6月22日

松田聖子もプリプリも!【80年代アニメソング総選挙】ノミネートされなかった隠れた名曲

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結果発表【80年代アニメソング総選挙】リレー総括 vol.4

アニメソング総選挙、ノミネートされなかった名曲に光を当ててみた


『80年代アニメソング総選挙!ザ☆ベスト100』の結果が発表された。80年代の “アニメソング” に分類される曲は無数にあるため、当企画ではノミネートされた200曲の中から投票するシステムがとられた。

▶ 挿入歌が多数ある場合はどこまで入れる?

▶ 70年代より続いている作品を80年代扱いすべき?

▶ 単発のアニメ番組はどうする?

▶ 同じ歌手が同じ作品で何曲も歌っているケースは?

主催者側はこうした問題に直面しながら、侃々諤々のうえ200曲を選んだのだろう。断腸の思いでカットした曲も多数あったに違いない。当然、企画が発表された直後から、SNS上では「●●がノミネートされてないっす」「●●に投票したくてもできないのですが」という声が挙がった。

ノミネートされなかった曲をすべて挙げることなど到底できないが、せめてものフォローとして、網羅性を追求せずに日本のアニメ史、ポピュラー音楽史、もしくは芸能史的にどうしても触れられずにはいられない “ノミネートされなかった曲” に厳選して光を当てることにしたい。

梶原一騎の世界も80年代になるとディスコサウンドに


▶映画『巨人の星』
おぼたけし・森みどり「ゆけゆけ飛雄馬」(1982年)




「え、『巨人の星』なんて80年代じゃないでしょ」。そう思われる方も多かろうが、1982年に劇場版が公開されている事実がある。これは前年に読売ジャイアンツが久々に日本シリーズで優勝したことを受けて制作されたもので、冒頭に、原辰徳、篠塚利夫、中畑清、江川卓ら当時のジャイアンツの選手たちをリアルに描写した “川崎のぼる感ゼロ” のアニメが流れ、そこから『巨人の星』が始まるという構成の作品である。内容は大リーグボール1号完成までの総集編的なもので、原や中畑、篠塚、江川のいるジャイアンツで星飛雄馬や伴宙太がプレーする訳ではない。そして、『巨人の星』パートの冒頭に、あの曲が流れるのである。

1968年から始まったオリジナルのアニメ『巨人の星』(日本テレビ系)は全182話もあり、ピーク時には36%を超える視聴率を記録し(ビデオリサーチ調べ・関東地区)、数度の再放送も高視聴率だった。そのため、主題歌の「ゆけゆけ飛雄馬」はアニメソングという言葉が生まれる以前から、極めて認知度の高いアニメソングだったのである。

1982年版の映画『巨人の星』では、この超有名曲を「あしたのジョー」の関連曲でも知られるおぼたけしと森みどりが歌った。タイトルは「行け行け飛雄馬」と漢字表記になっている。渡辺岳夫による血湧き肉躍るメロディは同じだが、アレンジは80年代らしくシンセサイザーを用いたディスコ調だった。ホーンも贅沢に使われ、男女ボーカルが重なりつつ、コーラスが加わる。音に厚みがある。とてもいい。『巨人の星』が好きな人ならカラオケでこのアレンジのバージョンで歌いたくなること必至である。

「SWEET MEMORIES」は80年代アニソンだった


▶映画『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』 松田聖子「SWEET MEMORIES」(1983年)



1983年に、サントリーの缶ビールのCMが話題になる。それは、ペンギンを擬人化したキャラクターによるアニメで構成されていた。ジャズバーのような店で(ペンギンの)歌手がバラード曲をしっとり歌う。それを聴いていた(ペンギンの)客がポロリと涙を流す……。古い映画のワンシーンのようであり、今なら “エモい” と表現されるだろうか。

このCMで流れていたのが、「ガラスの林檎」のカップリング曲「SWEET MEMORIES」の英語パートだった。だが、当初は歌手名が表示されていなかったため、「あれは誰が歌っているのか?」と疑問に思うようになる。そんなタイミングを見計らってCMに「唄 / 松田聖子」とクレジットが入り、レコード会社はジャケットにペンギンのイラストを入れて「ガラスの林檎」との両A面シングルとして「SWEET MEMORIES」を再発売する。結果、「ガラスの林檎 / SWEET MEMORIES」は80年代の松田聖子にとって最大のヒット作となるのだ。

こうした現象を受け、サントリーはペンギンのキャラクター(パピプペンギンズ)のビジュアルを施した商品を販売。また、文具などのグッズ展開もあった。さらに1985年には長編アニメ映画化が決まる。タイトルは『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』。監督をCMディレクターの木村俊士が務めた。

