7月21日

1987年のアルバム「Phantasien」読書家・小泉今日子が夢見たファンタジックワールド

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“自己表現型アイドル・小泉今日子”は虚像だった!?


小泉今日子が芸能界きっての読書家であることは、いまや周知のことであるが、デビューからしばらくの間、その一面を彼女が開示することも、世間で語られることもなかった。

“自己主張するアイドル”であり“元気印のみんなのキョンキョン”であり“カゲキなコイズミ”であった当時の小泉今日子のアイドル像に“内向的な文学少女”という側面は、いささか商業的に売り出しにくい面もあったのだろう。

そういった意味では、「自己表現型アイドル・小泉今日子」というのは、ある時点までは周囲の大人たちのでっちあげた虚像、ギミックと言っても差し支えないものでもあった。

―― それは今考えてみたら当たり前の話で、髪型をショートにしたくらいで自己表現ができるだなんて、世の中は、エンターテイメントは、そんなにイージーなものではない。

「大人が悪ふざけをしている……」

「なんてったってアイドル」の頃ですら、メタ視点で自分とその周囲を客観視していた小泉今日子が、はたして一人称で自らを語り、真の意味で自己開示するようになるのはいつからか。1986年から1987年にかけてと私は判断する。

ひとつのきっかけは『小泉今日子のオールナイトニッポン』の放送開始だ。

オールナイトニッポンで素顔を語った小泉今日子


ラジオのパーソナリティーとして彼女は自らの素顔を語るようになる。そのなかには、最近自分の読んだ本を語る場面もあった。

「キョンキョンって意外と読書家なんだ……」

多くのファンははじめてその事実を知った。そして翌日、彼女が取り上げた本が街の書店から消えた。

「作為のない自分の言葉がなにかを動かしうる力を持っている」

このとき、小泉今日子はそれをはじめて体験したのではないだろうか。

音楽における自己表現のきっかけはアルバム『Liar』だろう。

「なんてったってアイドル」以降の次の一手を模索していた当時の音楽スタッフは、作家陣を刷新しつつ、様々なアイデアを小泉自身にも求めた。結果『Liar』は小泉にとって「はじめてレコーディングを楽しく感じることができた」アルバムとなった。これがともに1986年のことだ。

続く1987年は、飛躍の1年だ。小泉今日子はさらに等身大で自らを表現するようになり、ここにおいて名実ともにセルフプロデュース・アイドルとなる。

まずは “小泉今日子半分プロデュース” と銘打ったアルバム『Hippies』を発売。これは小泉自身が今コラボしたいと思ったアーティストを総結集したアルバムだ。制作の打ち合わせの段階から参加し、「レコードを作るってこんなに面白いことなんだ」と実感したという(ちなみに『Hippies』はバンドブームど真ん中の1987年の空気を真空パックしたような傑作。聴いたことない方はこちらもぜひ!)。

続いてが本題となる小泉自身の手による初のコンセプトアルバム『Phantasien』となる。

ミヒャエル・エンデへのリスペクトが詰まったアルバム「Phantasien」


『Phantasien』は、当時、小泉自身が愛してやまぬと各種媒体で語っていたミヒャエル・エンデの童話『モモ』をモチーフとしたコンセプトアルバムであり、彼女の読書家としての一面が音楽において結実したはじめてのアルバムである。1987年の夏、小泉今日子はこのプロジェクトに没入する。

先行発売のシングル「水のルージュ」、同時期の発売のシングル「スマイル・アゲイン」もアルバムと同様のコンセプトを敷き、またアルバムの世界観をビジュアルでも体験できる同名のオリジナルビデオも同時期に発売された(このビデオ作品も傑作なので見たことがない方はぜひ視聴を!)。なお、ミヒャエル・エンデがモチーフということで、レコーディングは、ドイツ・ベルリンのハンザスタジオ、ビデオとジャケット撮影はミュンヘンで敢行した。

ちなみに「ファンタージエン」とは、ミヒャエル・エンデの童話『はてしない物語』で描かれた「幼ごころの君が支配する国」のことであるが、このアルバムとの直接的な関係はない。ミヒャエル・エンデへのリスペクトのキーワードとして、このタイトルを用いたのだろう。

土屋昌巳、銀色夏生も制作に参加


サウンドプロデュースは、土屋昌巳が担当。作家陣は既に作詞家としてよりも詩人としての活動がメインになっていた銀色夏生がメインライターとして作詞を6曲、作曲を1曲担当しているのが特徴的だ。銀色がここまで女性アーティストのアルバムに深く関わるのは今作以外では太田裕美の『I do, You do』『TAMATEBAKO』しかない。

