6月20日

ビートルズ来日から15年、スターズ・オン45 によるメドレーブーム勃発!

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スターズ・オンのシングル「ショッキング・ビートルズ45」が全米1位になった日
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ビートルズ来日55周年、ビートルズ再評価の立役者スターズ・オン


55年前の今日1966年6月29日未明、ザ・ビートルズが来日を果たした。これを記念して日本では今日が「ビートルズの日」になっている。

その15年後の1981年、前年末ジョン・レノンが亡くなったこともあり、何回めかのビートルズ再評価の波が押し寄せていた。僕もその中で本格的なファンになった一人なのだが、今回は40年前の今月20日付のBillboardのシングルチャートで1位に昇り詰めた、正にビートルズ再評価の立役者の1曲、スターズ・オンの「ショッキング・ビートルズ45」を掘り下げてみたい。

「ショッキング・ビートルズ45」には元ネタがあった!


まずはこの曲のアメリカでの原題を、結構字数があるのだがご紹介したい。

「Medley:Intro “Venus” - Sugar Sugar - No Reply - I’ll Be Back - Drive My Car - Do You Want To Know A Secret - We Can Work It Out - I Should Have Known Better - Nowhere Man - You’re Going To Lose That Girl - Stars On 45」

メドレーになった全曲名が記されていて、Billboard No.1ソングで最長の曲名だそう。

このメドレーの生みの親は、オランダのグループ、ショッキング・ブルーの1970年の全米No.1ヒット「ヴィーナス」(バナナラマや長山洋子のカヴァーでお馴染み)の版権を持っていたウィレム・ヴァン・クーテンなる人物であった。当時オランダではディスコ調の海賊盤が乱発されていて、その中には「ヴィーナス」のイントロだけを使った、60年代の曲をディスコ調にメドレーで繋げた12インチもあった。憤った彼はこれに対抗し、メドレーの一部を新たに覆面ミュージシャンで録音。合法なメドレーを作りリリースしたのだった。

上記の曲名で言うと、「ヴィーナス」から「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」までは海賊盤と全く同じ。続く2曲は海賊盤には無く、海賊盤では「恋のアドバイス(You’re Going To Lose That Girl)」「ひとりぼっちのあいつ(Nowhere Man)」の順で続いていた。

「ショッキング・ビートルズ45」にまさか “元ネタ” があったとは、今回この原稿を書くまで知らなかった。

ジョンに瓜二つ? メドレーのオープニング「ノー・リプライ」


2曲めはアーチーズの1969年の全米No.1「シュガー・シュガー」。3曲めの「ノー・リプライ」から10曲めの「恋のアドバイス」までの8曲がビートルズのカヴァー。そして最後はこのユニットの、いわばテーマ曲のようなものだった。

このメドレーがオランダで1位、ビートルズの母国イギリスでも2位と大ヒットした。アメリカでは5週連続1位だったこの年年間No.1のキム・カーンズの「ベティ・デイビスの瞳」から奪首。翌週以降「ベティ・デイビスの瞳」が再び4週1位を続けるので、如何に強力なヒットだったかがよく分かる。年間でもアメリカ24位、イギリス17位の高記録を残した。

しかしビートルズの8曲は全て前期の曲で、しかもマイナーな曲ばかり。曲名を見る限りは大ヒットしそうには思えない。

8曲の中でシングル曲は「恋を抱きしめよう(We Can Work It Out)」の1曲だけ。残り7曲はアルバムトラック。そしてビートルズの代表的ベスト盤の前期分『ザ・ビートルズ1962年~1966年』(通称:赤盤)に収められているのも「ドライヴ・マイ・カー」「恋を抱きしめよう」「ひとりぼっちのあいつ」の3曲だけであった。

ヴォーカルで見ると、「恋を抱きしめよう」はポール・マッカートニー、「ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット」はジョージ・ハリスン、他の6曲はジョン・レノンだった。作詞作曲は全てレノン=マッカートニーであった。

