今年、2017年10月『クリスタルナハト』発売30周年記念ライブが開催された。
『クリスタルナハト』とはPANTAが1987年に発表したアルバムのこと。このライブの開催を知ったときは驚きと喜びと期待で大爆発しそうになったのだが、開催日がわかった途端、一瞬にして奈落のどん底に突き落とされた気分になった。その日は絶対にはずせない別の予定がすでに入っていて、どんなにやり繰りしても行けない事が確定したからだ。
30年前に発売された1枚のアルバムを記念して企画されるライブなんて昔を懐かしむファンの集い的なものに感じるだろう。でも違うんだよ、このアルバムだけは。『クリスタルナハト』はPANTAの数あるアルバムの中でも最も強烈な一枚なのだ。
第二次世界大戦が勃発する前年、1938年11月9日、ドイツ各地で反ユダヤ主義暴動が発生し、ユダヤ人の住宅や商店、シナゴーグ(ユダヤ教の教会)などが次々と襲撃された。壊された家々の窓ガラスが街路に飛び散り、その破片は月明かりに照らされ悲劇の夜を水晶が輝くように明るく照らしていたという。『クリスタルナハト』は、この夜を契機に激しくなっていくナチスドイツによるユダヤ人のホロコーストをテーマにしたアルバムだ。
テーマが重いのでなんだか聴くのが辛そうなアルバムに感じるかもしれないが、そんなことは全くない。PANTAの詩情豊かな歌詞によってイメージが膨らみ、まるでファンタジー映画を見ているかのような気分にさせられる。それを代表する曲が一人の女の子を描いた「夜と霧の中で」。
「夜と霧」とはヒトラーの特別司令「夜と霧作戦」を指す。非ドイツ国民で、各国のドイツ占領軍に対する犯罪容疑者を捕らえ強制的に収容所に送るというもので、その作戦命令書には「闇の中を一夜にして霧のように連れ去れ」と記されていたという。ますます気分が重たくなってしまいそうだが、そんなことは決してない。
優しく語りかけるように歌われる「夜と霧の中で」は、自由を奪われた世界に住む女の子をどこか可愛らしく、逞しく描いている。狭い屋根裏部屋から夜と霧の向こうにある希望を見つめるように。
聴いていると、歌詞に「少女」だけでなく「彼女」「君」「俺」と4つの人称が使われていることに気がつく。これは遠い国の過去の「ひとりの女の子のこと」だけを歌ったものではないのでは? という疑問が湧いてくる。
「もしも歴史が繰り返されるなら思い出してほしい」歌詞の一節をそう読み替えてみるとどうだろうか。いつか「君」や「俺」にも起こりうることなのだと歌っているようにも聴こえてくる。
PANTAは『クリスタルナハト』発売30周年記念ライブで「南京、重慶、関東大震災をいつか曲にしたい」と話していたらしい。いつか、なんて言わずに今すぐやって欲しい。僕が聴きたいのは、誰も歌わない、誰も触れようとしない歌だ。
耳障りのいい歌には興味がない。ロックに安心なんか求めていないから。
2017.12.28
YouTube / rassii
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