アルバムの全体のプロデュースは明記されていないが、アルバム制作の経緯や、「いろんなアイデアが浮かんできて、こんな人に曲を書いもらおう、あんなことをしたいといいながら作った」と小泉自身が後に語ることからもわかるように、小泉今日子自身と考えて間違いなかろう。

それまでは自身で作詞をしても「自信がない。ディレクターにそそのかされただけ」と “美夏夜” というペンネームを使っていたのを「今回は “小泉今日子”として書きたい」と本名名義となったのも彼女の本気の表れと見ていいだろう。

松田聖子的要素も表現、乙女チックでキュートなコイズミ


「本の感動を小泉今日子の表現として一枚のアルバムに閉じ込めたい」

そんな彼女の強い意志が随所にみなぎったアルバムだが、聴いてみると、今までになくフェミニンでガーリーな世界観に驚く。

小泉今日子はこのアルバムで自分の中の「女の子」をてらいもなく表現している。それがなんともキュートで魅力的なのだ。

「聖子ちゃん大好き、アルバム全部持っている」と語る小泉今日子の、自らの中のいい意味での「松田聖子的要素」がこのアルバムには最良の形で表現されている。

これは「なんてったってアイドル」「ヤマトナデシコ七変化」「渚のはいから人魚」などなどの、コミカルでテンションの高いパーティーソングを歌っていただけではたどり着けなかった地平だ。

振り返ると1985年以前の彼女の音楽は、どこか内面のともなわない、言葉が悪いのを承知でいえば「空疎なお祭り騒ぎ」のような印象がどこかあった。

一方、このアルバムには小泉今日子自身が宿っていて、実がある、心がある。これは同世代の女性の共感を呼ばないはずがない。

その後の「あなたに会えてよかった」「優しい雨」などのミリオンヒットシングルの世界観の端緒は、意外にもこのアルバムにあるのかもしれない。

また、松田聖子の諸作品の、特にファンタジックな方向にもっとも針を振った1984年のアルバム『Tinker Bell』と聴き比べると、このアルバムの楽しみ方がきっと広がるはずだ。

ともにセルフプロデュース、中森明菜「不思議」と比較してみると


さらにこのアルバムの鑑賞として、前年に発売された中森明菜のアルバム『不思議』との対比もすすめる。

同期の盟友関係とも言えるふたりのアイドルの、ともにセルフプロデュースのコンセプトアルバムであり、テーマはこの世ならざるファンタジー世界をモチーフにしているのだが、中森明菜の『不思議』は、まるで地獄の釜の底を覗き込むかのようなおどろおどろしい魔界アルバムとなったのに、一方の『Phantasien』は、銀色夏生の意図の読み取り不可能な分裂症気味の歌詞や土屋昌巳のチャイニーズだったりアラビアンだったりと千変万化するニューウェービーで妖しいサウンドプロダクションと、不思議要素が多分につめこまれているにもかかわらず、どこか平明で大衆的で、理解しやすい世界観なのだ。

言い換えるなら、同じファンタジーでも中森明菜はクトゥルー神話で、小泉今日子はディズニー映画といった感じ。明菜は内面の奥底に潜む不定形な感情をそのままえぐり取り、小泉はそれすらも頭をなでて飼いならし、親しみやすいノベルティーグッズとする。

インプットにおいては似たような感性を持ちながら、アウトプットにおいては真逆の方向へ行くふたりのトップアイドルの相違は、この他にもカバーアルバムでの表現(『ナツメロ』と『歌姫』)や、90年代のクラブミュージックへの接近(『No.17』『afropia』『Inner Beauty』と『Vamp』『Shaker』)からも見て取れるだろう。

端緒は「Phantasien」、そして続く90年代の小泉今日子


その時代その時代の先鋭的なサウンドクリエイターとタッグを組みつつも、意外にも女性的でやわらかく繊細な感性で紡いだ「小泉今日子の音楽」。

それは1990年のアルバム『No.17』で完成し、以降『Koizumi Chansonnier』まで一貫して彼女のアルバムの基調となるのだが、その端緒となるのが今作『Phantasien』と見て間違いない。ここからほんとうの意味での彼女の音楽が始まった。

40周年☆小泉今日子!

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2022.03.10
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