6月21日

デビュー40周年の「ザ・モッズ」今をタフに生き抜く不退転のロッカー

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THE MODSのデビューアルバム「FIGHT OR FLIGHT」がリリースされた日
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photo:SonyMusic  

デビュー40周年を迎えた “不退転のロッカー” ザ・モッズ


今から40年前の今日、1981年6月21日、シングル「崩れ落ちる前に」アルバム『FIGHT OR FRIGHT』で鮮烈なデビューを飾ったTHE MODS(以下モッズ)。

ロンドンレコーディングを経たデビューアルバムは、“めんたいロック” と呼ばれた博多のビートバンドたちが継承する湿り気のあるブリティッシュビートを昇華させ、アグレッシブなパンク的なアプローチを加えた “ロンドン発博多経由” とも言うべき独自性に満ち溢れたものだった。

そこに乗ったリリックの数々は、デビュー前のメンバーたちの激情、焦燥感、閉塞感からの脱却など、痛みを伴う当時のメンバーの心情を自らの言葉で描き、今も色褪せず普遍的な輝きに満ち溢れている。

デビュー当時のモッズに与えられた称号は “不退転のロッカー” だった。ロッカーズ、ルースターズといった博多、北九州のバンドが続々とデビューする中、モッズも数々のレコード会社からデビューの誘いを受けていた。にかかわらず好機を見極め、ロンドンレコーディングという、自分たちがもっとも自分たちらしいスタイルを提示されるでに容易く首を縦に振らず、媚びずに自らの意志を貫いた。そのスタンスは40年という月日が流れた今も変わることはなく、自らのレーベル「ROCKAHOLIC」を運営し、音源をリリースするなどDIY精神に溢れた活動を展開している。

40年という長い年月の中で、レコードはCD、そしてサブスクリプションへと姿を変えていった。そして、音楽に対する聴く側の価値観も大きく変わっていった。その変化の中においてもモッズは自らの言葉で、自らの音を模索し、安住することなく、常にリミッターを振り切るような “最新型のロックンロール” をファンに届け、音楽シーンの流れの中に大きなうなりを残していく。同時に常に第一線のライブバンドとして、現在に至るまで、デビュー当時の初期衝動を孕みながらステージに立ち続けている。こんなバンドは日本において他に類を見ない。これを “奇跡” と呼ぶのだ。

40周年のアニバーサリーを迎える前日、6月20日、モッズは、デビュー当時のホームであったライブハウス目黒鹿鳴館からの『Early Action』と題されたステージを配信。未曽有のコロナ禍の中で、活動ストップを余儀なくされていたモッズの久々の雄姿、そしてタイトルからも分かるエッジの効いた初期ナンバーの数々は、40年という時空を超え、令和の時代に普遍的なロックンロールの価値観として大きな足跡を残した。モッズは健在だった。

自分たちのチャンスに変えた積極的なTV出演


モッズを語る上で欠いてはならないことは、テレビ出演も厭わず、自分たちのチャンスに変えていったことだろう。彼らがデビューした40年前、ロックはまだ市民権を得ていなかった。ロックどころか、フォークを源流としニューミュージックとカテゴライズされたアーティストたちもテレビ出演を拒む時代だった。そんな中、モッズは、自分たちの音が、より効果的に届くべき人に届くことを念頭に、積極的にTV出演していった。

その中でもとりわけ衝撃的だったのが、1983年9月21日にリリースされ、モッズの名を全国に響き渡らせるきっかけとなった「激しい雨が」。そのチャートアクションによる日本テレビ系列「ザ・トップテン」に出演したときのことだった。

この日の中継も鹿鳴館だった。楽屋でメンバーひとりひとりにマイクを向け、ステージへと赴く。楽屋からステージへとつながる階段で映し出されたギターを抱えるリーダー森山達也の後ろ姿は、まるで戦地へと向かう兵士のような緊張感を漂わせていた。そして、この時の森山のコメントは、今も語り草となっている。

「音楽活動です」トップテン出演時、森山達也が語った真意とは?


