収録されている曲から伝わるメッセージこそ、PANTAがクリスタル・ナハトをテーマにした作品を、1980年代に発表した意味なのだと思う。

クリスタル・ナハトを体験した普通の人たちは偶然その時代に遭遇したに過ぎない。同じように、繁栄する日本の80年代を生きる私たちも、偶然この時代に遭遇しているだけと考えることができれば、なにか違ったものが見えてくるハズだ。

きわめて個人的感想だけれど、『クリスタルナハト』は、80年代という音楽の商業的価値がクローズアップされていった時代に、ロックが思考の道具としての意味を持ちうることを果敢に提示した非常に稀有な作品だと思う。そしてそのメッセージは、80年代に留まらず、今日でも有効性を失っていないハズだと思う。

アルバムから感じる強い社会性と濃厚なロマンティシズム


そしてもうひとつ、『クリスタルナハト』からは強い社会性と同時に濃厚なロマンティシズムを感じるのだ。けっしてハッピーエンドではないのに、それぞれの曲から人間の愛おしさが伝わってくる。

そんな『クリスタルナハト』の情感を久しぶりに感じていて、ふっと『頭脳警察セカンド』(1972年)で異色を放つ曲「さようなら世界夫人よ」を思い出した。やはりクリスタル・ナハトの時代を生きたドイツの作家、ヘルマン・ヘッセが1944年に書いた詩にPANTAが曲をつけた「さようなら世界夫人よ」に感じた独特のロマンティシズムに通じる匂いがこのアルバムにもある。そんな気がするのだ。

もしかしたら『クリスタルナハト』は、「さようなら世界夫人よ」で置いた伏線を回収する作品でもあったのかもしれない。ちょっとそんな邪推をしてみたくなったりもした。



2020.11.09
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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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