動物を擬人化したアニメといえば、1884年の『名探偵ホームズ』(犬)、1985年の映画『銀河鉄道の夜』(猫)などがあるが、それらは児童向けだった。これに対し、『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』は大人をターゲットとした。舞台は日本ではないどこかの国で、戦地から帰還するも心に傷を負った(ペンギンの)男と、歌手志望の(ペンギンの)女のラブストーリーだった。そして、CMと同じシチュエーションで「SWEET MEMORIES」が流れ、映画の大きな見せ場となった。

『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』は他に類した作品がほとんどないため、80年代アニメを再評価する企画で取り上げられる機会が少ない。同時に、80年代のトップアイドル・松田聖子がアニメソングを歌っていた事実も残念ながら忘れられがちである。

なお、「SWEET MEMORIES」は、『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』から37年後、2022年公開の新海誠監督によるアニメ映画『すずめの戸締まり』で挿入歌として使用されることで再び脚光を浴びた。遠い未来に「2020年代アニメソング総選挙」が開催された際にはノミネートされることを願いたい。

「少女A」と同じ作曲家によるOVA主題歌


▶OVA『メガゾーン23』 宮里久美「背中ごしにセンチメンタル」(1985年)



世界初のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)は、押井守が手掛けた『ダロス』(1983年)だとされる。当時はまだレンタルビデオの普及以前であるばかりか、ビデオデッキも “一家に1台” が常識ではなかった。つまり、新作アニメを収録したビデオソフト(VHS)を販売するというのはかなり冒険的なことだった。しかし、全4巻からなる『ダロス』の第1巻は1万本売れるヒット作だったという。

この『メガゾーン23』は『ダロス』第1巻から約1年3ヶ月後、1985年3月にリリースされたOVA作品である。ビデオデッキの普及率は格段に上がっていたが、まだまだビデオソフトの値段は高かった。『メガゾーン23』の定価は1万3,800円。高い。当時はアルバイトの時給が600〜700円程度だったので、1日働いても買えないプライスだった。

だからこそ、マニアにターゲットを絞った。テレビアニメ「超時空要塞マクロス」(TBS系)のスタッフだった石黒昇、美樹本晴彦、平野俊弘、板野一郎などが再結集することがセールスポイントとなった。それが刺さるのはやはりコアなマニア限定だったのである。

そして、内容は「マクロス」同様にメカと女性アイドルがモチーフとなるものだった。オーディションに合格し、劇中に登場するアイドル・時祭イヴの声を担当する新人の宮里久美は、同作の主題歌「背中ごしにセンチメンタル」でアイドルとしてデビューすることになる。 『メガゾーン23』の舞台は “1980年代らしき東京” だが、「背中ごしにセンチメンタル」はリアルな80年代の典型的なアイドルソングだった。

当時トップアイドルである中森明菜の「少女A」「1/2の神話」の影響をモロに受けた楽曲を歌う新人女性アイドルが多かった。「背中ごしにセンチメンタル」もまたその系統である。そもそも作曲者が「少女A」と同じ芹澤廣明なのである。『メガゾーン23』はヒットし、続編も数本制作されている。OVAというジャンルのパイオニアといっていい存在だ。当時のアニメファンには重要作であり、その主題歌も記憶に残るものだろう。

宮里久美は、斉藤由貴、中山美穂、本田美奈子、芳本美代子、南野陽子、浅香唯、おニャン子クラブと同じ1985年デビューのアイドルである。スーパー激戦区にあって、「背中ごしにセンチメンタル」はオリコン週間チャートで27位に入る健闘を見せた。その歌唱力は高かった。しかし、テレビの歌番組で見かけることは少なく、本人にあまり欲がなかったのか、バラエティ番組やテレビドラマに進出することもなかった。

主題歌はLOUDNESS、アニメがロックと絡んだ初期の作品


▶映画『オーディーン 光子帆船スターライト』 LOUDNESS「Gotta Fight」(1985年)



「宇宙戦艦ヤマト」を巨大コンテンツに拡大させたオフィス・アカデミーの西崎義展が、80年代中期に新たに手掛けたのが『オーディーン 光子帆船スターライト』である。今度は旧日本軍の戦艦ではなく、ヨーロッパ風の帆船を宇宙空間に飛ばした。総監督が舛田利雄、音楽は宮川泰と「宇宙戦艦ヤマト」関係者も継続して関わっていた。また、スペシャルアドバイザーとして松本零士の名前もクレジットされた。

もともと「宇宙戦艦ヤマト」は、沢田研二、布施明、島倉千代子、岩崎宏美ら、歌謡曲の著名シンガーが関連曲を歌う流れを作った。これに対して、『オーディーン 光子帆船スターライト』ではLOUDNESSを起用した。アニメがロックと絡んだ初期の作品なのである。ロック、それもハードロック、ヘヴィメタルだった。