 This happened once before
 when I came to your door
No reply

ビートルズメドレーの1曲め「ノー・リプライ」のイントロ無しの歌い出しに思わず息を呑む。その絞り出すようなヴォーカルはジョンに酷似していた。当時まことしやかに生存説が囁かれたほどだった。

メドレーのオープニングを飾るに相応しいインパクトの強さで、正に “つかみはOK”。併せて、1965年の『ビートルズ・フォー・セール』のオープニングを飾る「ノー・リプライ」は、間違い無くスターズ・オンによってその名を上げたであろう。

思い知らされたジョン・レノン作のアルバム曲の魅力


続く「アイル・ビー・バック」と「恋する二人(I Should Have Known Better)」は1964年の『ハード・デイズ・ナイト』から、「恋のアドバイス」は1965年の『ヘルプ!』から、全てジョンがヴォーカルの曲だった。やはりジョン役が酷似していて、ポール役とジョージ役はそれ程でもなかった。

それにしても「ひとりぼっちのあいつ」、そしてジョージのヴォーカルだがジョン作の「ドゥ・ユー~ア・シークレット」を含めたジョンのアルバム・トラックは、知名度は高くないのにメドレーに於いてそれぞれ異なる表情を見せていた。「ビートルズはアルバム曲も魅力的なのか!」と僕は思い知らされた。

このメドレーはジョン・レノン逝去後、アメリカではジョン自身の曲を除くとビートルズ関連ソングとして初めてのNo.1に輝いた。ジョンの曲が多かったので、追悼ソングとしての意味合いも持つことになった。

しかしながらその選曲は、実はジョンの生前に既に前出の海賊盤の制作者が終えていたものだった。「ノー・リプライ」での息を呑む入りも、絶妙なマニアックな選曲も、曲の使用箇所の選定も、皆その人物の功績なのである。いったい誰なのか永遠に分からないであろうが。

勿論このメドレーに「恋を抱きしめよう」と「恋する二人」を加え、最後の2曲の順を変え「恋のアドバイス」の使用箇所も伸ばし、きちんとメドレーを完結させたスターズ・オンの功績も忘れてはなるまい。

まだある! ロングヴァージョン「ショッキング・ビートルズ33」


実はビートルズメドレーにはアルバムの片面を占める30曲(米日では29曲)のロングヴァージョン「ショッキング・ビートルズ33」もあった。

新たに加えられた22曲ではシングル曲も増えたが、それでもアルバム・トラックと半々で11曲ずつ。「エヴリー・リトル・シング」「愛のことば(The Word)」「ウェイト」「恋に落ちたら(If I Fell)」といったジョン作の “通” な曲が選ばれている。この22曲はスターズ・オンの功績で間違いあるまい。

当時高1だった僕は、実はこのロングヴァージョンをOAチェックしたものを愛聴していた。未だ青盤『ザ・ビートルズ1967年~70年』と赤盤しか持っていなかった僕は、スターズ・オンを聴いてオリジナルアルバムも聴く意思を固めたのかもしれない。そしてビートルズのアルバムを聴く度に、スターズ・オンがカヴァーした曲のオリジナルに出逢い、小さく歓声を上げたものだった。

スターズ・オンの成功は洋の東西を問わずメドレーのブームを巻き起こした。その中にはザ・ビーチ・ボーイズも、そして本家ザ・ビートルズも含まれた。しかしいずれもBillboard最高12位に終わる。

スターズ・オンとの差は何だったのだろうか。僕は一定のテンポを保つか否かだったと思う。そしてスターズ・オン同様、一定のテンポでメドレーを構成し、スターズ・オンに次ぐ高成績を上げたユニットが、フックト・オン・クラシックスだったのである。

しかしビートルズのオリジナルで一定のテンポを保ってメドレーを作った海賊盤屋さんって、やはり只者ではない… と40年前の謎の人物を褒めるのはもう止めにしよう(笑)。


著者注:
下記のリンクのStars On 45(Single Version)の「ヴィーナス」のイントロからが、アメリカで1位になったヴァージョンです。




2021.06.29
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カタリベ
1965年生まれ
宮木宣嗣
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