スタジオから司会の堺正章が、「テレビではお馴染みではないですが、今までどんな活動をなさってました?」と訊かれると、とっさに出た言葉は「音楽活動です」というシンプル極まりない一言だった。

ベースの北里晃一が森山から聞いた後日談によると、この「音楽活動です」という一言は、斜に構えたわけでもない極めて自然体な発言だったという。テレビとしては、おそらく、ロンドンレコーディングのことや、クラッシュをはじめとする海外アーティストとの親交や、コンスタントに続けるライブについてのコメントが欲しかったのだと思う。しかし、森山のこの一言は、マイクを向けられた瞬間、森山の口から無心のままに発せられた言葉だったのだ。

「音楽活動」という四文字に込められた森山の思い、それは、ステージを観て感じてくれ、音を聴いて俺たちを知ってくれ、というモッズのスタンスそのものを体現した的確なものであったと今は思う。なんとも森山らしい逸話である。

お茶の間に届けられたそのステージは、なにもかもが変わり始める音楽シーンを象徴したワンシーンであった。何よりも、アンダーグラウンドのリアルなロックシーンがゴールデンタイムのお茶の間に届けられるというものも前代未聞、異例の出来事だった。オーディエンスの熱気で曇ったカメラのレンズから映し出されたアンダーグラウンドの熱狂、拳を振り上げ熱狂するフロアと、強靭なビートを刻むステージから織り成されるその衝撃は、今も多くのファンの脳裏に焼き付いている。

当時のロックバンドとしては快挙だったCM出演


同時期にモッズはCM出演と快挙を成していた。ライブハウスからキャリアをスタートさせ間もないロックバンドがCMに出演するというのも異例のことだった。出演していたMaxellカセットテープのキャッチコピーは「音が言葉よりも痛かった」だった。

CMを制作したのは博報堂。担当者は、かつてからのモッズのファンで、伝説となった”雨の野音”などのライブを通じ、イメージとぴったり一致したキャラクターは彼らしかいないだろうと確信していたという。時代の最先端をいくクリエイターたちの間でもモッズの熱狂は浸透していたのだ。

モッズのメンバー4人が木に登るというこのCMのコンテを見た時、森山は難色を示したという。都会のアスファルトをタフに生き抜くイメージを持つモッズのイメージとはかけ離れていると。より効果的に自分たちの音を届けるためのテレビ出演だったが、これではマイナスイメージに繋がりかねない。

話を白紙に戻すために博報堂へたったひとりで出向いた森山は、そこでCMスタッフから「これがダメになったら僕らは支局へ飛ばされるかもしれない」と懇願される。しかし森山は、「飛ばされるだけで、仕事があるだけでいい。俺たち4人は博多に帰らなければならない」と切り返したという。この一件もまた、バンドに一意専心し、ブレずに一歩先を見据えた彼らしいエピソードだと思う。

結果的に完成されたフィルムは、モッズのイメージそのままの、タフで、鋭角的で、時代の最前衛をいくバンドのリアリティが切り取られていた。

この鹿鳴館からの中継とMaxellのCM出演は、モッズのその後の活躍を示唆するだけではなく、そのあと日本のロックがメインストリームへと浮上するきっかけであったことは言うまでもない。アンダーグラウンドの熱狂と時代を映す鏡である鋭角的なロックンロールの現在がブラウン管を通じ世間へ浸透させたモッズの偉業は、40年近く経った今でも当時を生きた音楽ファンの心に突き刺さっているだろう。

80年代だけじゃない! 今に至る活動歴こそがモッズの本領


テレビを効果的に利用し、より多くの届くべき人に自分たちの音を届けたモッズは、「激しい雨が」「バラッドをお前に」「夜のハイウェイ」と立て続けにヒットを飛ばしていく。

しかし、彼らが80年代を象徴するバンドとして語ることは少し違うと思う。無論、それも一部であるが、彼らの歴史は、80年代以降のほうが長いわけで、そのスタンスは今も変わることなく現在進行形だ。とりわけ、90年代初頭にエピックソニーを離れてからはインディペンデントにこだわり、自分たちの意志を自分たちの言葉で、いかなる障壁も乗り越えてきた活動歴は、日本の音楽シーンのぶっとい幹となり、数多くのフォロワーを生んでいった。

そして2021年の現在、モッズの奏でる音は普遍的でありながらも、最新型の音としてタフに生き抜いている。それは、ロックの灯を絶やさないためにも、次の世代へ継承していくためにも絶対的に不可欠な存在となっている。

デビュー40周年を記念してのオンラインライブ『THE MODS 40th Anniversary ONLINE GIG at 鹿鳴館「EARLY ACTION」 Streaming+』が配信中!

活動初期にライブを行い数々の伝説を残したライブハウス・鹿鳴館にて撮り下ろされたライブ映像は、観る者すべての心に響くことだろう。セットリストは彼らの初期の楽曲に限定され、全てのモッズファンが満足できる内容になっている。モッズの初期衝動と円熟が合わさった貴重なライブ。下記インフォメーションにリンクを紹介するので是非チェックして欲しい。



2021.06.21
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カタリベ
1968年生まれ
本田隆
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