1981年に結成されたLOUDNESSは、“ジャパメタ” のトップランナーとして人気を獲得し、積極的に海外にも打って出た。1985年1月には『THUNDER IN THE EAST』がアメリカのビルボード・アルバムチャート100位圏内に入る(74位)。そんなタイミングでのタイアップだった。「Gotta Fight」は専業のソングライターが作った曲ではなく、作詞:二井原実、作曲:高崎晃という間違いなしのLOUDNESSサウンドである。 SFやバトルなどの要素を含んだアニメとハードロックの相性のよさは、その後の歴史が証明している。

その後のプリプリが歌ったテレ東系低年齢層向けアニメソング


▶『コアラボーイ コッキィ』(テレビ東京系) 赤坂小町「コアラボーイ・コッキィ」(1984年)



日本でのコアラ人気に便乗した『コアラボーイ コッキィ』という低年齢層向けのアニメ作品もその主題歌も、歴史に残るものではないだろう。だが、それを歌っているのが、その後の “もっとも成功した女性のみで構成されたバンド” となる点は取り上げるに値する。赤坂小町とは、のちのプリンセス プリンセスである。

赤坂小町は、1983年にTDKレコードが主催した「TDKレディースバンドオーディション」なるコンテストでパートごとに選ばれた面々によって結成されたバンドだ。関係者により命名されたその当初のバンド名は、TDKレコードの所在地に起因するともいわれる。80年代は女性だけのバンド自体が少なく、1983年の時点では成功例はないに等しかった。そして、初期の活動はレコード会社主導のアイドル的なものが中心であり、メンバーは雑誌で水着姿にもなっている。楽曲も自作のものではなかった。

赤坂小町は1984年に「放課後授業」という曲でデビュー。そして、サードシングルとして用意されたのが「コアラボーイ・コッキィ」だった。「ようこそコアラちゃん」「おやすみコッキィ」という関連曲もあった。80年代にバンドなり、ロックなりをやりたいと考えていた若者にとっては、おそらくモチベーションが大きく低下するものだったに違いない。だが、それ以前に赤坂小町のレコードはさっぱり売れなかった。

美しかったのは、5人はそこで諦めなかったことだ。1985年にTDKを離れ、紆余曲折あり、やがてプリンセス プリンセスとしてバンドブームの中心的存在になるのである。

若き庵野秀明が関わった作品に、幻のイメージソングあり


▶映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』 統乃さゆみ「オネアミスの翼〜Remember Me Again〜」(1987年)



『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は、1987年に公開されたGAINAXが手掛けたアニメーション映画だ。劇場公開時は『オネアミスの翼 王立宇宙軍』と主題と副題が逆だった。バンダイが初めて制作した映画でもある。この作品は、歴史に残る大ヒット作ではない。しかし、その後のアニメ史に名を残す面々のエバーグリーンな作品として、今も語り継がれる。

監督の山賀博之はまだ制作当時24歳。同じく20代の貞本義行がキャラクターデザイン・作画監督、 庵野秀明が作画監督として参加している。そして、音楽監督をすでに『戦場のメリークリスマス』で実績のある大物・坂本龍一に依頼した。この「オネアミスの翼〜Remember Me Again〜」は、そんな作品の関連ソングである。デビュー当時の松田聖子風のヘアスタイルをした統乃さゆみという新人アイドルが歌った。作曲は坂本龍一ではない。長戸大幸だ。つまり、これはビーイングの制作曲だった。

主題歌でもオープニング曲でもなく、“関連ソング”と書いたのには理由がある。言ってみれば、映画『風の谷のナウシカ』における安田成美の「風の谷のナウシカ」のような存在だからである。要するに、作中で流れない “イメージソング” の扱いなのである。歌詞は高校生の恋愛を歌ったような内容であり、映画とまったく合致しなかった。なぜ、わざわざそのような歌詞にしたのか? 大きな謎である。

安田成美の「風の谷のナウシカ」は、映画『風の谷のナウシカ』がヒットする以前にヒットしたので、今でも耳にする機会は多い。今回の総選挙でも21位である。しかし、「オネアミスの翼〜Remember Me Again〜」はリリース当時であっても耳にする機会は少なかった。

この映画自体は今後も新しいアニメファンに再評価される機会はたびたびあるに違いない。しかし、「オネアミスの翼〜Remember Me Again〜」が、統乃さゆみの存在が、振り返られる機会はまずないだろう。だからこそ、80年代アニメソングの裏面史の1ページとしてここで記しておきたいのである。

80年代アニメソングにもいろいろある。いろいろありすぎて、とてもすべてを語り尽くせない。こうなったら、ノミネートされなかった曲を対象とした裏総選挙の開催をここに提案したい。

80年代アニメソング総選挙!ザ☆ベスト100

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2024.04.20
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